腸詰にシジミ、昭和の頃から変わらない台湾料理の味の秘訣。渋谷『麗郷』<前編>【街の昭和を食べ歩く】
文筆家・ノンフィクション作家のフリート横田が、ある店のある味にフォーカスし、そのメニューが生まれた背景や街の歴史もとらえる「街の昭和を食べ歩く」。第4回は「100年に一度」といわれる大規模開発が進む渋谷の台湾料理店『麗郷(れいきょう)』で、昭和の頃から変わらないおいしさを保ち続ける【腸詰(煙腸)】と【シジミ(海蜆)】。前編では、名物料理のぶれない秘訣にフォーカスします。
周囲の変化もどこ吹く風という風格
昔かたぎの飲食店にどうしても惹(ひ)かれてしまうが、長い年月を経て、古い品々に囲まれたお店でも、いいなぁと感じるお店というのは、まず清潔で、そして整然としている。今回伺った老舗も、まさにその方程式にあてはまる——。
渋谷駅・ハチ公口を出て、空をあおぐように見回すと、見慣れない巨大ビルがいくつも目に入る。「100年に一度」と言われるほどの大規模開発が進む渋谷の変貌ぶりに驚きながらも、『渋谷109』方面へ進み、道玄坂をのぼっていく。少し行って、右へ入る路地を進むと見えてきた建物。大きく、「麗郷」、という字形のネオンが掲げられ、周囲がいかに目まぐるしく変化しようともどこ吹く風、どっしり構えたレンガ造りのたたずまいである。この風格にすっかり安心させられてしまう。
創業は昭和30年(1955)。70年の歴史ある「台湾料理」の名店だが、ドアを開けるなり、こざっぱりと整理された店内が目の前に広がる。円卓につけば、テーブル、食器や調味料類も油のべたつきもなくきれいにふき上げられているのが分かり、なお安心。気取らない、庶民的な店であることを標榜していても、このあたりに渋谷らしい都会的洗練を感じる。
うなるうまさの腸詰。味を保ち続ける秘訣とは
さて、早速注文するのは、創業以来の名物「腸詰(煙腸)」だ。飴色につやつやとした姿で調理場にぶらさがって食欲を刺激してくれるそれは、こぶりに切り分けて運ばれきた。
やおら一つをつまみあげ、噛みしめる。もう、うなるしかない。このうまさ。一言で言って、濃厚な肉の旨味。疲れ切った中年男の舌の根にじわっと肉と香辛料の香りが広がる。二口目は、添えられた白髪ねぎとパクチー、いや——今回の場合はシャンツァイ(香菜)と言ったほうがいいかもしれないが——をのせてもう一口。三口目は、卓上に備えてある瓶から、辛味噌をひとすくい皿にとって、これを少し塗って。そして、サッポロ黒ラベル中瓶をコップに注いでギューッといく。
どっしりと腰をすえてこうした料理と酒を楽しめる老舗が、今どれほど渋谷にあるだろうか。何十年通っても変わらないうまさの安心感が街に存在しているというのは大きい。料理人さんは数十年のうちに当然入れ替わってきたけれど、ぶれない凄(すご)み。その秘訣は、
「ここに入っていますから」
指先でトントンと自身のこめかみをたたく店主の呉銓章(ゴセンショウ)さん。レシピは明文化されず呉さんの頭のなかにある。料理人は慣れてくると自己流になってきて、味にブレがでることがあるそうだが、日々のまかないのときなど味付けのチェックを繰り返し、昭和の味を保ち続けている。
名物シジミをよりうまくする食べ方
さて、続いても名物を。こちらはメニュー表記があまりにもシンプル。「シジミ(海蜆)」。銀皿にたっぷり盛り付けられてきたシジミは、褐色の調味タレに浸っている。
箸先でつまんで、前歯でクイっとひっかけて口中に落とし、噛みしめる。シジミのうまさを増幅させる、たっぷりの刻みニンニクの香り。3つほど食べるうち、呉さんが、笑みを浮かべつつおしぼりを手渡してくださった。手づかみでいったほうがいいよ、というわけ。
それではとワイルドに指先にシジミを持ち、タレも殻ですくって、身とともに吸い上げるように食べる。ちょっとお行儀がよくないけれど、断然この食べ方のほうがうまい!
後編では、『麗郷』が歩んできた歴史とそのルーツなどについて述べていく。
麗郷(れいきょう)
住所:東京都渋谷区道玄坂2-25-18/営業時間:12:00~15:00・17:00~23:00(土・日・祝は通し営業)/定休日:無/アクセス:JR・私鉄・地下鉄渋谷駅から徒歩3分
取材・文=フリート横田 撮影=フリート横田、さんたつ編集部
※店名の「郷」は正確には旧字表記。
フリート横田
文筆家、路地徘徊家
戦後~高度成長期の古老の昔話を求めて街を徘徊。昭和や盛り場にまつわるエッセイやコラムを雑誌やウェブメディアで連載。近著は『新宿をつくった男』(毎日新聞出版)。