【神々の道具と作りしもの】加納 圭介氏:“世界で一番小さな芸術”を究める
texthiromitsu kosone
photographyshin kimura
Keisuke Kano/加納 圭介
1979年生まれ。ヒコ・みづのジュエリーカレッジを卒業後、セイコーエプソンのケース製造部門でストーンセッター(宝石をセットする職人)としてキャリアをスタート。彫金の修業も続け、2006年に彫金師としてティファニーへ移籍。ナオヤ ヒダ代表の飛田直哉氏とは12年に出会い、22年にブランドへ参画。
ナオヤ ヒダの時計はなぜ時計好きを魅了するのか。その理由は、実物をひと目見れば即座にわかるだろう。写真には写らない、圧倒的なまでのオーラに衝撃を受けるはずだ。そこに大きく寄与しているのが加納氏による手彫り文字盤である。
1~12の時字を手彫りで刻んでいたのは、懐中時計が主流だった18~19世紀。プリントや植字が当たり前となった現在、これを採用しているブランドはほぼ皆無だ。
「アンティーク時計よりも“深く”彫り上げるのがナオヤ ヒダの特徴です。これにより陰影が強調され、文字盤の立体感が増すのです。彫る際は一度にザクッとやらず、複数の彫刻刀を使い分けて少しずつ進めます。このような方法を採っている人は他にあまりいないと思いますね」
0.1mm以下の世界で発揮される加納氏の技。それは精緻さのみならず、表現力の豊かさにおいても卓越している。達人の書を思わせるアラビア数字の流麗さ。直線と曲線が絶妙に調和したローマ数字の品格。まさにミクロの芸術である。
今年発表した「NH TYPE 1D-3」では、ケース部分にも手彫りの装飾が採用された。「2次元的にはシンプルな模様ですが、そこに彫りの陰影で命を吹き込む。自分がロダンになったつもりで彫っています」と加納氏。冗談めかしてはいたが、その心意気はロダンにも決して負けないだろう。
まるで外科手術を思わせる、超精密な手彫りの様子。
加納氏の仕事道具である彫刻刀。すべて刃先の形状や太さが異なっており、これらを使い分けて彫金を行う。ちなみに刃先は加納氏が自分で削り上げたものだ。
下書きの上にフリーハンドで彫金を行い、そこにカシュー(合成漆)を流し込んでインデックスが仕上げられる。
左が平刃、中央と右が太さの違うV字刃の彫刻刀。彫金を行う際はまずV字刃で大まかに(といってもミリ単位の世界だ)彫り上げ、平刃で形を整えていく。
左端が加工前の文字盤で、中央が制作途中、右下が完成したもの。通常よりもかなり厚みのある洋銀(銅・ニッケル・亜鉛の合金)の文字盤にサンドブラスト加工でテクスチャーを加え、そこに彫金を施して完成させる。
同じ数字でも、ほんの少しバランスが変わるだけでガラリと印象が変わってしまう。加納氏はそんな超微差を熟知し、表現できる超一流の“書家”でもあるのだ。
「X」を構成する2本の線のうち、細いほうはなんと0.06mm。さらに“セリフ”とよばれる上下端の横線は、丸い文字盤に合わせてわずかにカーブさせている。
文字盤を乗せる回転台には、加納氏独自の改造も施している(右が通常のもの)。前後左右に台を動かすことができ、彫る部分を常に中央に据えられるそうだ。
文字盤に加え、ケースサイドの彫金も加納氏が担当。アール・デコ期の建築物に施されている装飾がモチーフだ。自動巻き、18KYGケース、37㎜。Naoya Hida & Co.