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役目を終えたホームは残りトンネルは遊歩道とワインカーヴとなった。【山梨県甲州市の大日影トンネル前編】

さんたつ

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JR中央本線甲斐大和〜勝沼ぶどう郷駅間には、開業時からのトンネルが線路付け替えによって役目を終え、ワインカーヴとなった深沢トンネルとトンネル遊歩道となった大日影(おおひかげ)トンネルが遺されています。そして勝沼ぶどう郷駅はスイッチバック構造をいまに残し、旧ホームなどが残されています。前半はスイッチバック遺構を観察しながら、大日影トンネルの入り口まで行きましょう。

線路付け替えによって遺棄されたトンネルが活用される

中央本線の線路は東京から西進してきて、小仏(こぼとけ)と笹子(ささご)の峠を越えて甲府盆地へ入ります。登り勾配の線路は笹子峠の笹子トンネルで頂点となり、甲府盆地まで下り勾配です。その途中でいくつかのトンネルを潜り、ブドウとワインの産地として知られる勝沼の最寄駅、勝沼ぶどう郷駅(旧駅名、勝沼)を通ります。

現在の勝沼ぶどう郷駅。1993年に勝沼駅から改称された。駅前はブドウ畑が広がる。
勝沼ぶどう郷駅に残るスイッチバック部分。レンガ積みのアーチは菱山道路隧道(ずいどう)で、駅の整備と共に造られた。

この駅は中央本線が開業した明治36年(1903)当時まだ存在しておらず、ブドウとワインの産地ながら鉄道輸送の恩恵に恵まれませんでした。そこで地域住民の請願によって勝沼駅が大正2年(1913)に開業し、馬に頼っていたブドウとワイン輸送が飛躍的に改善されました。

線路は下り勾配の連続です。駅はスイッチバック構造となり、ホームは本線脇のスイッチバック線路に設置されました。やがて1968年の複線化によりスイッチバック構造は廃止し、ホームも本線上に移設されました。

1962年撮影の空中写真から。勝沼駅はスイッチバック構造で、ちょうど貨物列車が本線から転線しているのが分かる。「国土変遷アーカイブ空中写真1962(昭和37)/5/14撮影、整理番号:MCB6210X、コース写真番号:C9,21、撮影地域:甲府、撮影計画期間:国土地理院」から、勝沼駅付近を抜粋加工。

一つ手前の甲斐大和駅(旧駅名、初鹿野<はじかの>)との間は、上り線がほぼ直線で山を貫いているのに対し、下り線が明治時代の開業時からの線路を使い、山肌を縫う線形でした。

下り線には開業時から使用されてきたレンガ積みのトンネル群がありましたが、線路改良が行われて新トンネルが掘られ、1997年に線路が付け替えられました。

手前の大日影トンネルからワインカーヴとなっている深沢トンネルを望む。詳細は次号!

旧下り線のトンネル群のうち、深沢トンネルは温度と湿度が最適のため、ワインカーヴとして活用されました。続く大日影トンネルは、全長が約1.3kmもありますがまっすぐな直線トンネルで、徒歩で散策できるトンネル遊歩道として復活しました。今や有名な廃線跡散策スポットとなっています。漏水が見つかってからは長らく閉鎖されてしまいましたが、漏水対策工事が完了した2024年3月に再オープンし、トンネル内部は漏水対策として天井部に補強が施されています。

今回、トンネル遊歩道が再開したとの報を受けて10数年ぶりに訪ねました。

スイッチバック構造だった旧ホームを観察する

勝沼ぶどう郷駅は、定期列車だと普通列車と特急かいじが停車します。車利用の場合は駅の裏手に大きな駐車場があるので、そこに停めるといいでしょう。

もしワインが好きならば、勝沼にはワイナリーが点在します。散策後にタクシーで巡りながら(徒歩だと少々きつい)おいしいワインを楽しめるので、あえて電車でくるのも良いですね。

駅前は甲府盆地が一望できる。

やや近代的な駅舎を出ると駅前は甲府盆地の眺望です。素晴らしい景色に見惚れますが、この駅舎は旧ホームの跡地に建てられました。スイッチバック時代、本線の甲府側で線路の分岐地点があって、山側(東側)に引き上げ線、盆地側(西側)に駅舎とホームの線路が分かれている構造だったのです。本線はそのまま通過できるタイプで、篠ノ井線姨捨駅と構造は同じでした。

現駅舎の近く、旧ホームのあった場所にはレンガ積みの擁壁が顔をのぞかせていた。
旧ホームには桜が植樹されており、春となれば美しい光景が待っている。
旧ホーム端の甲府側は残されている。特急あずさ号の走っている先で本線と合流していた。旧ホームは道路造成のため、途中で取り壊されている。

山側の引き上げ線の痕跡は既に分からないものの、旧ホームの一部と敷地は保存され、桜並木となっています。春となれば満開の桜が旧ホームに咲き乱れ、淡い桜色に染まります。

