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さよーならまたいつか! 『虎に翼』。何度も訪れたい朝ドラ聖地、昭和の千代田区を寅子と歩く【朝ドラ妄想散歩】

さんたつ

虎に翼

連続テレビ小説第110作、『虎に翼』は忘れられない朝ドラになった。日本で初めて女性として弁護士、判事を務めた三淵嘉子をモデルとした物語は、法律という視点からさまざまな問題をとらえた傑作だった。女性の権利や性別、国籍、地位などのあらゆる差別。そして、愛する人や家族との問題。昭和6年(1931)から始まる物語は当時の世相や時代を丁寧に描きながらも、戦前、戦中、戦後の日本における数々の課題を今に提示していた。寅子(演:伊藤沙莉)を介しこの半年間、僕らはたくさんのことを考えさせられ、いろいろな感情を持つことができた。ここでは、ヒロインの寅子とともに彼女の生きた時代を妄想散歩したい。

ともに口ずさむのはもちろんこの曲、米津玄師『さよーならまたいつか!』だ。NHK特番で『虎に翼×米津玄米師スペシャル』が放送された(2024年9月18日)ように、このドラマはこの爽やかで美しい主題歌に支えられた作品でもあった。

妄想散歩を始める前にまずは『虎に翼』のあらすじを振り返る。

昭和6年(1931)、女学生の猪爪寅子は両親から勧められた縁談が上手くいかず、やがて、猪爪家の書生である佐田優三(演:仲野太賀)に弁当を届けるために明律大学を訪れたことをきっかけに法律の道を志し、明律大学女子部法科へ進学する。華族の娘、桜川涼子(演:桜井ユキ)や、弁護士の妻で自身もある理由から弁護士を目指していた大庭梅子(演:平岩紙)。朝鮮からの留学生、崔香淑(さいこうしゅく=演:ハ・ヨンス)、そしてつらい過去の経験から弱い立場の人々の助けになりたい、という思いを持つ山田よね(演:土居志央梨)らと出会い、ともに弁護士を目指す。

その後、夫・優三の戦死など幾多の苦難を経た寅子は、家庭裁判所の設立をはじめ、判事としても活躍していく。そして新たなパートナー、星航一(演:岡田将生)らと家族になり、戦争孤児や原爆裁判など、戦後の諸問題に真っ向から向き合っていく。

御茶ノ水の風景が物語る、震災と戦争の「間(はざま)」の時代

昭和2年(1927)にできた聖橋からの風景。3路線(中央線・総武線・丸ノ内線)が交差する瞬間はなかなか撮影できない。

それでは寅子とドラマの舞台を歩いていこう。まず訪れるのは御茶ノ水だ。寅子が通った明律大学も、その前に通っていた女学校もこの街にあり、『虎に翼』では昭和初期の御茶ノ水の街並みが見事に再現されていた。この景色はドラマにも登場した聖橋(諸説あるが、ここでは『虎に翼』の橋を聖橋と考える)からの眺め。JR御茶ノ水駅には「聖橋口」という出口があるので、駅を出てすぐの場所にいきなり『虎に翼』の聖地があるわけだ。

聖橋はNHK『あさイチ』によね役の土井志央梨と小橋浩之役の名村辰が出演した際に御茶ノ水ロケで訪れた場所でもある。『あさイチ』でも解説していたが中央線、総武線、丸ノ内線の車両を一目で捉えられるという、鉄道好きのみならずよく知られたスポットだ。この橋は第一回から登場し、「御茶ノ水」を印象づけた舞台装置といえた。昭和2年(1927)、つまり第一回の時代の4年前に完成した橋で、大正12年(1923)に発生した関東大震災からの復興橋だった。その名前の所以となった建物も『虎に翼』に登場している。

聖橋の近くに立つ『ニコライ堂』(東京復活大聖堂)。

聖橋から歩いてすぐの場所にあるのが『ニコライ堂』。明治24年(1891)竣工のロシア正教の聖堂だ。聖橋の命名は一般公募で、『東京復活大聖堂』と橋の逆側にある『湯島聖堂』をつなぐ橋だったことからこの名がつけられた。聖橋も『ニコライ堂』も、昭和初期の御茶ノ水の雰囲気を今につないでいる。ちなみに『虎に翼』の橋のシーンのロケ地は八王子市の長池見附橋ということなので、八王子方面に出かける際は足を運んでみたい。

聖橋の上を歩いていると、御茶ノ水が実にモダンな街並みであることに気付く。ドラマでも大正の雰囲気が残り、どこか明るい空気にも満ちていた。

第一回では橋の上を歩きながら、若き日の寅子と女学校の同級生・花江(演:森田望智)が女性観について話すシーンがあった。女性の幸せ=結婚と決めつけられるのが嫌と語る寅子に対して、花江は結婚して良き妻、良き母になる道について話す。女性、さらには人の権利、あり方、生き方。通奏低音として『虎に翼』の中に脈々と流れていたテーマが、物語の冒頭でしっかり提示されているのが興味深い。

この場所から寅子の“地獄”がスタートするわけだが、昭和6年(1931)というと関東大震災と太平洋戦争のまさに間(はざま)。揺れ動く時代の小休止ともいえる期間だった。志が高く何事にも「はて?」と感じられる女性、寅子を育んだのは、まさにこの「間」の時代の空気感だったのかもしれない。

悲喜こもごもの舞台となった『竹もと』

一躍、朝ドラの聖地となった神田須田町。

続いて訪れるのは、神田須田町だ。『虎に翼』に登場した「竹もと」(後の「笹竹」)のモデルといえる甘味処『竹むら』がある街並みは昭和レトロな雰囲気が残っており、ドラマの世界観そのままの雰囲気だと話題となった。御茶ノ水からも程近く、明律大学の学生たちが集っていたのも納得だ。

