【根岸吉太郎監督「ゆきてかへらぬ」】 これまで見たことのない広瀬すずさんがここに。妖艶で蠱惑的。俳優人生の「画期」となるだろう
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は静岡市葵区のシネシティザートで2月21日から上映中の根岸吉太郎監督「ゆきてかへらぬ」を題材に。主演は広瀬すずさん(静岡市出身)、岡田将生さん、木戸大聖さん。
見たことがない広瀬すずさんがいる。妖艶で蠱惑的。娼婦のような眼差しと稚気をはらんだ振る舞いが同居。大正末期から昭和初期の京都、東京を再現したセットの中で、本能と情念をさらけだす。広瀬さんの横顔で始まり後ろ姿で終わるこの映画は、彼女の俳優人生を振り返った時に「画期」として語られるだろう。
夭折の詩人中原中也と文芸評論家小林秀雄、俳優長谷川泰子の「三角関係」が主な筋立て。京都で下宿していた学生の中也(木戸さん)は、同棲していた泰子(広瀬さん)を伴って東京に出る。中也17歳、泰子20歳。そこで出会った小林(岡田さん)はまだ世に知られてはいなかった中也の詩を高く評価していた。
新進俳優として松竹の蒲田撮影所に通う泰子。小林は中也との交友を続けながら泰子に引かれていく。泰子は中也の元を去り、小林と暮らし始めるが、自分が彼ら2本を「つっかい棒」として生きていることに気づき煩悶。やがて精神が不安定な状態に陥っていく。
別れた女性が選んだのは自分が信頼する批評家。中也のジレンマと嫉妬が奇矯な行動となって表れる。一方で小林は泰子の中に中也を見ている。泰子は2本の支えがないと自立できない自分に気づき始める。
一人の女性(泰子)が二人の男性の運命を操るという単純な話ではない。一つ一つの場面の成り行きに、三人の微妙な力学が影響を及ぼしている。それがきちんと感じ取れるのは役者の力だろう。
田中陽造さんによる脚本の言葉が美しい。京都の下宿で中也と泰子が花札で勝負する場面が好きだ。泰子のせりふ。「旅回りをしておりまして、あぶれたときはこればっかりやっておりましたの。あなた、身ぐるみ剥がされるわよ」。広瀬さんの新境地がここに凝縮されている。
県内各地で撮影しているようだ。広瀬さんと柄本佑さんが言葉を交わす場面は沼津市の牛臥山界隈ではないだろうか。
(は)
<DATA>※県内の上映館。2月22日時点
シネプラザサントムーン(清水町)
MOVIX清水(静岡市清水区)
シネシティザート(静岡市葵区)
藤枝シネ・プレーゴ(藤枝市)
TOHOシネマズららぽーと磐田(磐田市)
TOHOシネマズ サンストリート浜北(浜松市浜北区)
TOHOシネマズ浜松(浜松市中央区)