旧ホームは現駅舎付近まであった様子で、構内線路の行き止まり地点まで行ってみようと歩みを進めると、『駅前甚六公園』に電気機関車EF64 18号機が静態保存されています。

駅前甚六公園に静態保存されているEF64 18号機。この公園の広場も旧駅のホームがあった。

公園敷地は本線に沿って若干カーブしています。公園敷地は旧構内線路の名残りで、本線はEF64機関車の背丈よりも高い築堤上にあって、スイッチバック時代は高低差がかなりあったのだなと気付かされます。木々が茂る場所まで来ると、前方が崖となって、敷地がプツッと途切れています。

公園の敷地を進むとカーブしてだんだんと幅が細くなっていく。スイッチバック時代は線路が集束して単線になっていたのだろう。
振り返ると大久保沢の谷間があって、本線はレンガ積みのカルバートとなり、スイッチバック線路の終端は橋台が残っていた。その先は垂直の崖で、線路の終端部があった。
上から終端の橋台部分を見る。単線幅で橋梁が架けられていた。橋台の材質はコンクリートである。

ここが線路の終端部で、崖には橋台と、左手に本線の築堤を穿つレンガ製のカルバートが見えました。築堤が大久保沢と交差する際に造られたもので、河川隧道とも言います。

橋台の先はすぐ崖なので、橋梁は架けられましたがすぐ車止めがある終端だったと分かります。

実際にここまで列車が来ることはあったのでしょうか。ワインなど輸送する貨車の入れ換えで、機関車が停止することはあったかもしれません。

先ほどの航空写真に加筆した。山側の引上げ線はもう痕跡がないが、航空写真からこのようだったと分かる。「国土変遷アーカイブ空中写真1962(昭和37)/5/14撮影、整理番号:MCB6210X、コース写真番号:C9,21、撮影地域:甲府、撮影計画期間:国土地理院」から、勝沼駅付近を抜粋加工。

大日影トンネルのレンガ積みの坑門とご対面

構内線路の終端部をしばし観察したのち、傍らの歩道階段を登っていよいよメインの大日影トンネルへ向かいます。本線の線路が近づいてきて、目の前にレンガと石積みの坑門(ポータル)が現れました。大日影トンネルです。

大久保沢の脇道を登っていくと、前方にレンガのトンネルが……。
新大日影トンネルの右隣に大日影トンネルの威容が望めた。しっかりとレールも残っており、ちゃんと営業時間の注意書きも記されている。

左隣は下り線の新大日影トンネル。時間をチェックして待っていると、線路端の雑草がサワサワ揺らいで風がなびき、新大日影トンネルから特急あずさがヒューっと飛び出てきました。その隣にある大日影トンネルはシンっとしています。

こちらも27年前(1993年)までは特急あずさが闇の中を疾走して現れていました。説明板には、トンネル内のレールは廃止時のままだとのことで、たしかに太いレールがそのまま残っています。

疾風の如くE353系特急あずさ号が新大日影トンネルから現れた。隣の大日影トンネルは静まり返り、静と動、現役と旧トンネルの対比が見られる。
メモリアルとなっているレールは直線だが、現役時代は右へカーブしていた。

そう、大日影トンネルは遊歩道になっても線路が残されたままなのです。

撤去されているのは架線柱と架線くらいです。レールには刻印がうっすらと浮かび、「50N」、「1965」など読み取れました。50kgNレールで、N=Newの意味です。

この太くて重いレールは、普段私たちが利用する鉄道路線によく使われ、枕木もコンクリート製です。私は細いレールの廃線跡に見慣れていて、重厚感溢れる本線の遺構にちょっと身構えてしまいました。

レールはトンネルの出口から数十メートルほど残されている。このレールは深沢トンネルにあったものだとのこと。
ここから大日影トンネル遊歩道の探索が始まる。左手には生い立ちや勝沼駅についての案内看板が立っており、予備知識がなくとも歴史を知ることができる。

「大日影トンネル1367.8M」、「徒歩約28分」。坑門の傍らには保線員向けの注意看板が残されたままでした。坑門をのぞくと出口の明かりが見え、すぐ出られそうな錯覚を覚えますが、これは直線だから。片道30分もかかるのです。しかも夕方は16時に閉門するので、時間には余裕を持って訪れましょう。

続きは長くなったので、次回にレポします。

取材・文・撮影=吉永陽一

吉永陽一
写真家・フォトグラファー
鉄道の空撮「空鉄(そらてつ)」を日々発表しているが、実は学生時代から廃墟や廃線跡などの「廃もの」を愛し、廃墟が最大級の人生の癒やしである。廃鉱の大判写真を寝床の傍らに飾り、廃墟で寝起きする疑似体験を20数年間行なっている。部屋に荷物が多すぎ、だんだんと部屋が廃墟になりつつあり、居心地が良い。

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