【京都観光ではたらく】~松井本館~
女将 松井節子さん(左)
フロント・客室 係長 中林純子さん(右)
デジタルツールの導入や休暇制度の拡充など時代に合わせて柔軟に変化。長く働き続けられる職場づくりを目指して
―女将 松井節子さん
京都市中心部、寺町や新京極、錦市場にもほど近い、にぎやかなエリアにある「松井本館」。創業91周年を迎え、「松井別館 花かんざし」と合わせて57室の客室を有しています。修学旅行生や国内のファミリー層、そして外国人観光客など、さまざまなお客様に京都の魅力を、そして日本の旅館の文化を伝えてきました。コロナ禍を経て、再び国内外から多くのお客様を迎えるようになった現在、どのように旅館を運営されているのか、女将であり社長として経営も担う松井節子さんにお話を伺いました。
旅館ならではのおもてなしで思い出づくりをサポート
[画像提供:松井本館]
松井本館の宿泊客のうち、約6割を占めているのが修学旅行生。長年、多くの生徒たちが思い出をつくってきました。
「今は、家に畳の部屋がないご家庭も多いですし、和室に布団を敷いて、みんなで寝るなんてことは、なかなかできなくなってきました。ですから、旅館での経験はとても貴重な思い出になると思っています。」
旅館の特徴の一つに、「部屋食」があります。レストランに宿泊客が出向くのではなく、スタッフが部屋に食事を運ぶ旅館独特のスタイルですが、 その分、人手も必要になると松井さんは話します。
「修学旅行生も、外国の方を含めた一般のお客様も、当館では部屋食が基本です。部屋食には、たくさんのスタッフを配置しなくてはなりませんが続けています。お客様は、旅館に宿泊することを、自分自身へのご褒美としてお越しになられることが多いと思うのです。ですから、お部屋で食事を楽しんで、ゆっくりと寛いでいただく、そんな旅館の文化を守っていきたいと思います。修学旅行で来られる生徒様は、普段、塾やお稽古ごとなど、とても忙しくされていますよね。友達の家に遊びに行って食事を頂くようなことは、以前に比べると少ないのかもしれません。旅行に来て、みんなで客室でお食事をすることは特別な思い出になると思います。それにご飯をよそう人がいたり、後片付けをする人がいたり。社会性や協調性を培う素晴らしい時間になると思います」
[画像提供:松井本館]
大人になってからでもよみがえる修学旅行でのワンシーン。そんな思い出づくりを支えるのが、旅館の仕事なのですね。
一人ひとりの役割を踏まえつつ、全員で喜ばれるおもてなしを
出迎え、ウェルカムドリンク、部屋の案内、料理の提供、そして布団敷き。このほかにも、宴会対応、売店での商品販売など、旅館の仕事は多岐にわたるそう。
「フロント、客室係、調理場、予約室、経理、営繕といった部署があり、両館で約55名のスタッフが働いています。限られた人数で旅館を切り盛りするには、一人ひとりが、自分の役割を考えて動くことが必要です。さらにそのうえで、『自分は〇〇担当だから〇〇だけ』という発想ではなく、業務を横断し、連携して取り組まなければ、お客様へのおもてなしはできません」
仕事はコミュニケーションと連携プレーが大切と松井さん。例えば、フロント係は宿泊客の情報を客室係に伝え、客室係は料理を出すときに説明ができるように料理の内容を事前に理解しておくといった具合で、仕事がつながっています。最近、この〝連携〟をよりスムーズにするべく、試験的に取り入れたのが、スマホでチャットや情報共有、女将からのお知らせができるデジタルツール。スタッフ全員で業務連絡に使用しているそうです。
「料理長が毎月の料理の調理法や素材などについて細かく説明をしてくれるのですが、これを動画にして、スタッフと共有しています。動画だと何度も確認できて何よりも分かりやすい。お料理をお出しするときにお伝えすると、お客様も喜んでくださいますし、さらに質問をしてくださることも。よりお食事の時間が豊かになると思います」
デジタルツールをうまく活用し、作業の円滑化に役立て、さらに喜ばれるおもてなしにつながっているようです。また、このデジタルツールにはスタッフ一人ずつの趣味や好み、顔写真が登録されていて、スタッフの意外な一面に触れる機会にも。業務で接点が少ないスタッフ同士で話すきっかけが生まれ、コミュニケーションが取りやすくなったと評判だそう。
10日間連続休暇も。旅の良さを知る人にこそ、働いてほしい
そして、松井さんは旅館で働く人には「旅好き」であってほしいとも。
「旅は心を浄化し、人を笑顔にしてくれます。そのことを働いているスタッフにも実感してほしい。『10日間連続休暇』の制度は、観光業に従事する人こそ、たくさん旅行をして、旅先で得た経験を旅館で活かしたり、リフレッシュしたりすることが仕事の活力や仕事へのいい影響をもたらすと思います」
また、新卒採用にも力を入れ、会社説明会を積極的に開催するなど、意欲的に取り組まれています。求職者の不安や疑問に寄り添いたいと松井さんは言います。
