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こんな時代に、郊外に新築一戸建てを買うなんてどうかしてる

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こんな時代に、郊外に新築一戸建てを買うなんてどうかしてる

そうか。買っちゃったか。やっちゃったか。

契約書にサインしちゃったなら、もう仕方がないな。

べつに。がっかりしてないよ。だって、そんなことになるんじゃないかと思ってたもの。


「坂上くんったら、新築の家を買っちゃったのよ!あんなに反対したのに!」

と、怒りが収まらない様子でメッセージを送ってきたのは、以前バイトをしていたレストランのオーナーである。もう8年近く前になるが、坂上君と私はその店でのバイト仲間だ。


レストランはとっくに閉店しており、学生やフリーターだった当時の若いスタッフたちは、今ではみんな就職して、全国に散っている。

私は店が閉店すると、世代の違う彼らとはすっかり疎遠になってしまったが、オーナーはいまだに元スタッフたちと連絡を取り続け、まるで母親のように世話を焼いているのだ。


子供のいないオーナーにとって、可愛がっていた若いスタッフたちは擬似家族なのだろう。

だからこそ、うっとおしがられるのもお構いなしに、プライベートな問題にまでずけずけ踏み込んでいく。


坂上君は、元スタッフの中でもオーナーが特に気にかけている存在だ。見ていて危なっかしいせいだろう。

彼は中学から学校に通っておらず、学歴もなければ手に職もないまま、20代半ばまでフリーターをしていた。


そんな彼の将来をひときわ心配し、調理の専門学校に行くよう勧め、就職までの道筋をつけたのはオーナーだった。

ただし、学校に行き渋る彼を説得したのは私である。

だからこそ、オーナーは坂上君のこととなれば、いまだに私に連絡をしてくるのだ。私が言い含めれば、坂上君が素直に言うことを聞くと思っている。


けれど、上京して就職し、今では家庭を築いて子育て中の坂上くんは、すでに30歳をとうに過ぎた大人の男なのである。

マイホーム購入を思いとどまるように説得してくれと言われても、「そりゃ無理ゲーだろ」とは思っていた。


マイホームの購入は、誰にとっても大切なライフイベントだ。一人で決めることではないから、妻の意向も強く働いているに違いない。

二人目の子供を授かったのを機に、窮屈な賃貸を脱出して、広々としたマイホームで子育てがしたいと切実に願う若い夫婦の気持ちも分かる。


けれど、

「ぜぇっっっっっっったいに反対よ!反対!せっかく夫婦仲良く幸せに暮らしてきたのに、多額の住宅ローンなんて背負ったら、そのうちお金のことで揉めるようになって、夫婦仲に亀裂が入るわよ。いつか離婚の原因になるかもしれないじゃない!」


とわめくオーナーの心配も分かるのだ。

いや、分かると言うより、この件に関しては全面的にオーナーが正しいと思っている。


坂上君には悪いが、これほど先が読めない時代に、首都圏とはいえ郊外に新築一戸建てを買うなんてどうかしてる。

しかも、4,500万円の物件を、頭金なしでペアローン50年ときたもんだ。

これから先の人生で、自分に限って離婚も失業も縁がないとでも思っているのだろうか。若さゆえの傲慢と無知って恐ろしい。


日本はこれから猛スピードで社会全体が縮んでいくのである。それは確定している未来なのに、坂上くんのように都会に住んでいる人は、まだそのことにリアルな実感を持てていないように見える。

自分の生活圏にはまだ若者が多く、人口密度も高いからだろうか。目に入る景色に大きな異変が感じられず、ニュースに触れることもなければ、危機意識を持てないのも仕方がないのかもしれない。

だから親世代と同じように、結婚をして、子供を二人作り、30代になったら郊外にマイホームを持つという古い因習に従うのだろう。


このさき日本の人口は猛スピードで減っていく。それに合わせて住宅需要も減っていく。

住まいを求める若者が減る一方で、高齢者が亡くなり大量の空き家が発生するので、都心はともかく郊外の住宅は大量に余っていく。そして町は変容するのだ。


せっかく夢のマイホームを手に入れても、気づけば周りが空き家だらけになっているかもしれないし、外国からの移民で溢れているかもしれない。

住人が減り過ぎたエリアからはスーパーやコンビニが撤退を始め、買い物が不便になる。住民の高齢化が進めば、町内会も担い手不足におちいり、ゴミ集積所の維持ができなくなったり、街路灯も点かなくなったりするのだ。


