少女6人を強姦、5人を生き埋め・餓死させた「デュトルー事件」とは?ベルギーの“闇”描く『マルドロール/腐敗』
日本からベルギーに訪れる人はそう多くないかもしれないが、首都ブリュッセルでは危険犯罪が大きな問題となっており、今年に入ってからも「欧州連合(EU)内で最も危険な都市の一つになりつつある」と報じられた。
かつて“テロリストの巣窟”とまで言われたブリュッセルでは 2023年に発生した故意殺人の件数がEU加盟国で上から2番目、ベルギー全体の殺人率ではラトビアとリトアニアに次いで3番目というデータもある(※ユーロスタット調べ)。
世界遺産に登録されているブリュッセル中心地の歴史的建築物や「天井のない博物館」と謳われる古都ブルージュなど豊富な観光資源で知られるベルギーだけに、治安悪化は大きな懸念材料だろう。
ベルギーを震撼させた連続殺人事件
そんなベルギーでも最も悪名高い連続殺人犯の一人とされ、今も多くの国民から忌み嫌われているという男がマルク・デュトルー。1996年に6人の少女を誘拐し性的暴行を加えた疑いで逮捕されたが、その過程で共犯者を含む5人を殺害したとして終身刑を宣告された。
控えめに言っても極悪人であるデュトルーについて人々の記憶が薄れないもう一つの理由として、1989年に5人の少女への強姦罪で逮捕された際に“わずか3年の刑期”で仮釈放されてしまったことに対する、警察・司法への不信感がある。これは当時大規模な抗議デモに発展し、国内の法執行機関の全面的な再編に繋がった。
生還した被害者女性が振り返る「地獄の80日間」
じつは数年前にも、デュトルーが少女たちを監禁していたとされる建物の取り壊し作業が開始、というニュースがベルギー国民の忌まわしい記憶を蘇らせた。デュトルーが逮捕された現場でもあるこの建物は解体後、小児性犯罪の犠牲者を追悼する記念が建てられたという。ただし地下室はそのまま保存することも検討され、これは再捜査を想定した遺族たちの要望でもあったようだ。
誘拐・監禁・強姦という生き地獄から生還した2人の少女のうちの一人であるサヴィーヌさんは、事件から8年後の2004年に回顧録を出版。長い沈黙を破りメディアの取材にも応えたが、顔が知られたことで「同情の視線もあったけれど、私がデュトルーに“されたこと”を想像する人々からの視線が最悪だった」と述懐している。
事件当時まだ12歳だったサヴィーヌさん。表舞台に立てるまでに長い年月が必要だったことは言わずもがな、回顧録の執筆も自らのトラウマ克服のために不可欠な過程だったのだろう。しかし当然ながら、その苦痛は我々の想像を絶するものだ。
「ベルギーの闇3部作」の鬼才監督が描く最新作『マルドロール/腐敗』
そのデュトルー事件を下敷きにした映画が、11月28日(金)より公開の『マルドロール/腐敗』だ。監督は『変態村』(2004年)、『地獄愛』(2014年)、『依存魔』(2019年)――いわゆる「ベルギーの闇3部作」で知られるファブリス・ドゥ・ヴェルツ監督である。
良い意味での悪趣味、露悪的な名作を多く輩出してきた欧州エクストリーム映画の中でも独自のポジションを築いているヴェルツ監督だけに、まだ記憶に新しい、多くの人が知るこの事件をストレートな実録ものとして映像化することはなかった。
とはいえ、ベルギー国内の警察組織の煩雑さ(※憲兵隊と自治体警察、司法警察が反目し合う状況)ゆえの機能不全っぷりなどはしっかり突きつけているのがポイント。それが少女失踪事件の捜査に支障をきたすだけでなく、本作の主人公、血気盛んな憲兵隊員ポールが精神的に追い詰められていく導火線の役割も果たしている。
あまりにも不穏なオープニングタイトルから、メンツを保つことしか頭にない上司や不真面目な同僚など、ポールのフラストレーションを強調。同時に少女たちに迫る禍々しい視線や、容疑者たちが浮かび上がる過程を描いていく。しかし実際の事件と同様、捜査は遅々として進まない。ただただ無能な警察のせいで。
中盤以降は、前フリ的に描かれたポールの“充実したプライベート”が破綻していく様子や、いわゆる“エプスタイン事件”を意識したような演出もあり、デュトルー事件にとどまらない小児性犯罪への怒り、司法や警察、メディアへの不満を感じさせる。「何人もの少女が殺される前に、何かできることがあったはず。誰かが“動く”べきだったのではないか」と――。
『マルドロール/腐敗』は11月28日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開