アイアン・メイデン、最新ロンドン公演レポート。心に深く刻まれた結成50年目の奇蹟
以前、『昭和40年男』のハードロック、ヘヴィメタル特集に協力してもらい、伊藤政則先生の取材などで活躍していただいたライター山西裕美さんが、この度、アイアン・メイデンの最新ツアーのため渡英。「Run For Your Lives World Tour 2025/26」のロンドン公演をレポートしてもらいました。
イギリスでアイアン・メイデンを観る楽しさを知ってしまった
アイアン・メイデンの8年ぶりの日本公演「The Future Past Tour」の開催を直前に控えた2024年9月、新たなヨーロッパツアー「Run For Your Lives World Tour 2025/26」がアナウンスされた。25年5月27日ハンガリー・ブダペストから始まるバンド生誕50周年を記念するライブで、セットリストは1枚目から9枚目のスタジオアルバムからの楽曲で構成されるという。
来日公演中に発売開始されたチケットの25年6月28日ロンドン・スタジアム分を、筆者は迷わずブック。魅力的な内容に惹かれたのはもちろんだが、23年7月ロンドン・O2アリーナで行われた「The Future Past Tour」に参加し、そこでイギリスでアイアン・メイデンを観る」楽しさを知ってしまったからだ。
筆者がアイアン・メイデンを聴き始めたのは中学生の頃で、アルバムは『Powerslave』。その次にリリースされた2枚組ライブ・アルバム『Live After Death』(死霊復活 ※以下、カッコ内は邦題)を聴き、「アイアン・メイデンとはこんなにすごいライブをするのか」と心震えた。そのスピード感あるスリリングな展開、観客と作り上げるグルーヴ感は、のちに自分が考える「いいライブ」のひとつの指標となった。
月日の経つのは早いもので、あっという間に渡英の日がやってきた。公演日の前日にロンドンに到着。この日は会場近くに設置されたオフィシャルPOP-UPパブ「EDDIE’S DIVE BAR」で「Trooper Beer」を飲んで会場周りの雰囲気を確かめ、次に会場近くのスティーブ・ハリス(B)がアイアン・メイデンを結成した場所であるパブ「Cart & Horses」へ。スティーブ・ハリスの地元である、ここStratfordで開催するライブ前日ということでこの日は昼からパブは大盛況。初代メンバーであるトニー・ムーアのライブも行われていて当然のごとくメイデン・ファンであふれかえっていて、店内に入ることはできなかった。
そしてライブ当日。スタジアム内に入ってロンドン限定のTシャツなどのグッズを買いこんで、席へ。シート席をブックしたつもりだったのだが、チケットに表記されたエリアに行ってみるとスタンディングだったと判明。体力に不安を感じながらも、ここはひとつ臨場感あふれるライブを堪能しようと腹をくくった。夕方5時45分からスティーブ・ハリスの息子・ジョージ・ハリスがギタリストを務めるレイヴン・エイジのステージに。前回O2アリーナで観たときよりも当然のことだが存在感を増している。続いて、リジー・ヘイル(Vo/G)率いるアメリカのバンド、ヘイルストーム。
すでに11月にO2アリーナでの単独ライブが決まっているというだけあって、オーディエンスは熱狂しどの曲でも大歓声が上がっている。アイアン・メイデンへのリスペクトあふれる2つのバンドが会場の空気を十分に温めた後、8時15分のほぼ定刻にUFOの「Doctor Doctor」のSEが流れると、メロイック・サインとビールのカップを持つ手が一斉に上がり、大合唱が始まる。夜8時と言ってもここロンドンでは昼間の明るさで、まだまだ暑い。
デイヴのギターソロでは炎が上がり、客席は大合唱状態に
そして、スティーブが結成前から温めていたナンバーだと言う「The Ides Of March」(3月15日)が始まり、この地でアイアン・メイデンが生まれたことを知らしめるかのようにスクリーンにはロンドンの街並み、「Cart & Horses」やStratfordの映像が映し出される。マーチのリズムと映像が、「何かが始まる!」と気持ちを高ぶらせる。アルバム「Killers」の曲順通り「Wrathchild」になだれ込みたいところだが、ここは静かに始まる怪しげなギター・アルペジオにベース音が絡んでくる「Murders In The Rue Morgue」(モルグ街の殺人)。
