強烈な書の数々で知られる井上有一の没後40年記念の展覧会、渋谷区立松濤美術館で開催
井上有一(1916~1985)は、墨をたっぷりと含ませた大筆で大きな和紙に向かい、生命力に満ちた絵画的とも言える表現により、アートとしての「書」を開拓した書家である。伝統的な書とは一線を画している。
さらに、異色なのは1935年から尋常小学校の教師として働きながら、書家の上田桑鳩(1899~1968)に弟子入りし49年に書家デビューをした後も教師生活を続け、69年の人生を全うしたのである。
井上有一《花》1957年 墨・紙 個人蔵 Ⓒ UNAC TOKYO
その創作の経緯をたどると、デビュー初期から50年代は、伝統美術の革命運動が巻き起こり、井上もこの潮流に乗って注目を集め、第4回サンパウロ・ビエンナーレに《愚徹》(1956)が出品され評価を得た。60年代は、冷やした膠を固めて、筆の毛の一本一本のような痕跡をくっきりと浮かびあがらせる「凍墨」と呼ばれる独特の手法で、躍動感に満ちた作品を生み出した。この頃は教師としての業務が多忙で、制作時間があまりとれず、冬に制作期間を限ったという背景もあるようだ。
井上有一《母》1961 年 墨・紙 京都国立近代美術館蔵 Ⓒ UNAC TOKYO
井上の創作の原点となった出来事が、太平洋戦争末期の東京大空襲である。B-29の爆撃機の空襲により、井上が勤務していた学校も大きな被害を受け、自身も一時は仮死状態に陥り、知人や同僚、受け持つ生徒たちの多くを亡くした。その壮絶な経験をもとに書かれたのが、大作《噫横川国民学校》(1978年)である。戦後80年の今年、特別に本作が展示される。
井上有一《噫横川国民学校》1978年 墨・紙 群馬県立近代美術館蔵 Ⓒ UNAC TOKYO
そして井上没後の1986年に、浅葉克己(1940~)、井上嗣也(1947~)、糸井重里(1948~)、副田高行(1950~)、木村勝(1934~2015)ら「生きている井上有一の会」の面々によるデザイン展開により、井上有一の名が世に知らしめられた。本展ではグラフィックデザインと井上の作品のコラボレーションによるポスターなども展示される。
井上嗣也「1986年正月/貧」ポスター、1986年 AD・D:井上嗣也 A:井上有一(ウナックトウキョウ) C:糸井重里 PL:對馬壽雄 ADV:パルコ 個人蔵 Ⓒ UNAC TOKYO
『井上有一の書と戦後グラフィックデザイン 1970s-1980s』
とき:2025年9月6日(土) ~11月3日(月・祝)
会場:渋谷区立松濤美術館(渋谷区松濤2-14-14)
休館日:月曜日(9月15日、10月13日、11月3日は開館)、9月16日(火)、9月24日(水)、10月14日(火)
お問い合わせ:03-3465-9421
https://shoto-museum.jp