「どうして伝わらないの?」発達障害の子育て。失敗から見つけた感情ではなく「言葉」で伝える3つの工夫【専門家アドバイス】
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
叱っても伝わらない……「ママに怒られたことがない」と言われて衝撃!
息子のトールは現在中学1年生。ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如多動症)の診断を受けています。トールが小さい頃から、わたしが普通に伝えているつもりでもいまいち伝わっていないと感じることが多々ありました。
幼稚園入園前の頃のトールは他害がひどく、わたしもやめさせなければいけないという思いがあり、トールに対して叱ることがよくありました。しかし、どんなに叱っても、時には感情的になってしまっても、トールに伝わっているという手応えがありませんでした。トールは言葉の発達が少し遅かったので、いくら言葉で伝えても伝わらないのかもしれないと思い、表情や声のトーンに気をつけてわたしの気持ちを伝えようとしていました。
しかしトールが話せるようになった頃、トールは「一度もママに怒られたことがない」と言ったのです。
それまで一生懸命伝えてきたつもりだったのに全く伝わってなかったのかという驚きと、トールに何かを分かってもらうのは一筋縄ではいかないことなのだと、この時に思い知りました。同時に、表情や声のトーンをわざと怖く見せるように頑張っていた自分の努力の方向性は、間違っていたのだと気づきました。
言葉が少しずつ発達してきたというのもあり、その頃からは言葉で伝えることを重視するようにしました。「怒っているのだ」という雰囲気をだしても伝わらないと分かったので、その雰囲気は意識せずに淡々と伝えるように心がけました。同じことで何度も注意しなければならないことも多かったので、いつも同じ言葉、同じトーンでの声かけをするようにしました。怒っているのだということを伝えたい時には「いまママは怒ってるよ」とはっきり伝えるようにしていました。
「きれいにして」より効果あり?行動を分解した「お片づけ」の伝え方
トールはお片づけをするのも得意ではありません。小さい頃から、遊ぶたびにお片づけをするというのがトールにもわたしにも合っていないと感じていたので、寝る前だけは床とテーブルをしっかりきれいにしようと取り組んでいます。
最初は「部屋をきれいにしようね」という声かけをしていたのですが、きれいという表現が抽象的すぎたのか、どうすればいいか分からないようでした。
次に「床に何も落ちていないようにしようね」という声かけに変えました。「きれい」という言葉を具体的にしたつもりだったのですが、そのためにどう行動すればいいのかが分からなかったようで、この声かけもうまくいきませんでした。
最終的には「まず床に落ちている自分のものを自分の場所に持っていこう。どこに片づけたらいいか分からないものはあとからママが片づけるから、テーブルに置いておいてね」と、床に何も落ちていない状態にするための方法を説明するようにしたら、ようやく少しずつ実践できるようになってきました。
中学生になった今も続く葛藤。支援は「感情ではなく言葉で伝える」こと
片づけだけに限らず、わたしが思っている以上に詳しく順序立てて説明する必要があるのだと実感することはほかにも多々あります。
わたし自身が具体的に説明されなくてもなんとなくで学んできたようなプロセスも、一つひとつ説明する必要があるのだということを今でも感じています。
中学生になった今も、わたしが順序立てて説明し続けることは過保護ではないか、かえってほかの場面で困ることがあるのではないかと気にかかることがあります。しかし、「具体的で丁寧な伝え方」がトールにとっての「学習の土台」となっているように感じます。感情ではなく言葉で伝えるという方法が、きっとトールが社会で生きていく力を育むために必要だと信じて、これからもサポートを続けていきたいと思います。
執筆/メイ
(監修:新美先生より)
息子さんへの「伝え方」の工夫について、聞かせて下さりありがとうございます。「叱っても伝わらなかった」経験から、「感情ではなく言葉で伝える」方法を見つけていかれたお母さんの姿勢が、とても印象的でした。
発達に特性のあるお子さんにとって、言葉や表情のニュアンスを読み取ることは難しいことがあります。だからこそ、「どうしてほしいのか」を具体的に言葉で伝える工夫が、とても大切になりますね。
「部屋をきれいにしてね」ではなく、「床に落ちているものを自分の場所に持っていこうね」と行動を分解して伝える――この工夫はとても分かりやすいですね。伝えるときは「具体的に」「肯定的に」「穏やかに」を心がけると、子どもも落ち着いて受け取りやすくなります。
また、「~してはダメ」と否定形で伝えるより、「代わりにこうしてね」と代替行動をセットで示すと、行動の見通しが立ちやすくなります。「分かったかな?」「どのやり方ならできそう?」といった確認や、選択肢を提示するのも効果的です。
中学生になっても、丁寧な説明や段取りのサポートは決して“過保護”ではありません。むしろ、それが子どもが社会で生きる力を育てる「学びの土台」になります。トールくんの成長を支えるお母さんの穏やかなまなざしが、同じように悩む多くの方の励ましになると思います。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。
ADHD(注意欠如多動症)
注意欠陥・多動性障害の名称で呼ばれていましたが、現在はADHD、注意欠如多動症と呼ばれるようになりました。ADHDはAttention-Deficit Hyperactivity Disorderの略。
ADHDはさらに、不注意優勢に存在するADHD、多動・衝動性優勢に存在するADHD、混合に存在するADHDと呼ばれるようになりました。今までの「ADHD~型」という表現はなくなりましたが、一部では現在も使われています。