POTCOOK(ポットクック)~ 冷たい焼き芋、開業相談。焼き芋ブームを仕掛けた専門店の戦略
福山市駅家町にあるPOTCOOK(ポットクック)は、ねっとりと甘い焼き芋やお芋スイーツで人気の焼き芋専門店です。そして、全国の焼き芋屋さんに焼き芋の焼き方からスイーツ開発、経営方法までを教えている、焼き芋業界の総本山のような存在という、もうひとつの顔があります。
ポットクック代表の釜崎栄治(かまさき えいじ)さんに、焼き芋と歩んできた軌跡を聞きました。
POTCOOK加茂店は2024年9月に閉店しましたが、2024年12月から駅家店(福山市駅家町万能倉989-15)に移転オープンしています。
焼き芋専門店ポットクック
蜜がたっぷりの焼き芋や、焼き芋を使ったやさしいスイーツで人気のお店が、ポットクック駅家店です。
ポットクックの焼き芋を一度食べると、また食べたくなってしまいます。皮にまで染み出すほど蜜がたっぷりで、甘くねっとりとしているのです。
甘さの秘密のひとつは、収穫後のサツマイモを60日以上熟成させ、糖度を高めること。
その芋を遠赤外線で90分間じっくりと焼くとデンプンが糖に変わり、甘い焼き芋になります。
ポットクックの焼き芋は、離乳食にもぴったりです。
寒い冬に熱々ホクホクの焼き芋は大人気ですが、夏にはあまり売れません。
そこで、ポットクック代表の釜崎さんは夏向けの新しい食べ方を提案しました。冷たい焼き芋、「冷やし焼き芋」です。
焼き芋には糖分が多く含まれているため、冷凍してもカチカチに凍ることがなく、やわらかさを保っています。冷やし焼き芋はアイスクリーム代わりとしてもオススメの、ヘルシーな夏のおやつです。
「『冷やしたての焼き芋ですよ~!冷やし焼き芋はいかがですか~!』とお客さんに声をかけたんですよ。焼きたては聞いたことがあっても、冷やしたてってなんだ?と、お客さんが足を止めるんです。暑い日には冷たい焼き芋が、うまいんですよ」
焼き芋だけではなく、お芋スイーツも充実しています。子どもたちにも安心して食べさせられる自然のスイーツが、ポットクックの特徴です。
添加物を使っていないため、日持ちはしません。それでも、やさしい味のスイーツを求めて多くの人が訪れます。
開店当時からの定番商品であるスイートポテトは、小麦や卵アレルギーの人にも食べてもらえるよう、グルテンフリーで卵不使用です。
干し芋やお芋のプリンなど、毎月新しいお芋のスイーツが登場します。
2025年3月の新商品は、あんこの中に芋とゴマが入った芋まんです。釜崎さんは、鮮やかな手つきであんを包んでいきました。
しばらく生地を発酵させたあと、ふんわりと蒸し上げます。
できたてホカホカの芋まんをいただきました。
生地はふわっふわ、あんもさっぱりとしておいしい!小さめサイズなので、子どものおやつにもぴったりだと感じました。
3月末からは、野菜をたくさん使った小さめサイズの豚まんも登場しています。
「お芋のかき氷」も人気の商品です。お芋のシロップやお芋クリームのほか、ふわふわの生クリームやあんこも加わって、1杯でお腹も心も大満足でした。
ポットクックのキャラクターは、よだれかけをして手には離乳食用のスプーンを持っている、赤ちゃんのクマです。子どもたちにも安心して食べさせられる品質を表現しています。
このキャラクターをはじめ、包装紙や店内のポスターなども、釜崎さん自身がデザインしています。
ポットクックのビジネス展開
ポットクックでは、焼き芋を焼くための鉄製のかまども製作、販売しています。
このかまどは上下に分かれるようになっていて、誰にでも運びやすい構造です。お芋の焼けるようすが観察できる小窓や、温かみのある黄色いボディのかわいらしさから、イベント会場でも注目を集めます。
かまどの販売だけではありません。
焼き芋屋を始めようとする人向けに、オンラインで焼き芋の焼き方やスイーツ作りなどの講座を開き、開業相談もおこなっています。ポットクックの店舗で、研修することもあります。
それまでリヤカーで移動販売するのが当たり前だった焼き芋を、オシャレな店舗で売れるものに変え、全国に焼き芋ブームを仕掛けた人が、釜崎栄治さんです。
ポットクックには全国の焼き芋屋さんが、研究のために焼き芋やスイーツを買いに訪れます。
一体なぜポットクックは、全国の焼き芋屋さんに注目される存在となったのでしょうか。