スクリーンは『Killers』のアルバムジャケットに変わり、炎が上がる。黒を基調としたステージ衣装のメンバーが登場すると、客席に大きな歓声が巻き起こる。重たい前走から曲がテンポアップし、ボルテージが最高潮に。続くのは、ここで発売当時日本のみでシングル・リリースされた「Wrathchild」、そしてステージで演奏されるのは実に1999年以来という「Killers」へと続く。ハンマーを持ったアイアン・メイデンのアイコン、エディ・ザ・ヘッドが登場し、ヤニック・ガーズ(G)の頭を叩いたりしながらメンバーに絡んで盛り上げていく。
たて続けにアルバム『Killers』の世界観を体感した後にブルース・デッキンソン(Vo)が、「50年分やらなくてはいけないので、どんどんいくぞ」としばしMC。ツアーから引退したニコ・マクブレインに代わりこのツアーから参加した、ドラムスのサイモン・ドーソン(Dr)を「ドラムセットが小さくなって、ドラマーの顔が見えるようになった」とジョークを交えながら紹介する。
スクリーンはダークなオペラ座の映像に変わり、14年以来の演奏となる「Phantom Of The Opera」へ。ブルースは手を大きく振りながら常に客をあおり、ステージ狭しと動き回る。そしてMVが流れる中、新約聖書のナレーションが始まりライブ定番曲「Number Of The Beast」へ。低音から高音へと変わるメロディラインは、ライブで聴くとブルースだからこそ歌えるナンバーだ、と改めて気づく。
バックのスクリーンが水晶をもった「占い師」のエディに変わり、13年以来の演奏になるというスティーブ・ハリス作の「The Clairvoyant」(透視能力者)へ。10代のときにリアルタイムで聴いていて個人的にはいちばん楽しみだったのがこの曲で、エイドリアン・スミス(G)とデイヴ・マーレイが並んでギターを弾く姿に胸が熱くなる。ここまでスティーブ・ハリス作のナンバーが続いたが、スクリーンがスフィンクスのエディに代わり、ブルース作のロックオペラ的展開のナンバー「Powerslave」(パワースレイヴ〜死界の王、オシリスの謎〜)へ。神秘的に光る照明と炎が上がる中、ブルースがタンクトップ姿に古代エジプト風マスクを被って歌い、まるで演劇を見ているかのような気分にさせる。
シングルのジャケットにスクリーンが代わり、ブルースとエイドリアンの作となる世界終末時計をテーマにした反核ソング「2 Minutes To Midnaight」<悪夢の最終兵器(絶滅2分前)>に。ブルースはグレーの迷彩柄のベストとビーニーで登場。スクリーンにはサビを絶叫する観客が映し出される。しばしのブルースのMCに続く2009年以来の演奏となる、スティーブ作の約14分に及ぶ「Rime Of The Ancient Mariner」(暗黒の航海)ではスクリーンに迫力ある航海の映像が映し出される。
マントをまとったブルースがステージ中央の高い位置に移動したり、花火や噴煙が上がったり、他のメンバーも絶えずアクティブに動き回ったりと全く退屈させない。長尺な曲が終わると間髪入れずにドラムが響き、アイアン・メイデン初のシングルヒット曲となった81年の「Run To The Hills」(誇り高き戦い)へ。スクリーンはそのシングルのジャケットにチェンジ。デイヴのギター・ソロでは炎が上がり、クライマックスでは客席の大合唱に。やはりこの曲の盛り上がりはイギリスでもすごい。
スクリーンがアルバムジャケットに代わり、14年以来となるタイトル・ナンバーとなる大作「Seventh Son Of A Seventh Son」(第七の予言)に。SF作品からインスピレーションを受けたナンバーを、シックなコートを着込んだブルースが役者のようにパフォーマンスしながら歌い上げる。ここまでのセットリスト随所に散りばめられた大作が、アイアン・メイデンというバンドを体感する上に重要なのだと気づく。
本編ラストはバンドのアンセム「Iron Maiden」
そしてスクリーンがおなじみの旗を持ったTROOPERエディに代わり、ドラムのカウントからバンドの代表曲「The Trooper」(明日なき戦い)へ。ギター、ベースの4人が一列に並んで盛り上げるなか、旗を持った赤いジャケットのTROOPER姿のブルースが、そしてステージ前方には剣を持った巨大なエディTROOPERが行き交う。
