うまくいかない時は周りを頼る やまもとりえさん「積んでいるエンジンはみんな違う」
「育児も仕事もきちんとやりたい」と考えていても、なかなか理想通りにいかず、自分を責めてしまったり、ストレスを抱えてしまうなど「うまくいかなさ」を抱えている人もいるのではないでしょうか。
イラストレーター・漫画家として活躍するやまもとりえさんも「理想の自分」を追い求めるあまり「うまくいかない」という気持ちを抱え続けてきたそうです。
2児の母として育児と仕事に奮闘するなかで「人それぞれ積んでいるエンジンが違うことが分かり、徐々に今の自分を受け入れられるようになった」と話すやまもとさんにお話を伺いました。
「このまま人生が終わるのかな」変化のない日常に焦り
やまもとさんはイラストレーターを目指しながら会社員として勤めていた時期があったそうですが、当時どのような「うまくいかなさ」を経験されましたか。
やまもとりえさん(以下、やまもと):私は美術大学を卒業後、デザイン事務所で働きながらイラストレーターを目指していましたが、うまくいかない毎日で......。
出版社などにポートフォリオを送ってみても返事が来ないのが当たり前。コンペに出しても佳作止まりで、仕事につながるような結果は得られず……。そんなことの連続で「イラストレーターになることの難しさ」を痛感させられました。
先日刊行した『べつに友達じゃないけど』に登場する「美里」というキャラクターには、当時の私が感じていた「うまくいかなさ」が投影されていると思います。
確かに会社員として働きながら「この人生でいいのか」「自分には何かあるんじゃないか」という将来への期待が捨てられない美里のシーンは印象的でした。やまもとさんがイラストレーターを目指していた頃の心境も、美里と似たものがあったのでしょうか。
《画像:『べつに友達じゃないけど』より》
やまもと:そうですね。私も20代の頃はずっと何者かになりたかったし、「その他大勢」で終わりたくないみたいな気持ちが強かったと思います。「自分にしかできない仕事がしたい!」と自意識が爆発してて……(笑)。
25歳ごろになると、大学の頃の友達はそれぞれ責任のある仕事を任され始めていたのに、私は会社の仕事内容に大きな変化はなく、イラストレーターになることもできず……。「このまま何にもなれず人生が終わるのかな」と焦っていました。
今振り返れば「まだ25歳じゃん」と思えますが、当時は「もう25歳なのに......」という気持ちだったんです。
そのモヤモヤは徐々に解消されていったのでしょうか?
やまもと:いや、全然解消されなかったです(笑)。活動を続けるうちに、イラストコンペなどで入賞するようになっていきましたが、仕事に発展することはなく、その度に「やっぱり私はダメなんだ」と落ち込んで……。
結婚して子どもを産む30歳くらいまでは、ずっとそんな感じだったと思います。
「子どもを産んだから仕事のペースが落ちた」と思われたくなかった
やまもとさんといえば、お子さまの妊娠・出産のブログをきっかけに活動の幅を広げられた印象があります。
やまもと:そうです。長男の妊娠をきっかけにブログで「妊娠日記」を描き始めたら、それをみた方からお仕事の声がかかるようになったんです。
結婚を機にデザイン事務所を辞めてイラストの売り込みに力を入れるようになり、少しずつ仕事が増えていたタイミングでもあったので、うれしかったですね。
《画像:やまもとさんのブログ「妊娠日記」( https://rinpotage.blog.jp/archives/9471979.html )より》
とはいえ、イラストレーターとして軌道に乗り始めたタイミングと妊娠・出産が重なったのは大変だったのではないでしょうか。
やまもと:そうなんです。せっかく増えた仕事を出産で手放したくないという気持ちが強くて、産後はたった1週間で仕事に復帰しました。出産後にきた仕事の依頼も断れず、乳児を抱えながら絵を描き続けていました。
当時はアナログで描いていたため、子どもがインクを倒してしまうことも......。泣きながら描き直していたことを今でもよく覚えています。
《画像:やまもとさんのブログ「育児日記」( https://rinpotage.blog.jp/archives/9471099.html )より》
まさに「うまくいかない」ですね。
やまもと:今思えば、1カ月くらい休めば良かったのかもしれませんが、あの頃の私は「出産を仕事ができない言い訳にしてはダメ」という気持ちに囚われていたんです。取引先に「子どもを産んだから、仕事のペースが落ちた」と思われたくなくて......。
もともと私は「カッコつけたがり」の性格。だから、周囲の人たちに「私は子どもを産んでも、しっかり仕事ができています」という姿勢を示し続けたかったんだと思います。
長男を出産して3年後に次男を授かりましたが、その間もずっと無茶なスケジュールで働いていました。
「うまくいかない」ときこそ、周囲を頼ることの大切さ
仕事と育児の両立で忙しかった当時、パートナーや周囲の人に頼るのは難しかったのでしょうか?