きっかけは1本のつぼ焼き芋
大阪で生まれ育ち、食品メーカーに勤めていた釜崎さんと焼き芋の出会いは、お客さんのところで食べた1本のつぼ焼き芋でした。
昭和のはじめ頃までは、全国の駄菓子屋の店先で、つぼで焼いた芋を売る光景が見られたそうです。
専用のつぼの中に入れたワイヤーに芋を置き、炭火とつぼからの遠赤外線でじっくりと蒸し焼きにする「つぼ焼き」は、芋の水分を保ったまま甘みを存分に引き出す焼き方でした。
「焼き芋が特別好き、というわけではなかったんだけどね。お客さんにもらったつぼ焼き芋を食べたときに、これは売れると感じたんです。試しに周りの人たちに聞いてみたら、みんなが焼き芋なんか売れないからやめろっていう。それは逆にいうと、誰も目をつけていないビジネスチャンスだということです。だから、定年後に焼き芋をやろうと決めました」
しかし、当時つぼ焼き芋を扱っていたのは全国でもわずか5軒ほど。釜崎さんがどれほどたずね歩いても、つぼも、つぼを作っている窯元も、ありませんでした。
「つぼがないのなら作ってもらうしかないと、焼き芋用のつぼを作れる職人を探しました。1年くらいかかってようやく見つけたのが、愛知県常滑市の職人さんです。ひも状にした粘土を積み上げては密着させることを繰り返してつぼの形を作り、1,200度で1週間焼き上げます。そして、また1週間かけてゆっくり温度を下げてから取り出します。こうして出来上がったつぼで、焼き芋を作れるようになりました」
つぼ焼き芋の魅力を伝えるため、またお客さんの反応を確かめるために、釜崎さんは大阪府吹田市につぼ焼き芋専門店「POTCOOK」を開きます。2015年のことでした。
「それまでの焼き芋のイメージを変えるために、カフェのような、真っ白な壁のオシャレな店にしたんですよ。焼き芋だけでなく、スイートポテトも出しました。ずっと食品メーカーに勤めていたから、砂糖の知識があったし、マーケティングの方法もわかっていたんです。
なんだか変わった焼き芋屋があるぞと大阪のテレビや雑誌にも取り上げられて、お客さんが行列を作るようになりました。
つぼ焼き芋に注目が集まるようになると、つぼに注目する人も増えてきます。僕が1人で焼き芋を売ってもブームは作れませんが、あちこちで売ればブームができて、さらに焼き芋が売れるようになる。
だからつぼを作って売って、つぼ焼き芋の焼き方も教えたんです」
つぼは400個ほど売れました。釜崎さんの下で研修を受けた人たちの店が銀座や名古屋などの都市圏で人気となり、全国でつぼ焼き芋のブームが起きたのです。
もうひとつ、焼き芋ブームの要因となったのは、新しいサツマイモ品種の誕生です。
2010年に品種登録された「べにはるか」は、甘みが強く、焼き芋にすると非常においしい品種でした。
「僕がつぼ焼き芋を始める少し前に、べにはるかが生まれたんですね。べにはるかを使うと、従来の品種よりもねっとりとして糖度の高い、おいしい焼き芋ができました」
べにはるかは登録以来、作付面積のシェアを毎年拡大しています。
その他、2012年に誕生した「シルクスイート」や、2013年から種子島以外でも作れるようになった「安納芋」など、焼き芋向けの品種の生産量が増えていきました。つぼとサツマイモの新品種誕生のタイミングが、ぴったりと合っていたのです。
釜崎さんのこだわりは、品種だけではありません。釜崎さんが仕入れるサツマイモは、熊本県西原村や鹿児島県種子島の特定の農家が作ったものだけです。
「畑が違うと、味がまったく違うんです。実際に畑を訪れて、この人がこの土で作るこの芋だ、と惚れ込んだものだけを直接仕入れています」
こうして吹田市を拠点に全国につぼ焼き芋を広めていった釜崎さん。
しかし、順風満帆に見えた2018年4月、吹田の店を閉めて福山へと移ります。
福山への移住とかまどの開発
「大阪生まれ大阪育ちだから、福山って何県?って感じでしたし、新幹線が停まることも知りませんでした」
福山に移住を決めたのは、娘さんの嫁ぎ先が福山だったからでした。
「2018年に孫が生まれたんです。かわいくてね。娘の手助けをするために、夫婦で福山に移住することにしました。大阪のように刺激が多いわけではないけれど、駅の側にお城があるし、海も山もあるし、いいところですね」
2018年10月、福山市駅家町につぼ焼き芋専門店ポットクックがオープンしました。
