帝国劇場に新宿アルタ、学士会館……2025年冬までに別れを告げた東京の風景【東京さよならアルバム】
日々、街の表情が大きく変化する東京。2006年、私はふと思い立って、消えていく風景を写真に収めることにしました。「消えたものはもう戻らない。みんながこれを見て懐かしく感じてくれたらうれしいな」とそれくらいの気持ちで始めた趣味でした。そんな、東京から消えていった風景を集めた「東京さよならアルバム」。今回は第22弾として、2024年3月~2025年2月に別れを告げた風景を紹介します。
2024年3月 秋葉原「肉の万世 秋葉原本店」
電気街を象徴する「肉ビル」
肉料理専門レストランとして有名な「肉の万世 秋葉原本店」が2024年3月31日完全閉店、33年の歴史を閉じた。JR中央線の線路わきにそびえる10階建てのレンガ造りで、「肉ビル」とも呼ばれ、秋葉原のシンボルだった。1階はここでしか食べられない排骨拉麺で有名な「万世麺店」、3・4階は秋葉原の街を一望できる眺望を誇り、電車を真下にハンバーグやステーキを楽しめる洋食レストランだった。
建物の老朽化と営業戦略の見直しのため閉店を決めたという。「肉の万世」はアキバプレイスビルに移り、既存の『焼肉の万世秋葉原店』とともに秋葉原で営業を続けている。私もかつては、万世橋にあった「交通博物館」を見学した後、ここでハンバーグを食べるというのがお決まりだった、懐かしい店である。
閉店間際の同店は1階のパーコー麺は長蛇の列、3・4階のレストランもロビーに待つ客があふれ、こちらも1時間以上の待ち時間で皆別れを惜しんでいた。ランチのハンバーグしょうが焼きセットは、懐かしい昭和の味が変わらないおいしさだった。こういった大型洋食レストランも都内から消えようとしている。昭和の店、昭和の味、再開に期待したい。
2024年6月 上野「ABAB上野店」
78年愛された上野のランドマーク
長年にわたって上野のランドマークであったファッションビル「ABAB(アブアブ)上野店」が、建物の老朽化と耐震対応のため、2024年6月30日に全館営業を終了した。1階から7階まで衣料品、雑貨、靴などの店がひしめく女性客を中心としたビルだった。
1945年10月28日、終戦の年に「赤札堂」としてスタート、現在のビルは1964年に完成した。1970年には「アブアブ」として「ハイファッション、ロウプライズ」のファッションビルに生まれ変わり、90年代には「渋谷109」のライバルとして、ティーン向けのファッションで一世を風靡した。以来80年近く続いた歴史に幕を閉じることになったのである。
最後は閉店感謝祭を行って、閉店記念の芸術祭も開催した。店内は天井も低く、多くの店がひしめきあって昭和感あふれる雰囲気だが、閉店セールということもあり、とにかく安かった。渋谷や原宿ではなく上野だからこその庶民的でレトロな、今ではほとんど見られないこの雰囲気が消えてしまったのはやっぱりさみしいものだ。
2024年12月 神保町「学士会館」
『半沢直樹』など数々のドラマや映画に登場
昭和3年(1928)開館以来、約100年の長きにわたり神田神保町の交差点の近くにあった「学士会館」が、老朽化に伴う再開発のため、2024年12月29日閉館(一時休館)した。そもそも旧帝国大学の卒業生の同窓会組織として創立された「学士会」の本部会館として建てられたのが「学士会館」である。ネオロマネスク様式を基調とした文化的価値の高い旧館は、関東大震災後に建てられた震災復興建築であり、今後は曳家(建築物をそのままの状態で移動させること)工事で保存されるが、新館は解体される。
内部にはメインダイニング、和食、中華の3つのレストラン、会合、宴会、結婚式などの宴会場、美容室、写真室、ホテルとしても宿泊できる客室を擁する、当時最先端の複合施設でもあった。かつてお世話になった方の出版パーティーでお邪魔したが、モダンで重厚で、昭和初期にタイムスリップしたようだった。ドラマや映画のロケ地としても知られ、ドラマ『半沢直樹』で大和田常務が半沢直樹に土下座させられたのもここである。今後はリニューアルして2030年に再開予定だ。
2025年2月 有楽町「帝国劇場」
新しい劇場ができるまで、しばしのお別れ
明治44年(1911)開館の「帝国劇場」。今の劇場は1966年竣工の2代目で、以来約60年にわたって演劇、ミュージカルの殿堂として多くのファンに親しまれたが、劇場が入るビルが老朽化で建て直すため2025年2月28日で休館した。ステンドグラスとアートを生かした品のあるロビーと、シンプルだがどこの席からでもよく見える客席で、落ち着いて品格のある素晴らしい劇場だった。『屋根の上のバイオリン弾き』『王様と私』『ラ・マンチャの男』『マイ・フェア・レディ』『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』などミュージカル史に残る名作はもちろん、最近では『千と千尋の神隠し』や『エリザベート』などの話題作から、コミック原作の『キングダム』『SPY×FAMILY』なども上演された。私も長年にわたって幾度となく通ったが、最後に観劇で訪れたのは2024年の『千と千尋の神隠し』だった。
また、1969年から1984年まで16回にわたり、大晦日のTBS『日本レコード大賞』の会場となったのも帝劇である。1977年、私がTBSに入社した年、新入社員として会場にいたが、ステージで大賞曲「勝手にしやがれ」を歌うジュリーのかっこよくまぶしい姿は今でも思い出される。『レコ大』が最も華やかで輝いていた時代、帝劇は最もふさわしい会場だった。
最後のミュージカルとして『レ・ミゼラブル』が上演されたが、その後最終日までは、最後のステージ「コンサート・ザ・ベスト」を開催。歴史の集大成となるコンサートは、劇場を飾った新旧豪華キャストで行い、大千秋楽のカーテンコールでは、佐久間良子、北大路欣也、鹿賀丈史、市村正親、堂本光一ら約50人の歴代俳優が顔をそろえ、大フィナーレを迎えた。休館後は、2030年度に3代目の帝国劇場が誕生する予定だ。
2025年2月 新宿「新宿アルタ」
最後はみんなで「いいともー!」
1980年、それまでの総合食料品店「二幸」に変わって建てられた「新宿アルタ」が2025年2月28日閉館となった。オープン以来45年間、新宿駅東口のランドマークとして親しまれ、待ち合わせ場所としても大いに利用されたが、売り上げが低迷し、収益の改善が見込めないことから、その歴史を閉じることになった。
地下2階、地上8階で、洋服、アクセサリー、雑貨など若い女性向けの店を中心に軒を連ねていたが、何と言ってもここは、1982年から2014年まで32年間、『笑っていいとも』の公開生放送をしていた「スタジオアルタ」で有名である。私も打ち合わせで何度か訪れたことがあるが、あの狭いスタジオと狭い楽屋、狭い通路を見て、よくここで32年間も国民的番組の生放送をやっていたなあと驚いたものである。
また、日本初の大型ビジョン「アルタビジョン」も画期的で、珍しかった当時、新宿駅前にいる多くの人たちが見上げたものだ。最後は館内にタモリをはじめ「アルタ」にゆかりのあるタレント、有名人のメッセージが貼られ、「アルタビジョン」でもタレントや芸人たちのメッセージを配信した。営業最終日、閉店時は新宿東口駅前には500人ほどの人たちが集まり、店長のあいさつの後みんなで「いいともー」と声を合わせ、別れを惜しんでいた。営業終了後のビルの用途は不明だが、新宿駅東口の再開発プロジェクトの話も出てきている。
写真・文=齋藤 薫