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なぜあの人の「ことば」は心を揺さぶるのか? 言語学の視点から表現の秘密に迫る【「声」の言語学入門】

NHK出版デジタルマガジン

なぜあの人の「ことば」は心を揺さぶるのか? 言語学の視点から表現の秘密に迫る【「声」の言語学入門】

なぜあの人の「ことば」は心を揺さぶるのか? 言語学者の川原繁人さんは、俳優やアナウンサーなど声のプロフェッショナルたちの技術を分析し、その秘密に迫ります。
『「声」の言語学入門 私たちはいかに話し、歌うのか』より「はじめに」を公開。

川原繁人『「声」の言語学入門 私たちはいかに話し、歌うのか』

『「 声」の言語学入門 私たちはいかに話し、歌うのか』はじめに

 私は「言語学」という学問を二五年ほど研究している。「言語学」と言っても、その内容をひと言で説明するのはすごく難しい。言語にはさまざまな側面があるので、言語学の中に複数の下位分野があって、それぞれ「文の構造」「単語の構造」「意味」「会話の成り立ち方」などをテーマにしている。
 また、言語そのものだけを対象とした分析に留まらず、「言語と文化・社会との関係」「言語の歴史や変化」「子どもの言語発達」「言語教育法」を考察するなど、他の学問分野との接点も多い。言語の脳内基盤や数学的特徴を研究する人たちもいる。

 そんな中で、私個人は「人間がどのように音声を操って意味を表現しているのか、そして、その音声がどのように聞き手に伝わり、理解されるのか」ということに興味を持って研究を続けている。この分野を「音声学」と呼ぶ。
 ただし、私も言語学者を名乗るからには、言語学に関するどの話題にも最低限の興味と知識は持っているつもりだ。そもそも音声を分析するためには、言語の他の側面も考慮に入れる必要がある。というわけで、本書では、「音声学」を中心としながらも、「さまざまな言語学の面白いところ」を紹介していこうと思う。

 さて、本書の中心となる音声学だが、これ自体とても魅力に溢れる分野だ。音声学では人間が舌や唇などを操ってさまざまな声を発する仕組みを研究し、発声生理学─肺や声帯がどう動いているのか─なども研究対象とする。人間は、一般の方々が思っているよりもずっとずっと複雑な方法で、自らの体を操り、じつに多種多様な音声を紡ぎ出しているのだ。その仕組みは驚嘆すべき、素晴らしきものだと私は常々感じている。

 私は、これまでに多くの人々に音声学や言語学の魅力を伝えてきた。その経験上、これらの学問の基礎を知ることで、自分自身や人間そのものに対する理解が深まり、いままで見えてこなかった視野が開けると断言できる。自分の気持ちを声に乗せ、それが他者に伝わるという、日常では「当たり前」に起こっていることが、まったく当たり前でないことに気がつく。
 ただし、人間が声を発する仕組みは緻密であるがゆえに、逆にこの興奮に満ちた学問の入門への障害になってしまうことがある。このとっつきにくさを乗り越えるために、本書では「声のプロたちとの出会い」をひとつの切り口にして、できるだけ身近な話題を題材としながら、音声学の本質に迫ることにした。

 私のここ数年の人生を思い返してみると、人生の分岐点となった声のプロたちとの出会いが多くある。「あのとき、あの人に出会わなければ、いまの音声学者としての自分はいないであろう」と断言できる人たちがいる。この時点での過度なネタバレは控えるが、みなさんもご存じの俳優・歌人・ラッパー・歌手・アナウンサーの方々である。 そんな数々の出会いとご縁に感謝せずにはいられないし、その感謝を私なりに表現するのであれば、それは私が、彼女ら・彼らから学んだことを書籍という形に残すのが一番であるとも感じる。本書はそんな想いを込めて執筆した。
 雑談上等。私の人生を変えてくれた声のプロたちとのエピソードを交えながら、音声学の世界を思うがまま縦横無尽に走り回ってみた。しかし、無計画に走り回ったわけではなく、しっかりと音声学の根本的な問題や基礎的な知識は網羅するように心がけた。

 自画自賛ながら、私の試みはけっこう上手くいったと思う。まぁ、一般書の宿命として、ある程度の簡略化は避けられなかったし、説明や解釈の仕方に私の好みがいくらかは反映されていることも認めるべきだろう。
 ただし、本書を読めば、音声学という学問が何を目指しているかは伝わるだろうし、大学の音声学入門の授業で教わるような基礎事項も身につくはずだ。そして、何より「音声学を学ぶと人生が豊かになる」というメッセージが伝わると思う。

 基礎をできるだけ網羅するという目標に加え、本書全体を通して伝えたいことがある。それは私が言語学者として、親として、人間として、人生という苦悩に立ち向かいながら、声のプロたちとの交流を通して学んだ教訓でもある。
 「人間は、精密な仕組みを備えた身体を駆使して、言葉を操ることができる。そして、言葉を使って他者とのコミュニケーションを取ることができる。そのこと自体が――いや、そのことだけで――間違いなく尊い」
 本書によって、この輝かしいメッセージの具体的な意味がひとりでも多くの人に伝われば嬉しく思う。

 加えて、言語学というレンズを通してみると、さまざまな「声のプロ」たちがやっていることについて新たな風景が開けてくる。その意味で、ファンの方々には、本書は「ちょっとマニアックな彼女ら・彼らの副読本」としても楽しんでもらえるはずだ。

川原繁人

1980年、東京都生まれ。慶應義塾大学言語文化研究所教授。2002年、国際基督教大学卒業。2007年、マサチューセッツ大学にて博士号(言語学)取得。ジョージア大学助教授、ラトガース大学助教授を経て現職。主な著書に『日本語の秘密』(講談社現代新書)、『なぜ、おかしの名前はパピプペポが多いのか?』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『フリースタイル言語学』(大和書房)、『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む』(朝日出版社)、共著に『言語学的ラップの世界』(東京書籍)など。

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