スティーブがモニターに足をかけて客席を指差し曲が終了すると、時計は夜9時半頃。やっとあたりは暗くなってきた。そこにステージの照明が光り、狭い檻の中にはブルース、スクリーンにはギロチン。炎が上がり、印象的なギターのハモリや激しいリズム・チェンジ満載の大作「Hallowed Be Thy Name」(審判の日)が演奏される。そして本編ラストはバンドのアンセム「Iron Maiden」(鋼鉄の処女)。スポットがあたりギター・ソロを披露するデイヴとエイドリアン、ぐるぐると回転しながらギター弾くヤニックがラスト・ナンバーを盛り上げていく。
スクリーンから飛び出す巨大なエディ、スタジアムにこだまする大合唱、炎や煙がふんだんに上がり、大興奮の中曲が終了、メンバーが客席に手を掲げて次々に去っていく。最後にサイモンが残り、客席に手を振り本編が終了する。
一段と暗くなった会場に稲妻のような照明が光り、スクリーンには戦闘機の映像が映し出される。チャーチルのスピーチが響く中メンバーが現れ、「Aces High」(撃墜王の孤独)が始まる。スティーブはウェストハム・ユナイテッドのユニフォーム・デザインのTシャツ、ブルースはパイロットの扮装にスタンド・マイク。この1曲の間ですっかりと暗くなった場内に続いた9枚目のアルバムのタイトル曲「Fear Of The Dark」では、イントロを歌う大合唱が場内に響き渡る。
暗闇にシルクハットにコートの出立ちで登場したブルースが持つランプの灯りが遠くからでもよく見える。切々とした歌い出しから一気にテンポアップするエモーショナルなナンバーを、神秘的な映像が盛り上げる。約7分間その世界にのめり込んだ後にはスクリーンがアルバム「Somewhere In Time」の映像に代わり、大ラスの「Wasted Years」へ。未来的なスクリーンの画像が夜空に映え、スティーブ作のキャッチーなナンバーをカラフルに彩っていく。
英語圏の人間でなくても歌えるわかりやすい歌詞と、ポップで哀愁を帯びたメロディのこの曲は当然ながら大合唱になる。曲が終わった後、2012年の「ロンドン・オリンピック」の開会式と関連づけて「ジェームズ・ボンドみたいにまたここに戻ってくる」とブルースがMC。他のメンバーも客席に大きく手を振り、ステージを後にした。そしてアンコールでも最後までステージに残っていたのは、サイモンであった。
50周年記念で日本に来ない理由はないはず
心配だった脚の疲れを忘れすっかりライブにのめり込み、あっという間に終わった約2時間20分。ステージの音をかき消すほどの大声で歌い続けるオーディエンス、地面に散らばった飲み物のプラスティック・カップ、そろいのTシャツを着込み肩を組んで叫ぶティーンエイジャーの少年と40代くらいの父親。それらの多くは日本ではなかなか見ることのない光景だ。
日本ならばマナーが悪いとされるような行動でも、なぜかここでは気にならない。それはオーディエンスがアイアン・メイデンという存在を自国の誇りにし、ライブという空間を自分らしく自由に目一杯楽しんでいることが伝わってくるからだ。アイアン・メイデンは英国のバンドだ。開演前後を含むライブ全体を通して、それが感じられる空気を全身で浴びることができたことは、英国まで足を運んだ意義があったと思う。後日、ライブ前日に入れなかった「Cart &Horses」で「Trooper Beer」を飲み、マナー・パークにある墓地で、昨年他界したアイアン・メイデンの初代ボーカリスト、ポール・ディアノの墓に手を合わせ、今回の渡英で成し遂げたいことを終えた。
イギリスでのライブは心に深く刻まれた。でも、ルールを守りながらどの曲にも真剣に向き合う観客が多い日本でも、じっくりとこの公演を観たい。曲ごとに変わる豪華な映像美は日本でも再現可能だと思うし、デビュー当時から特別な思いでバンドを支えてきた日本に50周年記念で来られない理由はないはず。私は期待して待っていいと思っている。
山西裕美/株式会社ヒストリアル所属。ティーン誌の編集を経て、現在は女性誌、情報誌、WEBの音楽、映画、美容、旅行、企業取材等の編集・ライティングに携わる。好きな音楽ジャンルは、HR/HM、PUNK、プログレッシブロック、ブリティッシュロック、邦楽全般。