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旅する版画家・川瀬巴水の風景 ― 大阪歴史博物館(読者レポート)

アイエム[インターネットミュージアム]

大阪城を一望できる絶好のロケーションに「大阪歴史博物館」はあります。インバウンドトラベラーが行き交う人気の地で、私の好きな川瀬巴水の新版画を紹介する「特別展 川瀬巴水 旅と郷愁の風景」が始まりました。


大阪歴史博物館のエスカレーター踊り場から見る大阪城公園の紅葉は絶景でオススメ 


東京芝に生まれた川瀬巴水は新版画を牽引する第一人者となってゆく


大正から昭和にかけて興隆した多色摺木版画は「新版画」と呼ばれます。川瀬巴水による版画作品は日本での旅行ブームと相まってガイドブックのような人気を集め、国内だけでなく海外でも注目されることになるのです。出品数が多いので1枚1枚を見てゆくとかなり時間がかかるのですが、各作品に味わいがあるので覚悟してスタートします。


展示風景


川瀬巴水(かわせはすい 1883-1957)は当初、鏑木清方や岡田三郎助などに師事し、日本画・洋画を学びました。それらの画法を活かした絵は新版画として誕生するにふさわしかったようで、古風な風景描写の中にも洋風な色彩や構図・デザインも見ることができ、モダンな感じです。

巴水は旅する版画家といわれますが、その地方の風光明媚な名所旧跡だけでなく、そこにある何気ない日々の暮らしを描き留めて作品に仕上げました。広重や北斎の浮世絵とは少し視点を変えたものになっています。しかし山も川も人も哀愁漂う描写に感じさせ、なんとなく“場面が寂しい”と思うのは私だけでしょうか。

落ち着いた色彩で人などは正面向きではなく、動物もほとんど登場しません。朱に雪、波紋のゆらぎ、月影に風など多く描かれる場面ですが、どれも静寂の中に緊張感が漂います。早朝や夕暮れといった時間を選んでいる影響もあるのでしょうか。


《浜名湖》東海道風景選集 1931年8月 版元・渡邊木版美術画舗蔵 比較的明るい色彩ですが静寂な風景


順調かと思えた日々も、大きな出来事“関東大震災”によって様子が一変します。大切な写生デッサン帖をすべて失い、制作意欲は一挙に消失してしまったそうです。しかしこれまで支えてきた版元の渡邊庄三郎は辛抱強く川瀬を後押しし、新たなる展開が始まります。

人生最長の旅に出発し、マンネリ化が見えた画風もスランプを乗り越えることに成功。震災から復興してゆく東京の姿を題材にするなど代表的シリーズが確立します。『東京二十景』、『東海道風景選集』など新たな魅力を持った作品は住友や三菱といった財閥の支えもあり、益々巴水の名声を高めることとなりました。描かれた場所の現在の様子も並んでいるパネルで比べることができます。


《日本橋(夜明)》東海道風景選集 1940年 版元・渡邊木版美術画舗蔵  言わずと知れた東海道起点 今は上を高速道路が通る


《芝増上寺》東京二十景 1925年 版元・渡邊木版美術画舗蔵 一番売れた作品とのこと やはりインパクトがあります


新版画とは浮世絵の伝統技術を継承しつつも新しい表現を取り入れて制作されたとあります。絵師、彫師、摺師、版元はチームを組んだ制作作業でより斬新な作品を生み出します。

雨や虹、霧や霞など繊細な表現をいろんな手法を用いて表現したり、同じ風景の下絵をもとに時間や天気による変化を描いた作品なども発表。(何だかモネの睡蓮連作を思わせます。)制作工程を紹介した資料も展示され、興味深く拝見しました。


《出雲松江 左(曇り日)中(三日月)右(おぼろ月)》 旅みやげ第三集 1924年 版元・渡邊木版美術画舗蔵  同じ景観を時間や天候による印象の変化を見せた


川瀬巴水《弘前最勝院》日本風景集 東日本篇順序摺 昭和20年代頃 版元・渡邊木版美術画舗蔵


円熟期を迎えた川瀬巴水の作品は海外でも注目されることになります。スティーブ・ジョブズのコレクションは有名で、マッキントッシュの発表時、最初の画面になんと『髪梳ける女[橋口五葉]』が映し出されたのです。

また、英文雑誌の表紙は雪の庭園とサンタクロースのコラボになり、パシフィック・トランスポート・ライン社のカレンダーも手掛けるなど販路を伸ばします。11月の十和田湖の秋の風景は鮮やかな紅葉で、タイトルと署名は英語で記されているのがみえますでしょうか。


The-History-of-Jobs&Apple-1976~20XX:スティーブ・ジョブズとアップル軌跡の軌跡 


Lake-Towada十和田湖の秋 1953年カレンダー/11月 1952年 版元・渡邊木版美術画舗蔵


『平泉金色堂』は未完のまま絶筆となったものでしたが、版元渡邊庄三郎が仕上げ、巴水の百箇日法要で配られたというエピソードを持つ大切な1枚です。多くの熟練者との出会いはチームとして巴水の新版画に名声をもたらし、今も多くの人の思い出と重なる作品となって心を打ちます。


右《平泉金色堂》1957年 版元・渡邊木版美術画舗蔵 絶筆となった作品には巴水と重なる修行僧の姿も


展覧会は3つの章立て。生まれ育った東京の風景が中心となりますが、そこは旅する版画家、関西で馴染みある風景も並びます。最後に今回見つけた私の好きな作品をご紹介します。

『京都鴨川の夕暮』。友禅職人が川辺に染ものを干している風景ですが、川での友禅流しという作業工程はもう今は禁止されていて見ることができません。失われてしまった風景を思い出させてくれた1枚が今日は強く心に残りました。皆さんの思い出の場所も見つかるかもしれません。


《京都鴨川の夕暮》日本風景選集 1923年 版元・渡邊木版美術画舗蔵 


[ 取材・撮影・文:ひろりん / 2024年10月3日 ]

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