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“建築家 松岡恭子 まなざしの彼方へ” 「太宰府探訪」町の個性が少しずつ生まれ織り重なっていくことで希望が見える気がする

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太宰府天満宮の仮殿を訪ねる

学問の神様を拝み、参道をぶらぶらして梅ヶ枝餅を食べて帰る。そういう太宰府訪問も好きだけれど、今しか体験できない天満宮をご紹介。

太宰府天満宮の仮殿は令和5年5月に現れた、御本殿の大改修が終わるまでの3年間だけ、という期限付きの建築である。菅原道真公が生まれたのも亡くなったのも二十五日だったということで、毎月二十五日には月次祭が行われるほど天満宮にとっては25という数字が大切にされていている。だから天神様の薨去から1,125年を数える令和9年は特別な年であり、その時に修復された御本殿が姿を見せることになるという運びだ。修復は400年以上の歴史を誇る竹中工務店が手掛けている。

仮殿は御本殿の真ん前に「置かれている」。重要文化財なので土を掘るのは30センチまでと制限があるためだ。また3年後に解体されることからも、軽い建築であることが求められた。工期もとても短かった。全国天満宮の総本宮である境内の真ん中に設計することは、なかなか勇気の要る難しい仕事だったのは間違いない。

設計を手掛けたのは藤本壮介氏。現代建築界でもっとも活躍している建築家の一人だ。北海道で育った生い立ちを背景に、自然に対して建築はどんな向き合い方や融合の方法があるのかをテーマにしている。海外だとブダペストの公園の中の「ハンガリー音楽の家」、国内だと今話題の大阪・関西万博の会場デザインプロデューサーを担当していることでも知られる。

仮殿は、前に傾けた楕円形の屋根と、そこに植えられた多種の樹木たちが周囲の豊かな自然と連続して見えるのが全く新しい。一夜にして都から飛来したという飛梅伝説も思い出されるような、整然とした境内の中に突然現れた、空中に宿り来た自然。樹木たちには落葉樹も混ざり低木にも季節感があり、行くたびごとに様子が変わる。そしてその宙に浮いた自然の下に吸い込まれるように、潜(くぐ)り入り、手を合わせる人々の姿。日本人が古来より抱いてきた自然への畏怖を、ひとつのかたちに結晶した建築だ。

天満宮にある宝物殿では現在、この建築の軌跡を記す期間の長い展覧会「藤本壮介展」が行われている(2025年9月15日まで)。

会場の真ん中に置かれたテーブルには初期段階の検討模型がたくさん並んでいる。ありとあらゆる形態を出し切った感のある、私から見ると藤本さんが学生たちにも「ちょっとなにか考えてご覧」と作らせたのではないかと思うようなかたちがぎっしりだ。壁面には境内の写真にモンタージュした緻密な検討案が並ぶ。注目すべきは正面の壁に描かれた屋根の原寸図面、そしてその前に置かれた木で作られた境内全体の模型だ。図面は私たちのような専門家にとって屋根と植栽の詳細がわかってとても面白い。そして模型は、歴史の記録として天満宮に納めるものだ。

以前、老舗企業のヒアリングを続けている知人から聞いた話を思い出す。何百年と続いている企業の経営者の多くが、当代を時間軸の真ん中に置いて考える、例えば400年続いたのなら次の400年の合計800年を考えているということだった。この仮殿が解体されるときは、屋根の植物たちは移植されることになっているそうだ。こうして3年間の姿は別の「飛梅」になって生命を繋いでいく。太宰府天満宮の第四十代宮司の西高辻信宏さんも次の1,125年を考えているのだろう。

天満宮の敷地の中には文書館という建物もある。11月10日まで行われていた「With Others」という展覧会は、福岡が拠点の建築家、井手健一郎さんの事務所リズムデザインによるものだった。学生時代のスケッチに始まり、仕事を通じて出会った人、素材、環境を自作とごちゃ混ぜにした展示から、彼が模索し続ける真摯な建築の旅路を見せてもらった。こういう場を気前よく提供しているのも、変わり続けることによって変わらないという天満宮の姿勢なのかもしれない。

天満宮を出て参道から広がる魅力的な路地を歩く

この頃の大宰府は町に広がりが出ていることも触れておきたい。天満宮から駅へと続く参道沿いの店舗群が賑わっているだけでなく、その参道を背骨に例えれば肋骨の道にも立ち寄りたくなる場所が生まれている。

九州ヴォイス太宰府店は、参道から天満宮に向かって左に折れた道沿いにある。九州の各県でつくられた生活雑貨や食品のなかから、質もデザインも優れたものを選りすぐって置いている。その先には和菓子の藤丸がある。ここの「清香殿」は一度食べていただきたい。

参道から右に折れた路地にあるALBICOCCAといううなぎの寝床のように奥に長い建物には、デザインに興味のある人には響くアーティスティックなお店VELVET THE SHOW ROOMなどが並んでいる。一番手前にあるジュエリーはミラノ在住のMonica Castiglioniによるもので、私の目はいつも釘付けだ。その隣の建物はNISHIKIMACHIで、これも奥に長い敷地で、手前のパン屋さんLoop a Breadの横の路地の先にカフェtōn、一番奥には鮨ひら乃が並ぶ。これらのおかげで参道の賑やかさとは異なる時間を楽しめるようになった。つまり参拝客、観光客としてだけでなく「行きつけのお店」を持てる、年に何度も行きたくなる町になってきたのだ。

実は町には時間貸し駐車場がたくさんあって、それらは民家が壊されて生まれたのだろうから、昔より住民の数は減っているのかも知れない。しかし町の個性がこうして少しずつ生まれ織り重なっていくことで、希望が見える気がする。なんといっても千年の月日がこの地には堆積しているのだから、それを生かしていくのは現代人の務めでもあるのだなと思う。

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