朝ドラでは登場人物が集う「サロン」的な場所が必ずといっていいほど登場するが、「竹もと」はなかでも印象的な店だった。寅子たち女学生の憩いの場所であり、ときには先輩判事で「竹もと」の味にうるさい男、桂場等一郎(演:松山ケンイチ)と闘う場所でもあった。自然な形で多くのドラマが生まれ、寅子たちが喜怒哀楽を発露できるやさしい空間は、この作品の背骨のような存在だった。

寅子は過去の朝ドラヒロインのなかでもトップクラスに優等生キャラ。頭が良いだけでなく、自分の信念を曲げず頑固。そして、人に気を遣えるし、しっかり自分を省みることができる素敵な女性だった。『虎に翼』では、優三、航一、2人の男性と結婚したが、筆者は個人的にその間の期間の描き方にうっとりしてしまった。

戦死した優三に後ろめたさを感じながらも、確実に航一に惹かれていく寅子。ドラマを見ていた人は多くが優三ファンであり彼の戦死に涙していたから、寅子の気持ちもよくわかった。そして航一との時間が増えていくなかで、2人の大人の恋にもキュンキュンさせられた。『虎に翼』は重たいテーマ、難しい話を扱うドラマでもあったが、2つの恋愛、結婚を丹念に綴った恋愛ドラマの秀作ともいえるだろう。

「竹もと」では寅子の弟、直明(演:三山凌輝)のはからいもあって明律大学のかつての面々が集い、寅子と航一の結婚式が開かれた。人生において、あんなふうに仲間と集える場所があることはどんなに幸せだろうと『竹むら』の前に立ち思う。

人を裁くのではなく人に寄り添う姿を見せた、異色のドラマ

霞が関にある東京家庭裁判所。

続いて訪れるのは霞が関だ。同じ千代田区なのに、こちらはだいぶ趣が異なる。国会議事堂をはじめ、中枢機関が集まる官庁街だ。御茶ノ水や神田から見ると皇居を挟んで反対側で、寅子が勤めていた東京家庭裁判所もこのエリアにある。

『虎に翼』はいわゆるリーガルドラマ。法曹界をテーマにした作品だったが、従来のリーガルドラマと全く異なる作品だった。「家庭裁判所の母」と呼ばれた三淵嘉子がヒロインのモデルとあって、家庭裁判所の立ち上げから、戦後にぶつかる諸問題を丁寧に取り上げていた。寅子もドラマのなかで言っていたが「人に寄り添う」ことが彼女の務めだった。リーガルドラマというと事件を解決したり、隠された真相に迫るドラマのイメージが強いが、『虎に翼』はさまざまな事件を描きながらも、その当事者である“人”にフィーチャーしたドラマだったのだ。

今、寅子が日比谷公園からのこの景色を見たらどう思うだろう?

日比谷公園の大噴水。

家庭裁判所の目の前にある日比谷公園に入る。『虎に翼』でもよく日比谷公園の風景が映し出された。せっかくなので、大噴水のある場所まで歩いて行ってみよう。

日比谷公園は明治36年(1903)、日本初となる洋風公園として誕生した。つまり120年以上にわたり東京の街を見守り続けてきたのだ。国会議事堂が完成したのが昭和11年(1936)のことだから、日比谷公園がいかに歴史ある公園かがわかるだろう。『虎に翼』では戦後の日比谷公園の描写に衝撃を覚えた。瓦礫が散らばった公園は戦後、そして敗戦の象徴だった。

寅子は夫の優三だけでなく兄の直道(演:上川周作)も戦争で亡くしている。時代に翻弄されながらも悲しみから立ち上がった寅子。裁判所に向かうシーンでも日比谷公園が登場していたのは、ただの偶然ではないはずだ。日比谷公園の大噴水を眺めていると、寅子がいかに強くしなやかな女性だったのかということを改めて思い知る。

『虎に翼』から100年後の日比谷公園のベンチに座ってみる。

日比谷公園のベンチは、若き日の寅子が仲間たちと語らった場所でもある。ベンチに座り休んでいると、海外旅行客らしい小さな女の子たちがじゃれ合いながら目の前を駆けていった。遠くではカップルが噴水を前に記念撮影していて、その光景は平和そのものに見える。寅子たちはこの景色を見てどう感じるだろう。

『虎に翼』は100年近く前から始まる物語で、昭和の問題を浮き彫りにしてきたが、多くの課題は間違いなく今も続いている。そう、僕たちに投げかけるドラマだった。もっというと、現在感じる「はて?」を描いた作品だ。寅子たちが変えようとしたもの、守ろうとしたものは、結局どうなったのだろう。この社会は寅子のような人たちの尽力の積み重ねで良くなった部分はあるけど、まだまだ変わらなくて嫌になってしまうことも少なくない。

僕らも、寅子のように「はて?」と言っていかないとな、とそんなことを思いながら噴水越しの大都会を眺める。『虎に翼』はいろいろなことを考えさせてもらった。『トラつば』ロスはしばらく続きそうだ。トラちゃん、本当にありがとう。さよーならまたいつか!

取材・文=半澤則吉 撮影=半澤則吉、さんたつ編集部

半澤則吉
ライター
1983年福島県生まれ。ライター、朝ドラ批評家。町中華探検隊隊員。高校時代より音楽活動を続けており、40歳を迎えた今もライブハウス、野外フェスに足を向けることも多い。

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