村上信五「AIには“完璧”を求めない」AIシンゴに見る、不完全さを許容するプロジェクト推進の強さ
「皆さん、今日はお越しいただき本当にありがとうございます。AIシンゴでございます。 『兄さん』こと村上信五と一緒に舞台に立てるのが夢のようです」
2025年6月20日、東京グローブ座にて。まさに「夢のような」挨拶をして見せたのは、大型モニターに映るバーチャルタレント・AIシンゴ。アイドルグループ SUPER EIGHTのメンバー・村上信五さんをモデルに開発された、彼の“分身”だ。
AIシンゴは、村上さんの表情、音声、そして彼特有ともいえる関西弁のイントネーションや口癖、さらには思考まで再現したSTARTO ENTERTAINMENT所属としては初のバーチャルタレント。この日、村上さんとAIシンゴは、互いがW主演を務めた舞台『笑う門にはデジ来タル〜SHIN – GO!〜』の初日を迎えた。
「自身のIPを使ってAIを作り、それと自らが共演する。恐らく、まだ誰もやったことがないのではない取り組みになるのではないでしょうか」
今回の舞台について、村上さんは新しいエンターテインメントの可能性を感じさせる口調で力強く語った。
ここでは、報道陣や関係者向けに開催された公開ゲネプロ(最終リハーサル)とトークセッションの様子から、AIとエンターテインメントの未来を探ろう。
24時間365日“村上信五”を楽しめる
冒頭でも触れたように、AIシンゴは村上さんをモデルとしたバーチャルタレントだ。そもそも、なぜAIシンゴの開発に至ったのか。その理由の一つを、村上さんは次のように明かした。
「もともとは、AIシンゴの開発に協力いただいているCynthialyの國本さんとラジオでお話ししたことが発端でした。『ChatGPTとClaude、どちらがすごい?』といったテーマで話を聞く中で、AIのすごさを実感したんです。
当時はVTuberの存在が話題になり始めていたときだったので、タレント版のVTuberを作って活動させることはできるものですか? と聞いたら『できます』と言ってくださったんです。そこで、具体的に動かしていきたいと考えるようになりました。
24時間365日、僕というエンタメを楽しんでいただける可能性が広がるな、と思ったんです」(村上さん)
AIシンゴには、2024年当時の村上さんのデータをベースに開発された「2024年モデル」と、それを村上さんのコアファン約1000名とのチャットコミュニケーションなどを経て改良した「2025年モデル」が存在する。
法人向けの生成AI人材育成・導入変革支援を事業として展開するCynthialyの代表取締役CEO・國本知里さんは、AIシンゴの開発についての苦労と手ごたえを語った。
「村上さんが言いそうなことなどを、どのように人格として再現していくのか……という部分が非常に大変でした。村上さんには、外見の撮影や音声の収録をはじめ、どのようなことを考えていらっしゃるのか、といった思考の部分まで、さまざまなことを聞かせていただきました。
そこに、ファンの方々からのフィードバックも加えているため、精度もかなり上がってきたのではないでしょうか」(國本さん)
写真左より、村上信五さん、スタートバーン 代表取締役・施井泰平さん、Cynthialy 代表取締役CEO・國本知里さん
AIシンゴの2025年モデルは、今回の舞台が初お披露目。2024年モデルが着席状態のバストアップが基本スタイルだったのに対し、2025年モデルは今現在の村上さんのビジュアルを全身かつ実寸大で再現している。
このバージョンアップには、「アイドル・村上信五」のファンに対する深い思いがある。
「僕たちの活動は、コンサートやイベント、ミュージカルなどの舞台が根幹です。最近ではSNSやYouTubeでもファンの方との交流ができるようになってきましたが、生身の人間がやるには限界があります。
そして僕自身を“アイドル”として考えたときに、こちらは当然ながら歳を取っていくわけですよね。コンサートで10年前のうちわを持ってくれているファンの方が目に入ったとき、『その時の俺が一番良かったんやな』と思う。でも、どんなに髪型を寄せたところで僕はもう戻れないんですよ。だったら、2024年モデル、2025年モデル……と定期的に作っていけばいつまでも楽しんでもらえるんじゃないか、と思ったんです。
もちろん、『僕はもう引退するからAIが頑張ってくれ』ということではありません。AIシンゴとのコミュニケーションを楽しんでもらいつつ、引き続き僕自身も活動していくことでファンの方の喜びを倍にしていきたい。それが一番の望みですね」(村上さん)
「完璧を求めない」ことが、AIシンゴの可能性を広げていく
ゲネプロでは、本公演で行われる内容を抜粋して披露。村上さんとAIシンゴのリアルタイムでのコミュニケーションからはじまり、観客を楽しませるさまざまなプログラムが用意されていた。
「村上さんの思考をもとに作られたAIシンゴであれば、しりとりの回答もピッタリ同じになるのか?」といった実験をしてみたり、テーマを与えて画像やアニメーションを生成してもらったり、即興で作詞・作曲に挑戦したり。「今回の舞台は、AIシンゴがメイン。僕は黒子です」という村上さんの言葉通り、AIシンゴの可能性を感じられる内容になっていた。
