日本橋兜町の躍進が止まらない。大変革中の日本のウォール街
時代とともに活気が失われ、過疎化が進んだ金融街・兜町。しかし近年、街づくりプロジェクトによって、かつてのにぎわいが取り戻されつつある。その変化の裏側について、仕掛け人たちに話を伺った。
お話を伺ったのは……
左から、平和不動産 地域共創部 課長代理 佐藤未来さん、平和不動産 地域共創部 課長 伊勢谷俊光さん、『ease』シェフパティシエ 大山恵介さん、メディアサーフコミュニケーションズ 取締役 國崎泰司さん。
元金庫からコンテンツを創造『Keshiki(景色)』
メディアサーフコミュニケーションズが本拠地を構える複合施設。屋号は、外国語に翻訳できない日本独自の表現である「景色」に由来。1階には近隣から移転してきた『SR Coffee Roaster & Bar』、地下1階にはギャラリー兼多目的スペースの『AA』があり、人とコンテンツが空間の中で絡み合う、プラットフォームの役割を担っている。
兜町に女性客を呼び寄せる人気店『ease』
京橋の名店「イデミスギノ」や千駄ケ谷のフレンチ『シンシア』などで経験を積んだ大山さんがシェフパティシエを務める、カフェ併設のパティスリー。ショーケースには、常時十数種の生菓子が並ぶ。手みやげに最適なフィナンシェやクッキーなどの焼き菓子も。
ease(イーズ)
住所:東京都中央区日本橋兜町9-1/営業時間:11:00~18:00(イートインは17:00LO)/定休日:水/アクセス:地下鉄東西線・日比谷線茅場町駅から徒歩2分
「聖域」の中心にある変革の熱源『K5』
金融街としての歴史を持つ日本橋兜町に立つ、大正12年(1923)竣工の元銀行の建物をフルリノベーションして2020年に開業。「マイクロ・コンプレックス施設」を謳(うた)っており、ブティックホテル、居酒屋、カフェ、バー、ビアホールが併設されている。歴史と時間を重ねた重厚感のある建物は、どこを切り取っても感性が刺激される。
K5(ケーファイブ)
住所:東京都中央区日本橋兜町3-5/定休日:無/アクセス:地下鉄東西線・日比谷線茅場町駅から徒歩3分
兜町を盛り上げる食のランドマーク『teal』/『BANK』
『teal』
『BANK』
渋沢栄一邸宅跡地「日証館」の一部をリノベーションしたチョコレート&アイスクリームショップ『teal』と、銀行跡にベーカリー、ビストロ、カフェ・バー、インテリア、フラワーショップが集結する複合ショップ『BANK』も、同じく大山さんが監修した。いずれも兜町からライフスタイルを彩る、新たなランドマーク的存在だ。
街に新たな価値を創出していく
日本初の銀行『第一国立銀行』や東京証券取引所を擁(よう)する兜町。戦後から1980年代にかけて活気に満ちていたが、株券の電子化などにより拠点を移す証券会社が増え、徐々ににぎわいが失われていく。やがて「灰色の街」と評されるようになった。しかし近年、国内外から注目を集める高感度な物件が次から次へと開業し、彩りを取り戻そうとしている。
この街づくりプロジェクトを推進しているのが、証券取引所一帯の建物を保有・管理する『平和不動産』だ。
店舗や施設などの開発を担当した伊勢谷さんはこう語る。「我々は創業の地が兜町ですし、この街の個性を引き出しながら、街を盛り上げていきたいと思っていました。そう考えたときに、古い建物を壊して更地にして、そこに大きな建物を造ってテナントを入れるビジネスだけでは、解決にならないと思ったんです」
そうして社内で発足したのが「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」。古い建物を生かしながら、街に新たな価値を創出していく本プロジェクトは2014年頃からスタートし、『K5』の開業によって大きく進展することとなった。
まるで「聖域」のような街
2020年開業の小規模複合施設『K5』は、スウェーデン人のデザイナーが内装を手掛けたハイセンスなホテルと個性豊かな飲食店で構成される。
テナントキュレーションとブランディングを担当したのが『Keshiki』を本拠地とする、メディアサーフコミュニケーションズだ。「『Backpacker’s Japan』という会社からコンペに誘われ、二つ返事で参加させてもらったことが『K5』に携わるきっかけでした。幸いにもコンペに勝つことができ、開発が始まった頃にさまざまなテナントを『平和不動産』さんに提案したんです。と言っても、そのほとんどが友人や知人が手掛ける飲食店だったんですが(笑)」と、取締役の國崎さん。
それに対して伊勢谷さんは「提案していただいたのが、すごく魅力的なクリエイターやお店ばかりで。この面々を迎え入れられるんだったら『K5』だけでなく、ぜひ街づくりにも協力してほしい、とお願いしたんです」と、当時を振り返る。
そうして白羽の矢が立ったのが、新進気鋭のシェフを多数抱える食のインキュベーション企業「イートクリエーター」所属のパティシエ・大山さん。20年7月の『ease』を皮切りに『teal』『BANK』と1年ごとに新店をオープン。いずれも兜町の人の流れを変えた人気店に育っている。「メニューは異なりますが、店舗ごとにコンセプトは設けていません。共通しているのは、この素晴らしい建築を生かした総合的な食体験を高いレベルで提供をする、ということのみです」と、大山さん。
現在エリア内にはさまざまな飲食店が混在し、そのすべてが本プロジェクトの一環として創業された店ではないが、いい距離感を保っているように見える。「街全体で回遊できるのも、兜町の面白さのひとつかもしれませんね。不思議と同じ業態のお店でも競合している感じがしないんです。むしろ協業というか、みんなで街をつくっている感覚があります」と話すのは、國崎さん。
さらにこう続ける。「首都高を越えた向こう側では超大規模な再開発が進んでいて、東京はどこも同じような状況ですよね。その中で、大きく変化することなく、歴史を重ねながら街づくりが行われているこの兜町エリアを、どこか“聖域”のように感じてしまっているところがあります」。
最後に、今後の展望について尋ねると「飲食以外にも、新たな体験を提供できるようなスペースを準備しています。どうぞご期待ください」と、『平和不動産』の佐藤さん。ビジネスマンが行き交ったかつての「証券・金融の街」は、魅力的な「人」と「コト」によって、まだ見ぬ景色を更新し続けている。
取材・文=重竹伸之 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2025年6月号より