「旅館などの宿泊業界で働きたいけれど、不安だと思われる点に、朝が早く夜が遅いことがあると思います。たしかに一般企業と比べると、イレギュラーな時間帯ではありますが、考え方によってはメリットも多い。平日に休みを取りやすいので、例えば銀行や病院などにも行きやすいですし、朝早く出勤した日は、午後2時ごろに仕事が終わります。趣味を楽しんだり、家族との時間を持ったりしやすいと思います。ペースを掴んでしまえば、意外と働きやすいと思いますよ」
働きやすさとやりがい、オンとオフの充実が仕事のパフォーマンスを上げて、松井本館の心に残るおもてなしが生まれています。
産休、育休を経て職場復帰。子育てで得た気付きを活かしたい
―フロント・客室 係長 中林純子さん
「接客が大好き」と語る中林純子さんは入社9年目。現在は係長としてスタッフの指導やマネジメントに力を入れられています。この春に育休から復帰して、今後の活躍が期待されています。
出会いにあふれ、刺激的な毎日を過ごせる仕事
アルバイトで料亭の仲居をしていた学生時代、その店のオーナーが経営する旅館のフロント業務を手伝ったのが、中林さんと旅館の仕事との出合い。
ですが、それ以前から旅館には興味があったと話します。
「祖父母と一緒に家族旅行に行くと、ホテルよりも旅館に泊まることが多く、畳のある居心地の良い和室に惹かれて旅館が大好きになりました。実際に働いてみると、とても楽しく、やりがいも感じられて、旅館に就職したい!と思いました」。そこでアルバイト先のオーナーに相談したところ、就職先候補として紹介されたのが、松井本館だったそう。「訪れて感じたのは、設えなど空間のいたるところに女将の思いが詰まった、温かみのある雰囲気。ここで働きたいと就職試験を受けました」
中林さんが京都の旅館で働く利点としてあげてくれたのが、オフシーズンがないこと。宿泊業や観光業といえば、オフシーズンがあるイメージですが……?
「修学旅行のお客様が1年を通してお越しになるので、オフシーズンの期間があまりなく、ずっとオンシーズン。毎日さまざまなお客様にお会いでき、刺激的です。日々とても充実しています」
ところが、働きはじめた当初は想像していた旅館の仕事へのギャップも……。
「旅館といえば仲居さんのイメージが大きくて、着物を着て、料理をお出しし、部屋に布団を敷く。そんなお客様と関わる仕事を想像していました。でもそれだけではなくてお客様が来る前の準備がとても大事なのです。予約情報から家族構成を確認し、赤ちゃんが一緒ならおむつポットや赤ちゃん用のベッドを用意したり、ご年配の方ならテーブルと椅子の用意をしておこうなど、お客様が滞在されているときに心地よく過ごしていただけるよう、綿密な準備が必要です。その準備のすべてがお客様の喜びや笑顔につながっています」
事前の準備も含めて旅館の接客。そのことが分かり、一層やりがいが増したと中林さんは教えてくれました。
それぞれのペースに合わせた、働きやすい体制に安心
中林さんは、約1年前に産休に入り、育児休暇を終えて、職場復帰したばかり。松井本館では最大2年間の育児休暇を取得することができ、復職後も個々人のペースに合わせた、働きやすい環境が整っていると言います。
「制度が整っているので、安心して復帰することができました。産休前もたくさんのスタッフにサポートしてもらい、とても感謝しています。最初は時短勤務からスタートするのですが、ゆくゆくはフルタイムで働くつもりです。私が子育てをしながら、職場復帰や自己実現していく姿を通して、ほかのスタッフも制度を利用して働き続けたいと思ってもらえるように、頑張りたいと思います!」
妊娠、出産、子育ての経験は仕事にも活かせると確信。むしろそれが強みになると感じていると言います。
「旅館は、家族連れや赤ちゃん連れも多く、いろいろな宿泊プランを用意してきました。実際に自分が子育てするなかで、もっとこうだったらいいなと思うことについて、その経験を反映させて、当館の魅力を更にアップしたいと思います!」
松井さん―
お客様は彼女のこの笑顔の虜になってしまいます(笑)。お客様対応のことで、私からは何も言うことがないくらいすばらしいです。
中林さん―
旅館の仕事も接客も、本当に好きでやっているので、女将からそう言ってもらえるとうれしいです! 今は後輩指導を任せていただいているのですが、私の性格上、どうしてもフランクになりすぎてしまうところがあって…。もっと自覚を持たなければと思っています。
松井さん―
全く心配はしていませんが、指導や業務で迷うことがあれば、いつでも相談してくれたらと思います。遠慮せず、果敢に挑戦していってほしいです!
京都には国内だけではなく世界からたくさんのお客様が来られます。それだけの魅力があるまちです。その魅力の一つである旅館のおもてなしを、みんなで協力して提供していきましょう。
▼京都で働きたい人と観光事業者をつなぐメディア「京都観光はたらくNavi」
https://job.kyoto.travel/
記事を書いた人:株式会社文と編集の杜
京都で活動している編集・ライティング事務所。インタビュー、ガイドブック、書籍などジャンルを問わず、さまざまな「読みもの」に携わっている。近年は、ライティングに関するイベントの開催も。
https://bhnomori.com/