原宿でも「鳥展」? ― 太田記念美術館「没後80年 小原古邨 」
明治から大正にかけて活躍した花鳥画の絵師、小原古邨(おはらこそん:1877-1945)。その存在は長く忘れられていましたが、2019年に太田記念美術館で開催された回顧展をきっかけに再評価が進み、美術ファンの間でその名が広がりつつあります。
古邨の没後80年を記念し、木版画とは思えないほど繊細で、温かみにあふれた作品を紹介する展覧会が、現在、太田記念美術館で開催中です。2025年5月5日からは、全点展示替えを行った後期展がスタートしました。
太田記念美術館「没後80年 小原古邨 ― 鳥たちの楽園」会場
小原古邨は石川県出身。もともとは日本画を学んでいましたが、やがて木版画による花鳥画に転向。明治から昭和にかけて国内外で高い人気を誇り、特に海外市場向けに数多くの作品を発表しました。
今回の展覧会では、明治末から大正期にかけて松木平吉や秋山武右衛門らの版本から刊行された作品のうち、鳥を描いたものを中心に紹介されています。
小原小邨《柏に懸巢》個人蔵
《月に雁》は、着水直前の真雁(マガン)をとらえた一枚です。池や沼に舞い降りる雁は「落雁」とも呼ばれますが、大きく羽を広げて滑空する姿からは、まるで空からすとんと落ちてくるかのような印象を受けます。
小原古邨《月に雁》個人蔵
《雨中の五位鷺》では、しとしとと降る雨の中にたたずむ五位鷺(ゴイサギ)の姿が描かれています。雨粒の一部が白く浮かび上がって見えるのは、胡粉を用いて摺られているため。光の角度によっては、雨がきらりと輝いて見える繊細な効果も楽しめます。
小原古邨《雨中の五位鷺》個人蔵
鷲鳥(ガチョウ)は、野生の雁を家畜化した鳥。この作品では、丁寧に表現された羽毛の質感に注目。繊細な線描に加え、胡粉の白や陰影の濃淡が巧みに摺り分けられ、ふんわりとした柔らかさまで感じ取ることができます。
小原古邨《鵞鳥》個人蔵
こちらは鳥ではありませんが、《踊る狐》は小原古邨の作品の中でも特に人気のある一枚です。蓮の葉を頭にのせ、片脚を上げて踊る狐の姿はユーモラスで愛らしく、古邨には珍しい空想的な描写です。楽しげな仕草とは対照的に、真剣な眼差しも印象的です。
小原古邨《踊る狐》個人蔵
会場では、小原古邨に先立つ江戸・明治の花鳥画も紹介されています。北斎や広重らが手がけたこのジャンルは、時代とともに写実性を高め、古邨の作品にもその流れを見てとることができます。
喜多川歌麿の師で、妖怪画で知られる鳥山石燕による花鳥画は、繊細な筆致を楽しめる一冊です。
鳥山石燕《『鳥山彦』下巻 孔雀》安永3年(1774)太田記念美術館蔵
歌川広重といえば名所絵ですが、実は膨大な数の花鳥画も残しています。縦に長い短冊形の作品は現存数も多く、江戸の町民に広く愛されていたことがうかがえます。
《燕子花に小鷺》の鷺(サギ)は空摺で表現され、その白さがひときわ際立っています。左上には、田畑に降りた白鷺を雪にたとえた漢詩も添えられています。
歌川広重《燕子花に小鷺》天保3~6年(1832~35)太田記念美術館蔵
繊細な観察眼と洗練された摺りの技法が光る小原古邨の花鳥画。美しい鳥たちが生き生きと描かれた作品を通して、明治・大正期の木版画の魅力を再発見できる展覧会です。
美術館でバードウォッチングを楽しむように、心癒されるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
[ 取材・撮影・文:古川幹夫 / 2025年5月2日 ]