「ただただ、うれしい…」ママにゆったりランチとお昼寝…“産後ケア”の現場でみえたもの
核家族化などにより、子育てを親に頼りづらくなっている今。
産後の母親を社会全体でサポートしようと、行政は“産後ケア”に力を入れています。
しかし、まだ十分に普及していません。一体なぜでしょうか。
連載「じぶんごとニュース」
座る暇もない…子育ての日々
風邪をひかないようにと、自分よりも子どもたちの髪を先にドライヤーで乾かします。
安藤のぞみさん35歳。
8歳の長女を筆頭に、5歳の次女、4歳の三女、そして生後6か月の四女と、4人の女の子を育てています。
晩ごはんは、子どもたちの大好物のローストビーフ。
子どもが食べる量に合わせて盛り付けますが…。
赤ちゃんの泣き声が聞こえて中断です。
お腹を空かせた子どもたちが待っています。
片手で料理を続けて…完成。
食事中は、赤ちゃんをあやしながら、幼稚園に通うお姉ちゃんの話にも耳を傾けます。
のぞみさんの夫・遼さん(36)は、消化器科の医師です。
子育てに協力的ですが、夜勤などがあるため、4日間、家に帰ってこられないこともあります。
あわただしくごはんの時間も終了。
それでものぞみさんは「きょうは、座って食べられたほうです。いつもはキッチンで終了のときも多いので…」と話します。
子どもたちが寝るまでは、ゆっくり座る暇もありません。
「ただただ、うれしいです」
この日、生後6か月の四女を抱っこして訪れたのは助産院。
のぞみさんが楽しみにしていたのが“産後ケア”です。
札幌・手稲区にある助産院『うめさんのcareルーム』。
札幌市産後ケア事業の委託助産所です。
笑顔で迎え入れたのは、助産師の梅本智子さん60歳。
のぞみさんが出産したクリニックで働いていました。
2016年から始まった札幌市の"産後ケア"事業。
対象は、生後1年未満の子どもがいる母親です。
育児の悩みを相談したり、ゆっくり時間を過ごしてもらったりすることを目的としています。
サービスによって異なりますが、札幌市では利用料は2500円(訪問・日帰り)から7500円(宿泊)となっています。
野菜たっぷりの手作りランチも。
普段は赤ちゃんのお世話をしながら、余ったおかずで済ませているのぞみさんは感激の様子。
「うれしいです。ただただ、うれしいです」
お腹を満たした後は、ふかふかのベッドでお昼寝です。
これも、普段だったらできないこと。
「子どもが寝ているときに家事をやって…。赤ちゃんがちょっと寝ているから、横になろうかなと思って、横になった瞬間に、赤ちゃんが起きるとか」
のぞみさんが夢の中にいるころ…赤ちゃんもグッスリです。
なかなか周りに頼ることができなかったというのぞみさん。
そんななか、初めて頼ってみた“産後ケア”。
「やっぱり安心感がありますね。子供がみていてもらえるというだけで、1人じゃないんだという…すごく来てよかったです」
1時間後…“産後ケア”はここで終了です。
希望はさまざま…母親支援の現場
助産師の梅本さんは、子育てサロンなど、産後のお母さんたちの悩みに答える活動を10年以上続けてきました。
育児のことを学びたい、練習したいという人もいれば、休みたい、ゆっくりごはんを食べたいという人まで希望は様々です。
2024年に梅本さんが“産後ケア”を始めてから、利用者の数は増えています。
5月の利用者は延べ15人。
前の年に比べて3倍以上になっているとのことです。
この日は、生後4か月の赤ちゃんを育てる利用者に、離乳食を食べさせるコツを伝えていました。
「離乳食をスプーンの3分の1くらいちょっと乗せて、下唇にちょんと乗せてあげて。そうしたら上唇がこうやって閉じてくるから。そうしたらスプーンを引き抜く…赤ちゃん自身で食べてもらわないといけないので」
実際に教わった大岩舞さん(34)は、「普段のお昼じゃ考えられないメニューがいっぱい出てくるので、料金も札幌市が助成してくれるから、通常よりも多分大分安いんですよね」と話していました。
担い手不足…収入を補うために別の仕事も
札幌市から“産後ケア事業”を委託された施設には、利用者1人あたり約7000円(訪問)から6万円(宿泊)の助成金が出ます。
ただ、梅本さんの施設では1日に受け入れられる利用者は2人ほどと限られています。
スタッフの給料も支払っているため、週50時間以上働いても、梅本さんの月収は約15万円です。
「"産後ケア"だけで収入が回っていかないので…。食費とかもすごく上がってきているので。食事もお母さん方に、しっかり出していきたい…となってくると経費もかかってくる」
そこで梅本さんは、収入を補うため、小児科で週に一度看護師として夜勤のパートをしています。
この日は午後6時から10時までの間に、20人ほどが来院。休む間もなく、問診などをこなしました。
“産後ケア”の利用率は15%ほど。十分に普及していないことも課題です。
産後ケアを受ける母親は「弱い」?
札幌市は“産後ケア”事業を始めた当初、対象者について『家族などから家事や育児等の援助が受けられない』といった条件を厳しく設定していました。
しかし、利用のハードルを下げるため、2024年から対象を『すべての母親』に変更しました。
東京情報大学看護学部の市川香織教授は「ケアされて当たり前で、子育ては人手がいるんだよって、もっと気軽に産後ケアを使ってもらいたいと思っている」と、専門家の立場から話します。
“産後ケア”を必要とする全ての母親にサービスを届ける…。そのためには、行政が積極的に母親の背中を押すことが鍵になりそうです。
産後ケア事業を実施していない市町村もある
東京情報大学看護学部の市川教授によりますと、産後1か月で“産後うつ”になる可能性が高い母親は、10%ほどいると考えられています。
そして、育児への不安が大きい“産後うつ予備軍”もいると想定すると、産後ケアの利用率は、今後、20%ほどまで高めることが理想だとしています。
取材した複数の助産師は「“産後ケア”の予約を断らなければならない現状もある」と話していました。
施設の数は、まだまだ十分ではありません。
札幌市の“産後ケア”事業を受託している施設は、5月時点で31施設となっています。
ただ宿泊を実施しているのは、そのうちの半分ほどに留まっています。
北海道内の自治体では“産後ケア”事業そのものを実施していない市町村もあり、もっと施設を増やし、普及させていくことが、大きな課題となっています。
また、そうした施設の数を増やす取り組みと同じように、産後ケアには『質』も欠かせません。
どの施設でも、一定の質のケアを受けられるようにするために、担い手である助産師の人材育成も、重要な課題とされています。
6月4日、厚生労働省は『国内の出生数』を発表しました。2024年、国内で生まれた日本人の子どもの数は約68万人で、1899年の統計開始以来、初めて70万人を下回りました。
子育てをしやすい環境をしっかりと作っていくことは、もはや"待ったなし"と言えるのではないでしょうか。
連載「じぶんごとニュース」
文:HBC報道部
編集:Sitakke編集部あい
※掲載の内容は「今日ドキッ!」放送時(2025年6月6日)の情報に基づきます。