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生命を支えてきたのは利己的な遺伝子ではなく利他的な振る舞い

タイムアウト東京

生命を支えてきたのは利己的な遺伝子ではなく利他的な振る舞い

※本記事は、「UNLOCK THE REAL JAPAN」に2024年3月29日付けで掲載された『SIGNATURE moves』を翻訳、加筆・修正を行い転載。

2025年に開催される「大阪・関西万博」のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」。プロデューサーに選ばれた8人は、それぞれが主導になって「シグニチャーパビリオン」を展開する。青山学院大学教授の福岡伸一もその一人だ。いよいよ建設が始まったパビリオンに込めた思いを福岡に聞いた。

「いのち動的平衡館」の背景にある太陽の塔

──「生命」に焦点を当てた大阪万博で、福岡さんが担当するテーマは「いのちを知る」です。福岡さんのパビリオン「いのち動的平衡館」では、どのような展示を予定しているのでしょうか?

私のパビリオンは、一枚の薄い細胞膜がふわりと地上に降り立ったような、生命的なイメージを持った構造をしています。パビリオンでは、「私たちがどこから来たのか」という問いから始まり、「いのちの調和」や「いのちが輝く理由」を体感してもらいます。そして、パビリオンを出る時には、子どもも大人も「いのちとはなにか」について新たな視点を得られる構成にしました。

画像提供:福岡伸一

──どういう思いや意図があって、このような構成にしたのでしょうか?

背景にあるのは、1970年に開催された大阪万博です。当時、私は10歳で東京に住んでいたのですが、会場へは2度連れて行ってもらいました。その時に見た展示の中でも印象的だったのが、岡本太郎の「太陽の塔」です。

──今も万博会場の千里丘陵に建っていますね。

はい。岡本は、その時の大阪万博のテーマである「人類の進歩と調和」へのアンチテーゼとして、太陽の塔を作りました。内部の展示空間にある、生命の進化を表した「生命の樹」の頂点には人間がいません。そこには、「人類は進化も調和もしていない。威張るな人間!」という批判的なメッセージが込められているのです。

太陽の塔が作られてから50年以上がたった今、人類は進化したでしょうか? 調和していますか? 私は岡本太郎の言葉を深く受け止め、継承して、もう一度、「生命の在り方」「生命観」を問い直すべきだと考えました。それが、「いのち動的平衡館」の出発点です。

──福岡さんも、岡本太郎の「威張るな人間!」という思いに共感されているんですね。

そうですね。進化のプロセスを見渡すと、ホモサピエンスは最も新しい生物でありながら、地球の環境に負荷をかけ、収奪し、非常に利己的に振る舞っている最凶で最悪の外来種です。しかし、生命の歴史を振り返れば、利他的に振る舞うことで大きく進化してきました。

──利他的、とはどういうことですか?

もし、植物が自分に必要な分しか光合成しなければ、動物が進化する余地はありませんでした。植物が利他的に振る舞い、過剰に光合成をして葉や果実、穀物を生み出すことで、それを食べる生き物が生まれ、さらにその生き物を食べる捕食者が生まれる。ほかの生物からもらったものを他の生物に受け渡すという利他的なパスが絶えずつながれることで、生態系というネットワークが築かれてきました。

生命は、このような持ちつ持たれつの相補性によって同じ環境をシェアし、「動的平衡」を保っているのです。

「エントロピー増大の法則」に抵抗する生命

──「動的平衡」は、パビリオンの名称にも使われていますね。その意味を教えてください。

動的平衡は、私が提唱している「生命の定義」です。最も大事なポイントは、あらゆる生命が一生懸命に自分自身を破壊しているということ。細胞レベルを見ると、できたばかりのタンパク質もすぐに壊されます。例えば、たんぱく質の作り方は1種類しかないのに、壊す方法は10種類もある。生命は、作ることよりも壊すことを優先しているのです。

──なぜ、自分自身を壊すのでしょう?

エントロピー増大の法則にあらがうためです。これは、あらゆる形あるものは形なきものに変化し、秩序あるものは無秩序になっていくという宇宙の大原則。分かりやすく言うと、整理整頓された机の上も油断するとすぐにぐちゃぐちゃになるし、ピラミッドのような建造物も長い年月がたつと風化するということです。

──生命は、その法則に抵抗しているのですか?

はい。エントロピー増大の法則が秩序を壊そうとする動きよりも先回りして、自分自身をあえて壊し、作り変えることで抵抗しているのです。私はそれを、「動的平衡」という言葉で表しました。まだエントロピー増大の法則も細胞の分解システムも明らかになっていなかった100年以上前に、フランスの哲学者アンリ・ベルクソン(Henri Bergson)は、 「生命には、物質の下る坂を登ろうとする「努力」がある」と言いました。

私はまさに、無生物なら転がり落ちていかざるを得ない坂道をなんとか登ろうとしている、ある意味でけなげな努力をしているものが生命体だと考えています。

──福岡さんにとって「生命が生きている状態=動的平衡」ということですね。

そうですね。それは細胞レベルでも、個体レベルでも言えることですし、個体と個体が相互につながっている地球という生態系全体も大きな動的平衡と捉えることができます。

近年、生物多様性がとても大事だといわれていますが、それは生物と生物をつなぐ利他的なネットワークの結び目が多ければ多いほど、地球全体の動的平衡の循環が強靭(きょうじん)になるからです。 私が提示するこの生命観は、現代の生命観へのアンチテーゼになっており、岡本が1970年の万博で示したメッセージと通じています。

© DYNAMIC EQUILIBRIUM OF LIFE / EXPO2025

日本から「動的平衡」を発信する意味

──現代の生命観とは?

進化生物学者のリチャード・ドーキンス(Richard Dawkins)が提唱した「利己的遺伝子」に代表される価値観です。 端的に言うと「遺伝子の進化の最終目的は自己増殖することで、個々の生命体は遺伝子の乗り物に過ぎない」という考え方ですね。この「利己的遺伝子」と通底しているのが、「生命は分子で構成される精密な機械」という現代の機械論的な生命観です。

生命は小さな部品と部品の組み合わせで、時計仕掛けのように動いている。だから、壊れたらその部品を取り替えればいいという発想で、現代の医学、遺伝子工学、再生医療などが生命を操作しようとしており、これも非常に利己的です。でもその考え方は、間違っています。

──なぜ、間違っているのでしょうか?

実は私も、研究者人生の前半は分子生物学者として細胞からDNAを取り出し、切ったり張ったりして、機械論的に生命を分析してきました。しかし、2003年に全てのDNAが解析され、「ヒトゲノム計画」の完了宣言がなされた後、何が明らかになったかというと、部品を列挙しても、生命の意味はなに一つ明らかにならないということでした。

機械論を突き詰めた結果、見えてきたのは機械論の限界だったのです。

──そこから発想を転じて、動的平衡の生命論に至ったのですね。最後に、今の時代に日本、そして大阪から「いのち」や「動的平衡」について発信することの意味について教えてください。

20世紀から21世紀にかけて機械論的な生命観を打ち立ててきたのは、近代科学をベースにした西洋的な生命観です。これに対して、あらゆるものに命があると捉えてきた東洋的な生命観と動的平衡の生命観は、新和性が高い。

今回の万博では、日本からもう一度、「生命とは何か」を問いかけ、生命が利己的なものではなく利他的なものだとお伝えすることで、人間の振る舞いについて見つめ直し、利他的な動的平衡の生命観に転じる機会にできればと考えています。

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