那覇の公民館が素敵なことになっていた! 不登校の子も来る「居場所」に変わった理由とは?
シリーズ「地域をつなぐ みんなで育つ」第3弾1回目は「繁多川公民館」(沖縄県那覇市)。子ども、若者、高齢者をつなぐ「豆腐づくり」とは。同施設をライター・太田美由紀がルポ。
【写真➡】小児がんの子が5歳で結婚式 「こどもホスピス」で実現した「最良の1日」を見る昨年(2024)、「子ども食堂」の数が全国で1万ヵ所を超えました(※認定NPO法人全国子ども食堂支援センター・むすびえ調べ)。子どもの居場所や多世代の居場所も、地域の特色を生かした居場所が生まれています。
赤ちゃんからお年寄りまで誰もが安心して過ごせる場所、いつでも気軽にふらりと立ち寄れる場所、一人ひとりの違いが強みとして生かされる場所、そして、地域をつなぐ場所──。
自分の暮らす地域にそんな居場所をつくりたいと考える人も増えているものの、「空き家が見つからない」「家賃が高くて難しい」という声も聞こえてくるのが実情です。
そのような状況の中、沖縄県那覇市の繁多川(はんたがわ)公民館と、若狭(わかさ)公民館を取材しました。この二つの公民館は、「公民館のイメージ」を鮮やかに塗り替えてくれます。
一体どんな公民館なのか。その具体的な活動、子どもたちや地域の人たちの様子、そして、公民館の可能性についてお伝えします。
※全4回の第1回
豆腐づくりからはじまった地域づくり
那覇市の高台にある繁多川(はんたがわ)公民館を訪れると、3階建ての建物の前に大きな広場が広がっていました。敷地内には、実のなる木、草木染めや香辛料に利用できる植物をはじめ、地域の人たちの手でさまざまな植物が植えられています。
1階は図書館、階段を上がった2階がロビー。ロビーにはいくつかのテーブルと椅子があり、小学生が数人声を上げて遊んでいます。
受付から館長の南信乃介(みなみ・しんのすけ)さんが顔を出し、「今ちょうど、ゆし豆腐できたから食べますか?」と言ったかと思うと、返事をする間もなく奥に消えてしまいました。しばらく待っていると、ゆし豆腐の入ったお椀を手に南さんが笑顔で現れました。
沖縄の郷土料理「ゆし豆腐」は戦後、この地域を支えてきた。この地域では3~4軒に1軒は豆腐をつくっていたという。 写真提供:繁多川公民館
お椀からは湯気が出ています。友人の家に遊びに来たかのような錯覚を覚えましたが、ここは確かに公民館のロビー。南さんのお話を聞きながらいただいたゆし豆腐は温かく、体にやさしく染み込んでいきました。
繁多川公民館は現在、南さんが代表を務めるNPO法人1万人井戸端会議が那覇市の指定管理者となって運営されています。
「この地域は豆腐づくりが盛んだったんです」と南さん。でもそのことは、地域の若い人たちにあまり知られていませんでした。もちろん、南さんも知らなかったそうです。
2006年、自治会の紹介で70~80代の高齢者10人に声をかけ、一般公募15人、大学生20人で6つのグループを編成し、昔の暮らしや地域の文化をインタビューする『繁多川見聞録』という講座を3年かけて全36回開催することになりました。南さんはスタッフとして関わりました。
「この地域は別に何にもないよ、と言っていた方たちからも、対話を繰り返していくうちにいろんなエピソードが出てくるんです。
沖縄戦の話、豆腐づくりが戦後の暮らしを支えたこと、豆腐づくりに役立った湧き水が今でも豊富にあること、大豆の在来種の存在──。これは子どもたちに街の誇りとして伝えなければと、皆さんの思いが高まっていきました。
途絶えていた在来大豆の栽培を復活させ、その大豆を収穫して、石臼で昔ながらの豆腐をつくる『あたいぐゎープロジェクト』を立ち上げたんです。あたいぐゎーは、沖縄の島言葉(方言)で屋敷内の菜園のこと。
2009年からは地域の3つの小学校で『総合的な学習の時間』にも取り入れられていて、自治会や地域の方も公民館のスタッフと共に授業をサポートしてくださっています」
伝統の技を知る人は「すぐりむん」として活躍
学校教育の現場で「探究学習」「プロジェクト学習」などが必要だと盛んに言われるずいぶん前から、公民館が中心となって取り組んできた活動で、農具の復元や、豆腐づくりができる人などの人材を「すぐりむん(優れた人)」として発掘し、協力していただくことで、高齢者の活躍にもつながっています。
そして、もっと豆腐文化に触れてもらおうと、地域のさまざまな世代の人たちが集まり、イベントを開催するようにもなりました。マルシェ「繁多川豆取祭(はんたがわマーミフェスタ)」は、昨年(2024)4月で11回目。回を重ねるごとににぎわいを見せています。
あたいぐゎープロジェクトには、学校の子どもたちや保護者だけでなく、就労支援事業や孤立支援事業、子どもの居場所事業など、多様な人が少しずつ関わるようになりました。豆腐づくりを軸として地域の交流が毎年広がっていきます。
2024年3月に繁多川公民館の広場で開催された繁多川豆取祭(はんたがわマーミフェスタ)vol.11での集合写真。 写真提供:繁多川公民館
顔が見える関係がスタッフと地域の人をつないでいく
今では繁多川公民館にたくさんの子どもたちが出入りしていますが、昔はあまり見かけなかったと言います。館長の南さん自身も、繁多川公民館に関わるまで「公民館の可能性」に気づいていませんでした。
「公民館は、趣味のサークルや、高齢者の方たちが利用する貸しスペースというイメージを持っている人が多いと思いますが、私自身も昔はそう思っていました。