「駅家の店も外観にこだわったので、最初は美容院かなにかだと思われたみたいです。全国で起きていた焼き芋ブームはまだ福山には届いていませんでしたが、しだいに皆さんに知ってもらえるようになりました」
大阪のお店と同じように、焼き芋やお芋スイーツを求めて、お客が列を作るようになったのです。
移住して3年目の2021年、新たに開発したのが鉄製の「かまど」でした。
「つぼは移動させるのが大変だったんですよね。誰でも簡単に持ち運べて、キッチンカーなんかでイベントにも気軽に持っていけるようなものができないだろうか、と考えていたんです。
福山は鉄のまちで、いい鉄工所があります。
鉄工所に相談しながら作ったのが、このかまどです。持ちやすいように持ち手を太くしたり、上下に分かれるようにしたり、中が見えるようにしたりと、つぼの欠点を克服しました」
このかまどでも、つぼと同じように遠赤外線で90分かけてじっくりお芋を焼きます。味を変えずに、より使いやすい焼き芋専用のかまどができたのです。
2024年の取材時、ポットクックの焼き芋はすべてかまど焼き。一度に焼けるのは17本で、1日におよそ70本を焼きます。
「かまどは、今までに200台くらい売れました。けれども最近は焼き芋だけでは売れなくなってきているので、スイーツ開発が必要なんですね。自然なお芋の味を壊さないよう、プリンやチーズケーキの生地などにもしっかりとお芋を使って、砂糖を控えめにしたシンプルな味になるよう工夫しています。
お芋が売れない夏場のために、かき氷の作り方の研修もしています。こういうのをすべて、かまどを買った人に教えるんです」
知名度の上昇とともに、地元でのイベント出店に声がかかることも増えました。福山ばら祭りや福山駅前マルシェなどのイベントに出向いて、焼き芋と焼き芋スイーツのおいしさを伝えています。
店舗の移転
駅家店が手狭になったため、2022年11月、ポットクックは加茂店に移転しました。
駅家店で焼き芋やスイーツを作り、加茂店へ運んで販売する、2拠点での営業でした。
しかし、釜崎さんの体に病気が見つかったため、2024年9月に加茂店を閉めます。
入院や手術を経て元気を取り戻した釜崎さんは、2024年12月、駅家店での営業を再開しました。
店内のバイクを指して、釜崎さんはニヤリと笑います。
「ずっと家族に反対されてたんだけどね。病気をして、もういつ何が起きるかわからんから最後にバイクに乗らせてくれって言って、やっと買ってもらえたんですよ」
もうひとつ、入口のすぐ脇に気になるものがありました。ユーモラスな表情のロボットのようにも見えます。
これは一体何ですかと尋ねると「この店オリジナルの焼き芋の道具。ロケットみたいでしょ。これで焼くから『ロケット焼き芋』って名前にしたの」との答えが返ってきました。
ロケット焼き芋!一度見たら忘れられないインパクトです。
営業再開にあたっては、ちょっとしたアクシデントもありました。
「駅家に移ったら、お客さんが極端に少なくなったんです。体調が完全に戻ったわけじゃないし、リハビリ期間としてはちょうどよかったんだけど。
来てくれるのは、もともとここで営業していたときからのお客さんや、Instagram経由の人だけ。
おかしいなあと思っていたら、人から『ポットクックさんはやってないんですよね』『店、やってるんですか』って聞かれて、ビックリ!
それで再開から3か月経ってようやく、Googleマップでは加茂店は『閉店』、駅家店は『閉業』になってたことに気づいたんですよ。大失敗だよね。だからみんな来なかったんだ(笑)」
この場所で焼き芋とともに
カフェのような焼き芋屋や、今まで誰も考えなかった冷やし焼き芋など、焼き芋の概念を崩し続けてブームを作ってきた釜崎さん。
全国の焼き芋屋さんに伝えるため、新商品開発にも余念がありません。安心安全でよりおいしいお芋スイーツになるように、試行錯誤をし、新しい味を追求しています。
「10年ほど焼き芋屋をやってきて、そろそろ次のクリエイティブなことをしようと思っていたら、病気になっちゃっていろいろ考えましたねえ。
でも、まだまだ、やりたいことはたくさんあるから。楽しまないとね」
いたずらっ子のように目を輝かせながら語る釜崎さん。
ポットクックは、まだまだ進化の途中です。
取材協力・写真・取材一部提供:森まゆみ