やまもと:そもそも、夫にすら仕事が忙しいことを伝えていませんでしたし、親しい友人にも「仕事も育児も大変だ」という愚痴が自慢に聞こえてしまったら嫌だなと思って言えませんでした。
特に、夫の前では「仕事も家事も完璧にできている私」でいたかったんです。私が「平気です」っていう顔をしているから、恐らく夫は私が全然眠れていなかったことに気づいてさえいなかったと思います。
しかし、そんな状況だといつかはパンクしちゃいますよね……。
やまもと:はい、次男を妊娠中も3日間徹夜で作業するという無茶な働き方をしていたら、いよいよ体調を崩してしまって……。副鼻腔炎や膀胱炎に加え、片耳が聞こえづらくなるなど、さまざまな不調が重なって、ようやく「このままではまずい」と気づきました。
それまでは「子どもを幼稚園に通わせたい」と考えて、長男を自宅保育していたんです。でも、さすがに限界を感じて「今、すごくしんどい。保育園を利用したい」と夫に打ち明けました。さらに「できれば土日も仕事をしたいから、家事と育児の負担を減らしたい」とお願いしたんです。
《画像:やまもとさんのブログ「育児日記」( https://rinpotage.blog.jp/archives/9471075.html )より》
「自分一人ではうまくいかないな」と思うとき、言葉にして周囲に伝えるのはやはり大事、と。
やまもと:そうですね。当たり前ですけど言わなきゃ伝わらない。本当なら限界を迎えてからではなくて「ちょっとしんどいかもなあ」くらいでちょこちょこ言っておくべきだったなと思います。
その後は子どもたちを保育園に預け、夫の家事や育児の分担量も増えたことで、余裕を持って育児と仕事に向き合えるようになりました。
それでもどうしても仕事が忙しい時期は「この1カ月は忙しくなるから、土日も仕事をする予定でいる」など、あらかじめ夫に伝えて協力を仰ぐようになりました。
みんなそれぞれ「積んでいるエンジン」が違うことを受け止める
現在は「うまくいかない」という気持ちに悩まされることは少なくなりましたか?
やまもと:以前は「こうありたい」という「理想の自分」を守ることに必死でしたが、「私は完璧ではない」ことを理解した今は、仕事も育児も「自分に合ったペース」を掴めていると思います。
特にここ最近は夫が単身赴任中なので、育児を優先しつつその時々の予定や体調に合わせて取引先と仕事量を調整しています。
パートナーだけでなく、仕事の関係者にも本音を伝えられるようになったのですね。
やまもと:無理をしてあとで迷惑をかけるよりも「今こういう状況なんです」とあらかじめ共有しておいた方が、相手にとってもいいだろうと考えたんです。
そうやって思い切って話してみたら「頑張ってください」「大変ですね」と寄り添ってくださる方が多くて。自分が思っていたよりも、世の中、優しい人がたくさんいるんだなと分かりました。
《画像:やまもとさんのInstagram( https://www.instagram.com/p/DEY5rwvTy1p/?img_index=3 )より》
「仕事を引き受けるべきか」迷うときはありませんか?
やまもと:明確な判断基準を決めているわけではありませんが、「子どもたちに優しく接することができているかどうか」は一つの指標にしています。
優しく接したいのに思わず冷たい態度をとってしまうのは、体調が悪かったり余裕がなかったりするサイン。そういうときは「今ちょっとスケジュールがいっぱいいっぱいなんです」とお断りするようにしています。
また、私の体調が悪いときは子どもたちに「今、具合が悪いんだ」と正直に伝えるようになりました。あらかじめ「ママ今、調子が悪いだけで怒っているわけじゃないからね」と伝えることで、子どもたちを不安にさせずに済むかなと思っています。
『べつに友達じゃないけど』ではさまざまな「うまくいかない」を抱えているキャラクターたちが他者と自分を比べて、うらやましがったり妬ましく思ったりする描写が丁寧に描かれています。程度の差はあれど、誰もが「理想」と「現実」の「うまくいかない」ギャップに苦しんでいることが伝わってくるシーンでした。
《画像:『べつに友達じゃないけど』より》
やまもと:私も昔よりは「現実の自分」を受け入れられるようになりましたが、今でもSNSで他の方の投稿を見て「すごいな、私もこうなりたいな」と思ったり「こんなふうになれないのは私がダメだからだ......」と思ったり、心が揺れることが完全になくなったわけではありません。
でも、育児も仕事も完璧にこなしている人と私は、そもそも積んでいるエンジンが違うのかなって。エンジンの性能は人それぞれなので、やりたくてもできないことがあることを、まずは受け止めることが大事だと思います。
その上で「本当にその人みたいになりたいの?」と自分自身に問いかけています。「本当になりたかったら、もうとっくに行動に移しているはずでしょ?」って。そうやって自問自答しているうちに、実は「今の自分」もそこそこ気に入っていることが分かって、気持ちが楽になってきます。
「今の自分もそこそこ気に入っている」。確かにそうですね。
やまもと:うまくできない自分も、愚痴ってしまう自分も、誰かに甘えてしまう自分も、全然カッコ悪くないし、そんな私を面白がってくれる人たちもいますから、これからも程よくガス抜きしながらやっていきたいです。
取材・文:佐藤有香編集:はてな編集部