そもそもこの舞台のタイトルやロゴ、オープニング・エンディング映像は全てAIシンゴのアイデアをもとに作られたもの。公演終了後の会場には本番中にAIシンゴが作った楽曲を流して観客を送り出すなど、細部に至るまでAIシンゴの要素がちりばめられている。
中でも見どころは、2025年モデルのAIシンゴと村上さんによる即興漫才だ。
軽快な出囃子が流れる中、お揃いのセットアップを身にまとってセンターマイクを挟んで立つ二人。村上さんに「今から初めての漫才やけど、緊張してへんか?」と問い掛けられたAIシンゴからは「AIやから全然緊張せんし、しっかりサポートするわ」と頼もしい一言が飛び出した。
ゲネプロ後のトークセッションで國本さんが口にした「村上さんがやり取りするからこその面白さもある」という言葉の通り、特筆すべきは村上さん自身のエンターテイナーとしての立ち回りの妙だろう。
AIシンゴはこちらの問いかけを正しく理解し、その都度異なるアプローチで観客を楽しませてくれる。しかし、技術的な制約として、多少の遅延は免れない。この、問い掛けからレスポンスまでの「間」を、村上さんの巧みなトークが埋めていく。
「確かに遅延はありますし、エンジニアの方であれば『そこをゼロにしたい』と思うかもしれません。ですが、人間がカバーできることなら僕がやりますよ、というのは國本さんとすり合わせしていました」(村上さん)
一見してみれば、AIシンゴはまだまだ不完全に感じるだろう。しかし、この不完全さこそがAIシンゴの特徴だと國本さんは説明する。
「このようなプロジェクトを進めていると、多くの企業の方はAIに“完璧”を求めるケースが多いんです。完璧になるまで世に出せない、といったように。
ですが村上さんは『完璧でなくてもどんどん進めよう』という考え。この姿勢が、AIシンゴのプロジェクトの推進につながっているなと感じます」(國本さん)
また、今回のプロジェクトの中では、推し活支援の一環としてNFTを活用した取り組みも行われている。ブロックチェーンインフラ関連事業を展開するスタートバーンの代表取締役・施井泰平さんは「『GIVE&MAKE』というNFTプラットフォームを用いて、イベントに行った、番組を見た、グッズや書籍を買ったという証明が得られるようになる」と解説。
「『これだけ応援してきた』という証明ができないジレンマがあるという声も聞いてきたので」と、この取り組みに踏み切った背景を挙げた村上さん。その言葉からも、ファンの応援に応えんとする姿勢がうかがえた。
人間の価値がどう変わるか、それは「やってみないと分からない」
今回のゲネプロとトークセッションを通じて印象的だったのは、村上さんのAIに懸ける熱量の高さだ。施井さんは、多忙なスケジュールの中でもフットワーク軽く行動していく村上さんに尊敬の念を向ける。
「私たちからお願いするまでもなく、村上さんの方から『こんなことはできないですか?』という連絡が毎日来るんです。それこそ、5万人を前に行うコンサートの開演前であっても。
技術を学ぼうという意欲もすごくて、『ブロックチェーンを学びたいんです』といった相談をもらうこともあって。うちのインターン生がおすすめしたのは、オライリーが出している技術書だったのですが、翌週には付箋だらけになっていました」(施井さん)
その熱量の源泉はどこにあるのか。村上さんは、「偉そうに聞こえるかもしれませんが」と謙遜しつつ、思いのたけを口にした。
「私の世代のエンタメ関係者だと、まだAIという領域に力を注いでいる人は少ないと思うんです。心強い皆さんと出会うこともできたので、誰もやらないなら自分がやった方が早いと考えました」(村上さん)
グループで活動すること20年、芸能生活は約30年。「やりたいことは、概ねできた」と吐露する村上さん。この先を見据えた時に、希望の光となったのがテクノロジーとの出会いだったという。
「YouTubeなどをやっていく案もありましたが、それはあくまでも今やっていることの延長。でも、テクノロジーと今までやってきたものを掛け算したら、新しいものが届けられるんじゃないかと思っています」(村上さん)
トークセッションの終わり、僭越ながら、エンジニアtypeから一つの質問をさせてもらった。
AIの進歩があらゆる可能性を拡げていく一方で、人が持つアイデンティティーや権利を脅かすのではという議論もなされている。では、AIが進歩した未来、“人間”の価値はどう変わると思いますか?
そんな問いに、村上さんは力強く答えてくれた。
「さまざまな議論がされていることは重々承知の上で言うと、『やってみなければ分からない』ですね。
誰もやっていないからとリスクを恐れて足踏みしてしまったり、面白い技術がたくさんあるのにそれを活かせる場がなかったり、という方が問題だと思うんです。
それに、本来エンタメというのは衣食住のさらに後に位置するもの。そんな存在のエンタメだからこそ、トライアルできることがあるはずです」(村上さん)
ゲネプロ中、AIシンゴが即興で生み出した歌詞には、次のような一節があった。
「テクノロジーとエンタメの架け橋」
その歌詞の通り、エンターテインメントの新たな可能性を切り開く架け橋となるかもしれないAIシンゴ。その存在から、今後も目が離せない。
撮影/阿部章仁 文・編集/秋元 祐香里