高校中退のギャルが、週5登校の『女子校』校長になった話。egg編集長から転身。
高校を中退し、ギャルサークルのリーダーとして青春を駆け抜けた赤荻瞳さん。広告代理店での勤務を経て、21歳でギャル雑誌『egg」の編集長となり、現在は「渋谷女子インターナショナルスクール(以下、シブジョ)」の校長として若い世代の夢を後押ししています。シブジョは通信制サポート校でありながら、週5日の登校が必須。対面で一緒に学ぶことで、仲間とともに目標に向かって並走する力を養うためです。授業では英会話や動画制作、SNS運用などの実践的なスキルを学び、提携校で高卒資格の取得も目指せる環境が整っています。
なぜ彼女はギャルとして生きている中で、編集長というキャリアに出会い、そこから校長になる道を選んだのか。すべてが未経験からの挑戦にもかかわらず、なぜスピード感を持って歩み続けられたのか。そこには、どんな環境でも「自分らしく生きる」ことを大切にし、「準備ができていなくても、好きならやってみよう!」と行動する彼女ならではの“ギャルマインド”がありました。
本記事では、赤荻さんが歩んできたキャリアの軌跡をたどりながら、「好き」を仕事にし、輝き続ける秘訣についてお話を伺いました。
高校を辞めて、ギャルサーで本気の青春時代を
──まず、赤荻さんがギャルになったきっかけを教えてください。
物心ついたころから、おしゃれや派手なものが大好きで、とにかく目立ちたがり屋で。小学校の中学年くらいにはすでにギャル文化に触れていて、小5で初めてギャル雑誌『egg』を読んで「あ、うちギャルなんだ」と気付きましたね。当時はギャルになってはたらかずに、一生渋谷で遊ぶっていう妄想をしてました(笑)。
その後、中学生になった時に『egg』の「イケてる高校ランキング」みたいな特集を見て、なんと1位の高校が自宅から通える距離にあったんです。「勉強ができるのに見た目はギャル」というギャップがかっこよくて、頑張って勉強して入学しました。
でも、高校の校則は私が想像していたほどゆるくもなくて、思い描いていたJKライフとは違い、次第に勉強にもついていけなくなりました。入学時から渋谷でのギャルサークル(通称、ギャルサー)活動に夢中になっていたんですが、気付けば学校よりもギャルサーに全力を注ぎたくなって、高2の夏に、中途半端に通うくらいなら学校を辞めようと決意したんです。中退してからは、毎日渋谷に通いながら、ギャルサー活動に本気で取り組んでいましたね。
──ギャルサーではどんなことをするのでしょうか?
ギャルサーにはいくつものサークル(チーム)があって、夏と冬にその複数のギャルサーで主催する大きなイベントが開催されるんです。私はその運営や企画をしたり、みんなで遊んで青春したり。渋谷の街に毎日集まって活動をしていました。とにかく「日本一イケてるJKになりたい!」と思って頑張ってましたね。渋谷は日本のトレンド発信の中心地だから、ここでトップになれば、自然といろいろな人脈ができていく。先輩たちの姿を見てそう感じていましたし、私もその姿を追っていました。
はたらきたくなかったギャルサー長、気付けばどんどんキャリアが広がり……
──ギャルサーのころは、将来の仕事について考えていましたか?
全然考えてなかったですね(笑)。当時はほんとにはたらきたくなくて、「ギャルサーのつながりもあるし、なんとかなるだろうな」くらいに思っていました。でも、18歳で交通事故を起こしてしまい借金を抱えることに……。ちゃんとはたらこうと決意したところ、ちょうどギャルサー時代の先輩が仕事を紹介してくれて、19歳の時にティーン向けのマーケティングをしている会社に入社しました。そこで、藤田ニコルちゃんのつけまつげプロデュースの仕事や、雑誌とのコラボイベントの運営を担当していましたね。
自分でもびっくりしたんですが、いざはたらいてみたら意外と楽しくて!じっとしているのが苦手だったから、イベントの企画など、流行の最先端で仕事をするのがすごく面白かったです。
──そこから、egg編集長になったきっかけを教えてください。
私が高校2年生のときに『egg』が休刊したのですが、その出版社の方と就職先の社長は以前からつながりがあり、21歳の時に出版社の方から「Web版でeggを復活させる」と話があって。「ほかの人がやるより、ギャル文化を愛している私がやったほうが話題になるし、文化を守れる」と思い、立候補したのがきっかけです。
そこから編集長として4年間、ギャルモデルのマネジメント、企画立案、撮影のディレクションなど、すべてを担当しました。大変な時期もありましたが、ギャルの経験も活かしながら最後までとても楽しくやり遂げられましたね。
──編集長を経て、今はシブジョの校長を務められています。そもそもなぜ女子校をつくろうと思ったんですか?
