薬物密売「黙認」の村に惨殺死体!? 底なしズブ沼サスペンス『おんどりの鳴く前に』若き監督が語る
東欧ルーマニア発!底なし沼サスペンス
1月24日(金)より公開の映画『おんどりの鳴く前に』は、ルーマニアのパウル・ネゴエスク監督によるオフビートなブラックコメディーだ。不器用な田舎村の警官イリエ(ユリアン・ポステルニク)が、長年放棄してきた道徳的な考えを徐々に取り戻していく様を描いている。
舞台はルーマニア北東部、西モルドヴァ地方の穏やかな農村地帯で、モルドバとのやや緩い国境に近い場所。ここでの主な産業は「密輸」であり、村長コスティカ(ヴァシレ・ムラル)の指揮によって組織されている。イリエは警官でありながらも、村のために悪事を見て見ぬふりをしているのだ。だが、イリエの静かな生活は、真面目で正義感の強い若手同僚ヴァリの到着と、頭をかち割られた遺体の発見によって崩壊していく。
落ち着いたペースで進む物語の果てに訪れるクライマックスは、銃や斧を使った衝撃的な暴力が爆発し、まるでコーエン兄弟やクエンティン・タランティーノの作品を彷彿とさせる展開を見せるが、エンターテインメントとは距離を置いた厭世観を感じさせる。劇中に漂う猛烈なシニシズムは、かつて中東欧を席巻していた弾圧的な政治を揶揄しているかのようにも思える。
といっても、安易に政治に結びつけるのは抵抗がある。そこで、パウル・ネゴエスク監督に直接、本作の政治的側面、そしてルーマニアの映画制作について伺ってみた。
「多くのルーマニア人は自分たちを置き去りにした社会に怒りを抱いている」
―皮肉や悲しみに満ちあふれた物語でした。主人公のイリエは、ことなかれ主義かつ考え無しで行動しているように見え、ある種、人生を諦めている感じがします。ルーマニアではイリエの様な生き方をしている人は多いのでしょうか?
ルーマニアの男性は大体、彼のような人間性だね。でも、考え無しではないんだ。むしろ考えてはいるんだけど、その考えが“愚か”なんだ。そこが問題だと思う。ルーマニアの多くの男性は感情を表現することが下手でね。感情的になることが許されていない文化があるから、自己防衛として気持ちを表す前に考える傾向がある。イリエは、その考えが愚かで良くない結果を生んでいるんだ。
―ルーマニアは、前世紀の後半まで独裁政権により政治的に国民は弾圧されていました。『おんどりの鳴く前に』の舞台となる村で起こる一連の出来事は、あの時代の弾圧への怒りを表現したように感じたのですか、いかがですか?
イリエだけでなく多くのルーマニア人は、自分たちを置き去りにした社会に対して怒りを抱いている。ルーマニアは50年前には共産主義国家だったけれど、それは人々が期待した共産主義ではなかったんだ。理念的には「人々のため」だったけれど、まだ準備ができていない人々に無理やり変化を促した独裁政治であり、共産主義がもたらすべき社会的利益よりも、独裁的な支配を重視したものだった。共産主義の利点として貧しい人々には仕事、医療、教育が与えられたけれど、社会的な連帯感は存在しなかった。そして共産主義は強固なものとならず、そこに連帯感はなかったんだ。そしてポスト共産主義時代において、この連帯感の欠如はさらに悪化した。
イリエという男の姿は、多くのルーマニア人が現在感じている状況そのもの、共産主義時代にあったセーフティーネットさえも外されてしまった人々の姿を反映しているんだ。2024年11月にルーマニアでは大統領選挙と議会選挙の2つがおこなわれたけれど、議会選挙では、議席の約40%が極右政党によって占められた。大統領選挙では、最終ラウンドに極右候補が含まれていて、他の問題により選挙が無効になったんだ。現代においても、問題は依然として続いていると感じるよ。
「主演俳優には現場に入る前に“瞳の輝き”を消してもらった」
―非常に複雑な背景があると認識しました。その複雑さ故、イリエも村長も明確に善と悪に分けられない感覚があり、とても面白く感じました。物語の構築には、かなり苦労されたのでは?
様々な観点がある脚本は僕も気に入っているよ。特にイリエのキャラクター性は面白いと思っている。彼は完全な善人でも悪人でもない。最後には正しいことをするんだけれど、それはヒーロー的な気質からではなく、全てを失った自棄っぱちな気持ちからの行動だし、自殺行為とも言える。だって、“正しいこと”をした後に、何が待っているか? なんて全く考えていないんだ。当然、イリエ自身も何の期待もしていなかったと思う。
―イリエを演じたユリアン・ポステルニクさんの演技が素晴らしかったですね。
コロナ禍だったこともあって、キャスティングには1年半かかったよ。そんな中、ユリアンに出会えたのは幸運だった。知っての通り、イリエは“良い奴”ではないから観客に好かれるのは難しい。でも、演じたユリアンには不思議な重力があって、観客を引き込むことができるんだ。
ルーマニアの多くの映画は、感情表現を抑えたミニマルな作品が多い。でも『おんどりの鳴く前に』は、各々のキャラクターの表情が豊かな作品にしたかった。その点、ユリアンの表情豊かな演技が役立ったよ。ただ彼は非常にインテリジェントな人間なので、瞳にそれが現れてしまってね(笑)。現場に入る前に、瞳の輝きを消してもらったよ。
―ユリアンが猫背なのも良かったのですが、あれはディレクションしたのでしょうか?
いや、していないよ。ユリアンには「あまり幸せじゃない惨めな男だ」とは伝えたんだけど……彼が言うには「撮影中、ずっと下を向いて考えごとをしている監督の姿が惨めに見えたから真似した」とのことだよ(笑)。
―物語もそうですが、映画の色彩も田園風景から鮮烈な血の色まで表情豊かです。ミニマルから離れて、これまでのルーマニア映画と違った作品を撮りたいという気持ちが伝わってきました。ルーマニアにおける映画制作でユニークな点はありますか?
ルーマニアの映画製作においてユニークだと思うのは、助成制度かな。多くの他のヨーロッパ諸国では助成金の決定プロセスが公開され、脚本家の名前が明らかにされるとともに、映画祭での評価が重要な役割を果たす。一方、ルーマニアでは脚本家の名前は匿名で審査されるんだ。
ただ、この制度ではポイント制の評価方法が採用されていて、映画祭で高い評価を受けた経験豊富な監督が、より多くのポイントを獲得できる。その結果、若手の映画監督が助成金を獲得するのが非常に難しくなるんだ。この部分については、若手に公平な機会を与えるためにも変化が必要だと思っているよ。
取材・文:氏家譲寿(ナマニク)
『おんどりの鳴く前に』は2025年1月24日(金)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺、京都シネマほか全国順次公開