大原美術館のエル・グレコ《受胎告知》66年ぶりの修復完了、プレ再展示始まる 〜 描いた当初の鮮やかな色彩に引き込まれる
公益財団法人大原芸術財団 大原美術館が所蔵する代表的な名作、エル・グレコの《受胎告知》が、66年ぶりの修復を終えました。
2025年10月21日から、修復後初のプレ再展示(本格的な公開は2026年4月以降)が始まり、初日から多くのかたがたが絵の前で足を止めて鑑賞しています。
今回の修復は、スペインのプラド美術館から絵画修復士エバ・マルティネスさんを招聘(しょうへい)しておこなわれたプロジェクトです。おもな目的は、経年劣化によって黄ばんでしまった古いニスの層や表面の汚れをていねいに取り除き、エル・グレコが描いた本来の色彩を可能な限り蘇らせることにありました。
この記事ではプレ再展示のようす、修復の過程でわかったことや、研究員との質疑応答を紹介します。
修復で蘇った色彩と新たな発見
《受胎告知》は、1922年に画家・児島虎次郎(こじま とらじろう)が大原孫三郎(おおはら まごさぶろう)の支援のもと、パリで購入して以来、約100年以上にわたり倉敷で親しまれてきた作品です。
修復プロセスでは、紫外線分析などの科学的調査もおこなわれました。
これにより、聖母マリアの足元にあるかごから、流れるように大きく垂れている布が過去の修復により描き直されていたといった発見がありました。
また、聖母マリアの頭部にある十二の星の冠についても、修復の際にどのように扱うかが検討されたことが、パネルで説明されています。
今回はプレ再展示として2025年12月21日まで展示し、その後は大阪の中之島香雪美術館で展示(2026年1月3日〜3月29日)がおこなわれます。
さらに、大原美術館は長期休館(2026年2月9日~4月24日)に入るので、本格的な再公開は、それ以降となる予定です。本格公開時には、もう一度大原美術館に来るかたも、より深く楽しめるように修復に関する資料などをさらに充実した展示を考えているそうです。
《受胎告知》修復完了と公開への想い
鮮やかに蘇ったエル・グレコ《受胎告知》について、修復を終えての想いや修復前後で変化した点などについて、公益財団法人大原芸術財団 研究員の大塚優美(おおつか ゆみ)さんに話を聞きました。
──プレ再公開の日を迎えて、今どのようなお気持ちですか。
大塚(敬称略)──
修復後のエル・グレコ《受胎告知》の姿を皆さまに見ていただけることを大変うれしく思っています。修復前や修復中の高精細レプリカの展示もありますので、見比べて楽しんでいただけるような取り組みをしています。
66年ぶりとなる修復により色彩も変わっているため、ぜひ注目して見ていただきたいです。
──修復前と変わった具体的な場所はどこですか。
大塚──
聖母マリアの足元にある、かごの上の布の部分です。
布が下方へ流れるように描かれていた部分は、科学的な調査により、19世紀以降にしか存在しない絵の具が使われていたことがわかりました。
修復士のエバさんは、他のエル・グレコの作品を参考にし、不自然にならないように布の形状を整えてくださいました。
──エル・グレコの技法について、修復でわかったことはありますか?
大塚──
エル・グレコは、下地を見せるという独特の技法を得意としており、下地の上の透明な絵の具層を通して、奥行きや質を感じさせる手法を用いています。
下地層は赤茶色をしています。具体的には、大天使ガブリエルの羽のところや、足元の雲、背景の空間などです。
過去の修復では、このエル・グレコ特有の下地を見せる技法が劣化と誤解され、上から塗りつぶされていたと推測されるところがありました。今回の修復ではそれらの加筆をていねいに取り除き、エル・グレコが意図した下地を生かす表現を蘇らせました。
──今回の修復で特に大変だった点は何ですか?
大塚──
修復士のエバさんより、エル・グレコ自身のオリジナルに描いたところに絶対に干渉しないように、欠けているところを埋める「補彩(ほさい)」に神経を使ったと聞いています。
──修復はいつ頃までおこなわれましたか?
大塚──
作業自体は8月中旬に終わっています。
その後、作品を安定させて定着させる期間を経て、この時期に公開できる状態になりました。
──修復後の作品を、エル・グレコ自身が見たとしたら、どのように感じると思いますか?
大塚──
エル・グレコが描いた当時の姿にできる限り近づけることを目指して修復しました。なので、エル・グレコご本人にも喜んでいただけているのではないかと想像します。
そう思うと、彼が活躍したスペインから遠く離れたここ日本で、多くのかたに作品を鑑賞していただけていることは、異文化交流の大きな成果だと感じます。
──修復を終えたあと、エバさんはどのようにおっしゃっていましたか?
大塚──
今回の修復について、ご自身が手がけた仕事として非常にうまくいったと感じていると話していました。また、日本にある重要な絵画を修復できたことが、素晴らしい貴重な経験になったと聞いています。
──修復後の作品を見たときの大塚さんの印象はどうでしたか?
大塚──
色彩の鮮やかさが増しました。
また、陰影もより自然になったと感じます。修復前は影が濃いように見えるところがありましたが、優しい色になったと思います。
奥行き感もわかるようになり、新たなエル・グレコの絵の魅力を感じました。
描かれた当時の美しさを感じた《受胎告知》の尊さ
修復を終えた《受胎告知》を、やっと見られました。
《受胎告知》が展示されていた場所に再び戻ってきた絵を見たとき、ただただ「美しい」と思いました。約400年以上前に描かれたとは思えないほど、明るく生き生きとしています。
大天使ガブリエルの羽や、雲や聖霊の鳩の白、背景の陰影、聖母マリアの足元のかごなど、ぜひ修復前・途中のレプリカと合わせて見ていただきたいです。また、修復の過程を説明しているパネルを通して、普段は知ることのできない修復の舞台裏を知りました。この説明を読むとより深く楽しめるでしょう。
今回のプレ再展示は2025年12月21日(日)までです。
大阪での展示を経て、本格的な展示は大原美術館の長期休館後となります。
詳細は大原美術館のホームページを確認してください。