子どもたちが遊びに来るようになったのは、豆腐づくりで公民館のスタッフや地域の方が学校に入ったことが大きかった。公民館のスタッフが学校で子どもたちと顔見知りになり、公民館に遊びに来やすくなったんだと思います」
スタッフが街を歩けば子どもたちに声をかけられるようになり、中学校でキャリア教育をおこなえば中学生も公民館に遊びに来るようになりました。
楽しければ、子どもたちはきょうだいや友達を連れてきます。子どもたちに話を聞いた保護者も顔を出すようになっていきました。
小学生や就学前の子どもたちも大勢が公民館に気軽に出入りし、豆腐づくりの作業などを手伝うようになった。 写真提供:繁多川公民館
「知っている職員なら気軽に話しやすいですよね。公民館との最初の出会いが楽しいものであるかはとても大切です。
赤ちゃんからお年寄りまで、利用する人の公民館とのファーストコンタクトは必ずしも公民館ではないかもしれません。私たちスタッフが街を歩いていると、そのスタッフの周りが公民館になるんですよ」
スタッフが街の人たちとばったり出会って道端で立ち話をしていると、新しいアイデアを持ちかけられ、地域の困りごとや社会課題が浮かび上がってくる。そこからまた新しい講座が生まれます。
地域の人と一緒に企画を立ち上げると自分ごととして熱心に参加する人が増え、地域の人たちの手によって暮らしやすい地域がはぐくまれていくと南さんは手応えを感じています。
学校に行っていてもいなくてもふらりと遊びに行ける場所
平日の午前中には、不登校の子どもたちもフラリと遊びに来ます。
学校や保護者とも連絡を取り合っており、登録して公民館に来ることで出席扱いにもなります。2021年から自主的に運営をはじめ、翌年からは那覇市の「子どもの居場所事業」として運営されるようになりました。
「学校や地域との連携ができると、不登校の子どもたちともつながりができるんです。夏休みには給食がないので厳しい家庭があることも、子どもたちの様子からわかります。
公民館では子どもを通して家庭とつながりができるのですが、学校に来ない子どもたちがどんな暮らしをしているか、学校ではあまり把握できていないこともわかってきました。
コロナ禍でセーフティネットにつながっていない子どもが増えたので、学校とも連携を取り、子どもに『公民館に遊びにおいで』と声をかけたのがはじまりです。公民館にくれば、地域の人との交流もできるし、サークル活動も体験できる。学習支援もできますし、いろんな支援団体ともつながれますから」(南さん)
いつでもフラリと顔を出せば、いろんな人に出会えます。学校に行っていてもいなくても、サークルに入っていなくても、子どもたちは公民館に自由に来ることができ、地域の人たちと交流しながらさまざまな体験を積み重ねていくことができるのです。
中高生になれば、ボランティアの「繁多川公民館おたすけ隊」にも参加できます。「教えられる」「支えられる」存在としてではなく、「共に地域を創っていく」仲間を募っています。今年度の登録者は89名。
子どものころから間近でその活動を見て、「おたすけ隊」に憧れる子どももいます。近年、盛んに「ユースワーカーが必要だ」「子どもの意見を聴こう」などと言われるようになりましたが、「おたすけ隊」の前身のジュニアボランティアは13年前から続いています。
「放課後の子どもの居場所支援、繁多川公民館まつり、エジプトと沖縄をつないでのグローバル公民館など、公民館のいくつかの事業やイベントから参加したい活動を選んで、企画から職員と一緒に話し合い、つくり上げていきます。
部活動のような感覚で参加してくれていますが、大事なのは『やらされる』のではなく、『自分たちで創るおもしろさを感じる』こと。だからこそ人が集まるんだと思います」
自分たちのアイデアや行動を実現することは楽しい。ときには大変な思いをすることがあっても、自分たちの行動で誰かが喜び、認められる機会を得ることもできます。ジュニアボランティアの一期生は今では25歳。
「公民館は、人が出会い、つながることで、みんなの『やれるかも、やってみたい』が生まれる場所」(南さん)という言葉を体現するかのように、公民館に遊びにきていた当時の子どもたちから、2人が繁多川公民館のスタッフになりました。
ジュニアボランティアとして活動していた中学生が、今ではスタッフやお母さんに。公民館で集まることも。 写真提供:繁多川公民館
全国の公民館(生涯学習センター、交流館、地域交流センター、地域センター、コミュニティセンター、区民・市民センターなど類似施設含む)の数は、1万3798館(令和3年度社会教育調査より)。
これは、ある大手コンビニチェーンの全国店舗数に匹敵します。繁多川公民館のような公民館はまだまだ数少ないようですが、それぞれの地域にくまなく、これだけの可能性を秘めた場所がすでに存在している──その事実は、私たちにとって大きな希望になりそうです。
公民館は、子どもの育ちにとっても、地域に暮らす人たちにとっても必要な場所。あなたの街の公民館ではどんなことをしているのか、改めて足を運んでみていただければと思います。
第2回では、引き続き「繁多川公民館」のお話です。公民館から始まる地域の防災、地域の公民館への地域の人たちからの働きかけ方についてご紹介します。
取材・文/太田 美由紀
子どもが「自ら学ぶ力」を存分に発揮できる学校とは? 先進的な実践をする全国の学校を取材。教育学者の汐見稔幸(東京大学名誉教授)とライター太田美由紀の共著『学校とは何か 子どもの学びにとって一番大切なこと』(河出書房新書)