「時」刻む看板 1字だけ残る「時」 伊賀
かつて多くの店が軒を連ねていた三重県伊賀市上野愛宕町の中之立町通りに、奇妙な看板がある。掲げられているのは、たった1文字―「時」。6月10日は時の記念日。
「チクタクチクタク……」。店の引き戸を開けると、心地の良い秒針の音が聞こえてきた。壁一面に並ぶ時計が、静かに、確かに、時を刻む。
この店は80年以上の歴史を持つ時計店。外の看板にはかつて「〇〇時計店」と掲げられていたが、風雨にさらされ、5つの木製の切り文字は1つ、また1つと落ちていった。最後まで残ったのが、「時」だった。塗装が剥がれ、木の地肌が露わになっても、その1文字だけは耐えている。
店主の70代男性は半世紀以上、「時を直す」ことを生業にしてきた。「戦後は時計が宝物だった。年末が近づくと修理待ちの掛け時計がここに高々と積み上がったよ」と、遠い目で振り返る。
子どもはいるが、自分の人生を大切にしてほしいと、後継者にはしなかった。「時」だけになった看板については「もう、直すことはないね」とつぶやく。
残された1文字が、行き交う人々に問いかける。「あなたは今、どんな時を生きていますか」