バイオリニスト古澤巖、ベルリン・フィルハーモニックストリングスと奏でる極上サウンドが2024年の掉尾を飾る「去年とは音が違う」
バイオリニスト古澤巖とベルリン・フィルハーモニックストリングスによる、年末恒例のコンサート『愛のクリスマス2024』が、今年も12月8日(日)の東京オペラシティ・コンサートホールを皮切りに、全国8会場で開催される。最高のテクニックと音楽性を兼ね備えたメンバーたちが奏でるのは、王道のクラシックからポップにアレンジされた楽曲までバラエティ豊か。音楽の喜びと楽しみを心行くまで味合わせてくれるこの公演と、自身のアルバム『サン・ロレンツォのバイオリン~月の光~』について、古澤巖が大いに語った。
——古澤巖ファンにとって年末恒例の『愛のクリスマス』。それはご自分にとって、どんな位置づけ、意味を持つものですか。
自分はツアーの音楽家だと思っていて、ベルリン・フィルハーモニックストリングスと共演する『愛のクリスマス』や、ピアニストの金益研二さんと一緒にやっている『ヴァイオリンの昼と夜』、TAIRIKさんとの出会いから始まった『品川カルテット』など、同じミュージシャンとの関係を継続することで音楽の質を高めていこうと思っています。
——今年の『愛のクリスマス』の選曲について教えてください。
長年楽曲を提供して下さっている作曲家のロベルト・ディ・マリーノさん。やはり彼の作った曲が基本です。そこからどんな味付けをしていくのか、ベルリン・フィルハーモニックストリングスと喧々諤々話し合いながら決めました。マリーノさんの曲は僕がソロを取っていますが、実はソロと伴奏がはっきりと分かれてはいない。どのパートもたっぷり弾く楽曲で、だからお互いに楽しめます。僕が前に立って司会もするなど主役っぽく振る舞っていますが、演奏ではメロディを皆で回すなど、メンバー全員が対等な関係なのです。また、コンサートの休憩明けにベルリン・フィルハーモニックストリングスのメンバーだけで演奏するコーナーがあり、そこは彼らの見せ場になっています。ここも外せないかな。
——ベルリン・フィルハーモニックストリングスとの関係は。
10年ぐらい前かな、ベルリン・フィル・ヴァイオリンアンサンブルのゲストに呼ばれたのがキッカケです。僕の前には高嶋ちさ子さんが参加していて、彼女はその経験をもとに「12人のヴァイオリニスト」を結成しました。僕はメンバーの一人から五重奏のユニットで日本ツアーができないかと相談され、それが今につながっています。僕を誘ってくださったのは本当に光栄なことで、それなら自分がやっているコンサートのスタイルで、他のクラシックの音楽家とはちょっと毛色の違う、また、葉加瀬太郎さんや高嶋さんとも違うやり方で、彼らと楽しい音楽をやろうと思いました。それでも曲を選ぶ時などはガタガタしますよ。彼らがクラシカルな演目を提案してきた時も、こちらはあまりスタイルにこだわらないものをやりたいと粘り強く交渉する。そうしてお互いに言いたい放題言える関係性を築き上げ、自由に自分たちのやりたい音楽ができるようになってきました。また、チェリストのダーヴィット(・リニカー)はアレンジャーと作曲家もしており、今回わざわざ新曲を持って来てくれました。「いつも演奏しているマリーノの曲もいいけど、俺も作ったんだぞ」みたいな感じで。その新曲がなんと「巖(いわお)組曲」っていうんです。恥ずかしいけれど、僕のために書いてくれた新曲を今回披露します。
——ストラディバリウス「サン・ロレンツォ」を使うようになって、演奏に変化はありましたか。
すごくありました。道具に教えられるとはまさにこのことです。僕は元々、弘法筆を選ばずじゃないけど、どんな楽器でも弾いてやるぜというタイプでした。安い楽器でも全然OKで、皆が見向きもしない楽器でも人前で弾いていたのです。でも、ストラド(=ストラディバリウス)はその逆で、自分が手も足も出ない楽器だった。最初はチェロの弓で弾いていたんです。その方がパワーが出るもんだから。けど、バロックと出会ってバロック・ボウ(弓)を使うと、毛は半分くらいしか張ってないし、毛の太さも全然違う。軽くて押さえることができない。その代わり、バロックの奏法は削るように弾くんです。そんなこと今まで習わなかったし、古楽器やバロックをやる人も必ずそうしている訳ではないらしい。たまたま詳しい人に出会ったので弟子入りしましたけど。そういう試行錯誤を積み重ねて今日まで来ています。
——今年5月にリリースしたアルバム『サン・ロレンツォのヴァイオリン ~月の光』についてお聞きします。収録曲の振り幅の広さに驚きました。特に1曲目の「ツァラトゥストラはかく語りき」。あれをバイオリン一挺でどう表現するのだろうと思ったら、まさかのロックでした。
あれはメタルですよ。
——そうかと思えば、本格的なクラシックとしてヴィオッティやゴルトマルクの協奏曲があるし、ロベルト・ディ・マリーノの協奏曲はさまざまなジャンルの要素をハイブリッドした現代のクラシック、滝廉太郎の「荒城の月」とコルシカ島のトラディショナルをメドレーにした「Isule」、サックス奏者の平原まことさんの楽曲「手紙」などもあります。