現時点では生活に便利な地域でも、20年後にどうなっているかなんて分からないじゃないか。

坂上くんはまだ若いからこそ、身軽でいるにこしたことはない。資産はなるべく流動性が高い商品でストックするべきだ。なんて話をチラッと言ってみたけれど、


坂上くんは頑なに、こう言い張った。

「いや、でも、今は2LDKの賃貸に月10万円も払ってるんですよ。同じ10万円を払うのでも、賃貸では何も残らないので、お金を無駄にしてるじゃないですか」


う〜ん。分かるよ、分かる。家を買う人って、口をそろえてそう言うよね。

分かるけど、賃貸物件は家の使用価値にその都度お金を払ってるのであって、無駄にしてるのとは違うけどな。


結局のところ、この手の話は結論ありきなので、いくら説得しようと試みたって無駄なのだ。

マイホームが欲しい人というのは、矢も盾もたまらず、とにかく家が欲しいのだから。


「これから金利が上がるんだよ」

と言っても、

「だからこそ、まだ低金利の今のうちにローンを組まないと損だ」

と反論するし、

「これからはインフレも進むんだよ」

と言っても、

「だったら新築物件の価格も上がっていくから、急がなくては」

と余計に購入を焦る。


どう諭されようと、結局は「自分の選択は正しい」という考えを補強していくだけなのだ。

マイホーム信仰という言葉があるが、家族でもないのに宗旨変えさせるのは無理である。特に「新築一戸建てに住みたがっているのは妻」の場合はなおさらのこと。


「まあ、こりゃ無理だろうな」と思いながらも、いちおう言うだけのことは言ってみた。

それは「このままじゃ坂下くんが離婚するー!破産するー!」とうるさいオーナーに対して、「私にできることはしましたよ」と言い訳がしたかったからかもしれないし、「ひょっとして、私の言うことならちゃんと聞いてくれるかもしれない」という淡い期待と驕りがあったせいかもしれない。


けれど、やはり結論は変わらなかった。


「昨日、坂下くんは家の契約を済ませてしまったんだって」

「そうですか。どうしても新築の家に住みたかったのでしょうね。もう放っておくしかないですよ」


「手付金はこれから払うそうだけど、頭金はほぼゼロなのよ。若すぎて分からないんやね...」

「仕方ないですね。私は『せめて頭金なしでローンを組むことだけはやめろ』と忠告しましたよ。それでもそうしたのだから、たとえ後で地獄を見ようとも、もう本人が責任を取るしかないでしょう」


「わざわざ家庭不和になる種を作って...」

「考えようによっては、住宅ローンを背負ったことで、坂下くんもこれから仕事に身を入れるかもしれません」


「金利を含めた支払い総額がいくらになるのかも分かってないみたい」

「私たちにできることは、もう何もありませんよ」


「二人目が生まれるのに...」

「おめでたいです。新居を構える地域が、子育て支援の手厚いところだといいですね」


「首都圏と言っても、郊外なのよ」

「今さら何を言ったところで手遅れでしょう。例えこの先ローンの支払いに困ったところで、お金のことは助けてあげられません。頑張って働きなさいよって、発破かけていくしかないです」


若い時っていうのは、こういうものなのだ。年長者の忠告が正しかったと分かるのは、どうしようもなくなった後である。

私もそうだが、凡人は自らの経験からしか学べないのだから。


そういえば、以前にも似たようなことがあった。クズのロイヤルストレートフラッシュみたいなオッサンに若いスタッフの女の子が妊娠させられて、オーナーと一緒になって別れるよう強く勧めたのに、結局そいつと結婚してしまった。


案の定、その結婚生活は私たちが予想した通りの展開となり、彼女は貧しい暮らしと夫のDVに耐えかねて、5年と経たないうちに家を出た。

そして離婚と親権争いは訴訟にもつれ、憔悴した彼女はついに精神を病み、仕事も失い、最後は実家に引き取られたという。


坂下くんの人生も「あぁ、やっぱりね」とならないことを祈っている。

***


【著者プロフィール】

マダムユキ

最高月間PV40万のブログ「Flat 9 〜マダムユキの部屋」管理人。

Twitter:@flat9_yuki

Photo by :Anthony Tran

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