「柏琳」で町おこしを 磯部戯作者 大河きっかけ
江戸時代の磯部に生まれた戯作者、仙客亭柏琳(せんかくていはくりん)が、当時の出版業界を描いた大河ドラマ「べらぼう」に登場する人物と関わりがあった―。きっかけは新磯観光協会の荒井優子会長がドラマを視聴中、「鶴屋」という聞き覚えのある名前に気づいたこと。持っていた全集を調べたところ、柏琳が出版した3冊の版元がいずれもドラマに出ている「鶴屋喜右衛門」であることが分かった。全集は、柏琳の子孫が経営する麻溝台の印刷会社が2016年に発行したもの。荒井さんは「このタイミングで柏琳を広げ、町おこしにつなげたい」と意気込んでいる。
観光協会会長が気づき
仙客亭柏琳(本名・荒井金次郎)は1798年頃、相州磯部村(現在の南区磯部)に生まれたとされる。江戸時代末期、農村に暮らしながらも「偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)」の作者として知られる戯作者、柳亭種彦へ自作の「花吹雪縁柵(はなふぶきえんのしがらみ)」と出版の願いを綴った手紙を送った。種彦はその熱意に打たれ、柏琳の作品は鶴屋喜右衛門のもとで1832年に出版された。冨嶽三十六景「神奈川沖浪裏」などで知られる浮世絵師、葛飾北斎が表紙絵を担当し、鮎の絵が描かれており、「磯部の名産である」と種彦が作品の冒頭で述べている。挿絵は武者絵や美人画などで知られる歌川国芳が担当した。この経緯について郷土史の研究者は「松本清張や司馬遼太郎などの作家に無名の新人が作品を持ち込み、角川や文芸春秋社から刊行されたようなもの」と評価した。
柏琳の作品は男女のいざこざや仇討ちが描かれる「花吹雪縁柵」のほか厚木市の寺院の言い伝えをもとにした「星下梅花咲(ほしくだりうめのはなざき)」や八百屋お七のパロディなどが描かれた「紫房紋(むらさきふさもん)の文箱(ふみばこ)」の3作。農村に住む柏琳がどのようにして作品が書けるまでの知識を身に付けたのかは不明だが、宝物探しや善人悪人の決闘などが描かれ、いずれも読者を楽しませるものになっている。
柏琳から5代目にあたる株式會社日相印刷の創業者、荒井徹さん・功さん兄弟は2016年に柏琳の作品を集めた「仙客亭柏琳翻刻全集」を出版した。「先祖供養」を目的に、国立国会図書館や大学図書館に所蔵されていた柏琳の作品を専門家の協力を得て翻刻。500部を発行し、市や博物館、郷土史研究団体などに寄贈した。
今回、「気が付いた」荒井さんは、徹さん・功さんと交流があったことから発行当時、その1冊を受け取っていた。「このタイミング(ドラマ放映中)で柏琳を広げる使命感に駆られた。磯部から出た人物を多くの人に知ってもらい、町おこしにつなげたい」と熱く語る。また、功さんの息子で同社の取締役を務める荒井慶太さんも「出版当時は正直あまりピンときていなかったが、ドラマを通じて柏琳の生きた世界が分かり、先祖として誇りに思う」と話す。今後は柏琳の人生を題材にした漫画やキャラクター化を検討し、先祖の功績を広げていく。
同書は市内の図書館や公民館図書館などで閲覧することができる。