編集長を4年やって、一度は専業主婦になろうと思っていたんです。でも、当時の私は『egg』を復活させたけど、もともとあるコンテンツを引き継いだかたちだったので、「今度は0から新しいものをつくりたい!」とも考えていて。そんな矢先、知り合いの社長からS N Sなどを教える新しい形の女子校をつくろうという話を聞いたんです。
私自身がギャルサー時代にリアルな経験を積んだことでさまざまなチャンスを得られたように、今の女の子たちにも夢を追いかけられる場所を創りたい、そして、青春を過ごせる「居場所」をつくりたい——。今は渋谷に集まる子たちも少なくなってしまったけれど、私の青春はすべて渋谷にあった。だから、渋谷に女子校をつくることを決めました。そこから私は生徒集めや広報に専念して、2023年4月、ついにシブジョを開校し、校長に就任しました。
──未経験でシブジョを立ち上げ、初めての校長という立場に不安を感じることはありませんでしたか?
不安はあまりなくて、絶対に大丈夫だと最初から思っていました。渋谷で経験してきたこと、egg編集長として培ったものがあるからどうにかなると信じていましたし、何より周りの人たちの協力があったので、不安より「頑張ろう!」という気持ちのほうが大きかったです。
生徒たちの人生に関わる仕事をしているという自覚は常にあります。責任の重さを感じることももちろんあります。ただ、「プレッシャー」として捉えて立ち止まるのではなく、人生のターニングポイントにも関わる仕事だからこそ、どうやったら彼女たちの未来をより良くできるか、前向きに考え続けるほうが大切だと思っています。
ギャルサーの経験が、挑戦に寄り添う校長・赤荻瞳を生んだ
──ギャルと校長、一見すると畑違いのはたらき方にも思えます。ギャルサー時代の経験が、今の仕事に活きていると感じることはありますか?
めちゃくちゃありますね。egg編集長のときも、今も、一応「長」がつく立場なので、人前で話す機会が多いし、チームをまとめる力やリーダーシップが求められます。 そういったスキルは、まさにギャルサー時代に身についたものです。
たとえば、たくさんあるギャルサーの中で、私は自分のサークルを立ち上げて幹部を務めたり、イベントの統括をする実行委員長を任されたりした経験があって。幹部になるためには、まず50人くらいの前でプレゼンをする必要があるんですよ。「自分がどんなセクションの幹部になりたいか」を説明する場で、雰囲気はかなりピリついていて(笑)。
そんな環境のおかげで自分の考えを発信する力が鍛えられ、ビジネスの場でもしっかり自分の意見を伝えられるようになりました。編集長時代や今の仕事でも、企画を考えてプレゼンする機会が多いので、過去の経験がとても活きていると感じます。
また、ギャルサーでは「私はこう思う」と主張するだけではダメなんです。個性豊かな子が多い中で、相手の意見も尊重しながら、自分の意見を伝える。チームとして一人ひとりに思いやりを持ちながら、みんなで意見を擦り合わせて「共創する」大切さも学びました。仲間意識がとても強くて、助け合いながら活動するのがギャルサーの基本。リーダーとしての在り方や、チームではたらく意識に加え、多様性を受け入れるマインドもギャルサーで身についたと思います。
──実際に校長として、やりがいを感じるのはどんな時でしょうか?