「Isule」は、昔、僕のスタッフにコルシカ人の男性がいて、僕のツアーを体験して、こんな面白い音楽があるのかと驚き、コルシカ島で音楽祭を始めたんです。それに僕も参加していて、お互いの国の曲で何か作ろうということになりました。僕は大分の竹田でRENTARO室内オーケストラ九州のミュージックパートナーを務めていて、滝廉太郎の曲に馴染みがあったので「荒城の月」はどうだろうと。滝廉太郎はヨーロッパ留学の経験があるので、ゆかりがないわけじゃない。向こうはコルシカ島のトラディショナルで、パーティーの時に皆で輪になって一晩中踊り明かす楽曲を出してきて、それをひと繋ぎにしました。コルシカの曲にはケルト的な風合いがありますが、たとえば「蛍の光」など日本が明治時代に導入した西洋音楽にも通じる所があり、さほど人ごとには感じません。「手紙」の平原まことさんは歌手の平原綾香さんのお父さんで、僕は全然面識がありませんでした。しかし、綾香さんとラジオ番組で同席したことがあり、その際にお父さんのこの曲を聴いて、いい曲だなと思いました。平原さんはサックス奏者だけど、自分のバイオリンでこの曲を演奏できるのでは、と思いました。
——古澤さんの音楽はクラシックからタンゴ、ジャズ、ポップス、ロックまで幅広いですね。
僕がデビューした時のレーベルはソニーのエピックレコードでした。ソニーにはCBSというクラシックのレーベルがあったので、エピックでクラシックをやるなら新しいことをやろうということになり、当時は誰も聞かなくなった蓄音機時代に収録されていた小品集を発表しました。可愛い曲が沢山あったのでポップス的に短い曲で構成するのが1枚くらいあってもいいだろうと。それで終わるつもりだったのが、ずっと続いたわけですね。その後、2006年に現在のHATSに移籍したら、「うちはポップスのレーベルだからクラシックはやらない。クラシックをやるならアレンジしてください」と。で、ラテンものをやろうとしたら「ラテンをやるなら、ラテンのステップぐらい踏めなきゃだめ」とダンス教室に通わされました。よくスポーツクラブの中にガラス張りのスタジオがあって、おばさまたちが通っているでしょう、そんな所。ラテンダンスなんて全然できないから、もう恥ずかしいったらありゃしない。でも、そこにいたドミニカ共和国出身の先生のステップを観察していると、大きな発見がありました。ワン、ツー、スリー、フォーって4ビートで踊る時、先生のワン(1拍目)と生徒たちのそれが全然合っていないのです。僕たちより彼の方がだいぶ後ろで、リズムの取り方が違うんですよ。外国人の指揮者が日本のオケを指揮して、何か違うと思うことがあるらしいのだけど、それだったのか。意外な場所に音楽の神髄のヒントが隠れていました。回り道もしてみるものですね。
——古澤さんの演奏を見ていると、全身から音楽を演奏する喜び、ひいては生きている喜びが溢れているように見えるのですが。
音楽はファンタジーですよね。ディズニーランドなどもそうですが、音楽の世界観をコンサートに来てくれたお客様に感じていただく。例えば僕はサーフィンが好きで、よく海に行きますけど、とにかく皆楽しそうに波に乗って行ったり来たりしています。そんなに楽しいのか、普段町中ではそんな顔を見せないよね、子供じゃあるまいしって思うんだけど、コンサートも同じじゃないかな。今日の海(コンサート会場)に来たお客様に波(音の波動)を伝え、お客様を笑顔にするような波をどれだけ起こせるのかが、僕にとって一つの目標です。
——大阪公演に向けてメッセージを。
昔は東京と大阪で反応が随分違って、大阪に来ると外国に来たみたい。ここはイタリアか! と思いました。今やどこの町に行っても昔ほどの違いはないけれど、大阪の人はより高いクオリティを求めていると思います。それだけに盛り上がる演奏をするのは結構大変。あと、大阪の会場のザ・シンフォニーホール。あそこをどう鳴らすのか。誰もが納得できる音を聞かせられるのか。僕は相当苦労しました。毎年ステージ上の立ち位置を研究して、壁に張り付くようなポジションを取っていた時期もありました。徐々に前の方に移動して、今では他の人が普段弾いている場所へ。なんだよ、俺、やっと普通の場所に来たのかって。でも、ザ・シンフォニーホールの鳴らし方や演奏技術を60歳過ぎてもずっと研究して、ストラドも5年ぐらい使ってだいぶ弾き方が分かってきた。去年の音とはかなり違うと思いますよ。また、メンバーの配置も今まではお互いの譜面台がくっ付くぐらい密集していたけど、今年はステージ上に広がって弾こうと思っています。自分たちよりも遠くにいる客席に全員の音が聴こえているのだから、俺たちも離れてやってみようと。それが今回の新しいトライです。
取材・文=小吹隆文 撮影=SPICE編集(川井美波)