「心のアカデミー賞」あげたい大傑作!世界が絶賛した実録演劇ドラマ『シンシン SING SING』
驚きと感動を与える傑作『シンシン SING SING』
映画ファンにはおなじみの某辛口レビューサイトでも、歴史ある老舗批評サイトでも、ほぼ満点評価。今季アカデミー賞に物申すとしたら『シンシン SING SING』に主要部門を与えなかったことだと多くの観客が感じるだろう。
主演コールマン・ドミンゴのキャリア最高の演技という評もあれば、実際に刑務所に収監されていた人々の見事な演技を称賛する声もある。もし事前情報を入れずに観たら強烈な驚きとともに、大きな感動と希望を味わうことができるはずだ。
米ニューヨークの<シンシン刑務所>。無実の罪で収監された男ディヴァインGは、刑務所内の収監者更生プログラムである<舞台演劇>グループに所属し、仲間たちと日々演劇に取り組むことで僅かながらに生きる希望を見出していた。
そんなある日、刑務所いちの悪党として恐れられている男クラレンス・マクリン、通称ディヴァイン・アイが演劇グループに参加することに。そして次に控える新たな演目に向けた準備が始まるが――。
更生を促す演劇プログラムとは? 実際の収監者たちが本人役を熱演
“刑務所映画”は数あるし、ズバリ実話ベースで演劇をテーマにした近作もあった。しかし、本作は外部の指導者が収監者たちに好影響を与えるという話ではなく、収監者たち自身が主導する実際の演劇更生プログラム<RTA(Rehabilitation Through the Arts)>を通して、かれらの交流と苦悩、成長を描く。しかも実話ベースで、キャストのほとんどが“本人役”を存在感たっぷりに演じている。
主人公ディヴァインGを演じたコールマンと、彼の相棒であり“Skullet”な髪型のマイク・マイク役のショーン・サン・ホセは実際に長らく共同作業をしてきた関係。RTAの外部演出家ブレント役に、『サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~』(2019年)で強烈な印象を残したポール・レイシー。そしてディヴァイン・アイを演じるクラレンス・マクリンはRTAプログラムの実際の卒業生で、他メンバーも全員がRTAに参加してきた本人役を演じている。
「俺たちは人間に戻るために集まってる」
自身の無実を証明するべく根気強く戦っているGと、ギャングスタ仕草を引きずっている現役組のアイ。いわゆる“優等生”にも見えるGだが、自分にないものを持っているアイの自己主張の強さに複雑な感情を覚える。出自からして大きく異なる“2人のディヴァイン”が微妙にすれ違いながらもジリジリと距離を詰めていくのと反比例するように、衝撃的な出来事がRTAの継続自体を脅かす。
演劇にかんしては玄人はだしで、演出家のアドバイスを“ストリート通訳”したりと皆を引っ張る立場でもあるG。しかし、自分の減刑聴聞準備にストレスを抱えつつ他の収監者たちの状況にも気を配るのに、突然の喪失にへなへなと狼狽し誰に相談することもできない彼は、ある意味もっとも不器用な人物とも言える。そんなGとは対象的にオラついたド素人として登場しながら、与えられた役柄に鼓舞されたかのように心の扉を開き、次第に顔つきまで変わっていくアイの姿には身震いさせられる。
“お涙頂戴”の刑務所映画にあらず
数少ない現実逃避でもある演劇シーンの開放感と、たびたび挟み込まれる所内の厳しい日常。何も知らない我々が軽はずみにリアル云々とは言えないが、あるメンバーの「俺たちは人間に戻るために集まってる」という言葉がRTAプログラムの意味と、この映画の意義を物語る。監督のグレッグ・クウェダーはドラマチックな過剰演出を排除し、収監者=演者~制作陣と同じ側に観客を立たせようとする。
もちろんヘビーな展開もあるが、全編を通して“感動したい”我々観客が期待するような陳腐なセリフは出てこない。思わず噴き出してしまう可笑しみも散りばめつつ、それでも収監者たちの姿に自分自身を顧みてしまうし、胸がキュッと締め付けられる。今年最高の映画の一つと言っても過言ではない、ぜひ劇場で観て欲しい傑作だ。
『シンシン SING SING』は4月11日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開