やっぱり、生徒たちが夢に向かって挑戦し、成長していく姿を見た時ですね。たとえば、ある生徒は推し活が大好きで、「推しと一緒に仕事をしたい」とずっと言っていたんです。その子が、東京ガールズコレクションのティーン版『TGC teen』というイベントでインターン生としてはたらき、推しのタレントさんのアテンドを担当できたんですよ。入学してたった3ヶ月で「夢が叶いました!」って言ってくれた時は、すごくうれしかったですね。
ほかにも、起業を目指している生徒がビジネスコンテストに挑戦して、資料作成やプレゼンをすべて自分で準備して発表に挑んだんです。優勝はできなかったけど、「ここでしか得られない経験ができたので、本当に出てよかった。次も頑張ります」って言ってくれて。生徒たちが新しいことに挑戦し、それを「やってよかった」と思ってくれる瞬間に、すごくやりがいを感じます。
──そういった「挑戦」を後押しするために、シブジョではどんなカリキュラムを用意していますか?
シブジョでは、社会で実際に使えるスキルを習得することを大切にしていて、英会話、SNSマーケティング、動画制作など、今の時代に合ったスキルを学べます。SNSの授業では、実際に画像を作成して投稿する課題があったり、ファッションブランドのGUさんと協力してSNS運用に携わったり。イベント運営の実践もありますね。
カリキュラムは毎年アップデートしていて、修学旅行の行き先が韓国になった年には、韓国の文化や言語の授業を取り入れました。SNSの授業は流行の変化に合わせて、たとえば「この先もずっとTikTokを教える」のではなく、その時代に合ったツールを学べるようにカリキュラムを調整しています。
──とても柔軟なカリキュラムですね。
シブジョは彼女たちが本当に学びたいことや挑戦したいことに、全力で寄り添える場所にしたいと思っています。だからカリキュラムの作成には、生徒たちの意見も積極的に取り入れています。アンケートを取って、今、何を学びたいかを聞いたり、社会の流れを見たりしながら、必要なスキルを教えられるようにしているんです。生徒たちが「誰かにやらされている」と思うのではなく、主体性を持ってシブジョをつくり上げることで、自ら考え、行動できる人へと成長してほしいなと。
また、私自身も校長として、生徒たちが叶えたい夢や挑戦したいことに対して、「無理」とは絶対に言わないことを大切にしています。どんなに難しそうなことでも「どうすれば実現できるか?」を一緒に考えながらサポートしています。
これからも、「なりたい自分」を見つけて羽ばたいていく女の子たちを、日本一輩出できるような通信制サポート校にしていきたいですね。そして、私自身も日本一の校長を目指します!
小さな「好き」を大切に。ギャルマインドで一歩前へ
──軽やかに挑戦を続け、自分らしくはたらく姿が印象的です。思い切って一歩を踏み出せず悩んでいる方へ、赤荻さんならどんな言葉をかけますか?
私は本気で「やりたいことに無理なんてない」と思っています。だって、目指すものに近づく方法はいくらでもあるはずだから。
最初から成功しなくてもいいんです。私自身、失敗しても「勉強の時間だった」と捉えて落ち込むことはありません。「ラッキー!新しいことを学べた」と前向きに考えるようにしています。そうやって気持ちを切り替えながらチャレンジを続けてきたからこそ、サークル長、編集長、そして校長と、いろいろな経験を得ることができました。
一歩踏み出せない人の中には、「まだ準備ができていない」と不安に思う人もいるかもしれません。でも、タイミングを待つだけでなく、やりたい気持ちがあるなら「なんとかなるっしょ!」とギャルのマインドを持って、まずは小さなことから始めてみてください。たとえうまくいかなくても、それはそれで大丈夫。目の前のことに実直に向き合っていれば、いつか必ずその経験が活きる時が来ます。
──最後に、若者が自分らしく楽しくはたらくためのアドバイスをお願いします!
どんな経験でも、「好きなこと」「楽しいこと」を軸にまっすぐ進んでいけば、自然と道は拓けます。いきなり大きく変えようとしなくても、たとえば服やネイル、飲み物など、小さなところから自分の「好き」を取り入れてみる。それだけでも、自分らしく生きる一歩になります。一つひとつ自分らしさを大切に過ごしていけば、自然とマインドも変わっていくはず。「なんとかなる」とギャルマインドも持ちながら、自分の「好き」や強みを信じてみてください。一緒に楽しみながら、一歩前へ進んでいきましょう!
(文・写真:朝川真帆 編集:おのまり、いしかわゆき)