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【倉敷市】GRAPE SHIP ~ 次世代に希望をつなげるマスカット・オブ・アレキサンドリアのナチュラルワイン造り

倉敷とことこ

GRAPE SHIP ~ 次世代に希望をつなげるマスカット・オブ・アレキサンドリアのナチュラルワイン造り

岡山県倉敷市船穂地区はブドウの産地として知られています。山肌には数多くのハウスが並び、温室栽培も盛んです。

なかでもマスカット・オブ・アレキサンドリアという品種は、9割が岡山県で栽培され、そのほとんどが船穂地区から出荷されています。

倉敷市出身の筆者は「マスカットと言えば、マスカット・オブ・アレキサンドリア」と聞いて育ちましたが、最近は事情が変わってきているようです。種なしで皮を食べられるシャインマスカットに人気が移り変わってしまいました。

需要の低下に伴い生産者が減るなかで、船穂地区の文化を守るためマスカット・オブ・アレキサンドリアでワイン造りをしている人がいます。

ワイナリー「GRAPE SHIP(グレープ シップ)」の松井一智(まつい かずのり)さんです。松井さんのワイン造りをとおしての活動や、マスカット・オブ・アレキサンドリアに対する想いなどを取材しました。

松井さんのナチュラルワインとの出会い

松井一智さん

倉敷市出身の松井さん。関西でフレンチシェフとして働いていた経験があり、料理とワインの研究のため2006~2007年にフランスへ留学しました。留学前に、松井さんはフランスに渡り、現地で活躍していたナチュラルワイン醸造家の大岡弘武(おおおか ひろたけ)さんを訪ねます。この出来事がのちの松井さんの人生を大きく変えることとなりました。

ナチュラルワインとは化学薬品を使わずにブドウを栽培し、醸造するワイン

約1か月後あらためて留学のためフランスに渡りましたが、料理の研修先から「人が決まったからダメだ」と言われて受け入れを断られてしまうことに。

出端をくじかれてしまった松井さん。大岡さんにワイナリーの手伝いを必要としているか相談したところ、受け入れてもらうようになりました。

ワイナリーを手伝うまで、シェフとしてずっと屋内で働いていた松井さんは、外で働くのが気持ちよかったと言います。しだいに農家になりたいとの想いが募りました。

帰国後は再び飲食業に戻りましたが、外で働きたい気持ちは変わりませんでした。農業をするなら故郷に戻って親の近くで始めたいと思っていたところ、倉敷市でマスカット・オブ・アレキサンドリアの新規就農の募集を発見。このときはワインを作るよりは、農業がしたい想いで応募したそうです。松井さんが新たな人生を歩み始めたのが2010年のことでした。

フランスでナチュラルワインに感銘を受けた松井さんは、自分が飲みたいワインを造りたいと思い、ワイン造りへと進みました。

小高い場所にある松井さんのブドウ畑

2019年には初めてナチュラルワインが完成し、船穂地区の丘にワイナリーが誕生したのは2021年。以来、着実にファンを増やしていきました。筆者も飲食店で食事をするときに店主から「GRAPE SHIPさんのワインを入荷したよ」とうれしそうに教えてもらったことが何度かあります。GRAPE SHIPの空ボトルを飾っている店もあります。一般客はもちろん、飲食店からも愛されているようです。

現在、手掛けているナチュラルワインは大きく三つ。白ワイン(マスカット・オブ・アレキサンドリア)仕込みの「mellow」、赤ワイン仕込みの「mellow ブルーラベル」、ロゼの「朱」です。

記憶に残る収穫体験

GRAPE SHIPの活動はワインの醸造だけではありません。地域と連携する事業もしています。そのひとつが、船穂地区にある、たから保育園の園児による収穫体験です。

地域の特産物や農業という仕事を知ってもらう目的で始めた「記憶に残る収穫体験」は、今年(2024年)で4年目。

マスカット・オブ・アレキサンドリアを収穫し、絞ってジュースを飲む体験を取材しました。

ブドウ狩り

ブドウ狩りについて簡単に説明があったあと、園児たちはマスカット・オブ・アレキサンドリアのビニールハウスへ。

ビニールハウスでブドウの採りかたを教える松井さん

大人が楽に作業ができる高さにブドウがなっていました。しかし、園児たちにとっては高くて手が届きません。大人に踏み台を支えてもらいながら収穫しました。

体験したのは10月中旬。収穫時季としては終わりのほうです。

園児たちは教えられたとおり、落とさないように房の下を持って切っていました。

「見てみて!大きいの採れた!」「これ採りたい!」元気で楽しそうな声があちこちから聞こえ、笑顔があふれました。

味見をしてもいいよと言われ、パクリと食べた子は「甘い」「おいしい」と笑顔。筆者も一緒にいただきました。マスカット・オブ・アレキサンドリア特有の上品で爽やかな甘さが口に広がります。

子どもたちの力で、あっという間にカゴいっぱいにマスカット・オブ・アレキサンドリアが集まりました。

果汁を絞ってジュースに

次は収穫したばかりのマスカット・オブ・アレキサンドリアを絞って、ジュースにして飲みます。

大人の力を借りながら、園児たちが箱から機械へマスカット・オブ・アレキサンドリアを移しました。

専用の機械で圧力をかけてゆっくりと果汁をしぼり出します。園児たちは興味津々。果汁が出てきた瞬間に歓声が上がりました。

絞りたてのジュースをみんなに配って、乾杯。園児たちにとってもおいしかったようで、おかわりが続出しました。なかには3杯飲んだ園児も。なお、3杯で1房分になるそうです。

地元の特産品を収穫し、目の前でジュースにして、飲む。貴重な体験を子どもの頃にできるのは、ぜいたくで恵まれていると思いました。最初から最後まで笑顔いっぱいだった園児たち。きっと楽しい思い出として残ることでしょう。

ナチュラルワインを製造するだけでなく、子どもへ食育体験もするGRAPE SHIP。代表取締役の松井一智さんに話を聞きました。

マスカット・オブ・アレキサンドリアで仕込む意味

倉敷市船穂地区でブドウを栽培し、ワインを造るGRAPE SHIP。代表取締役の松井一智(まつい かずのり)さんに話を聞きました。

──需要がマスカット・オブ・アレキサンドリアからシャインマスカットに移行しているなか、作り続けているこだわりを教えてください。

松井(敬称略)──

新規就農の募集がマスカット・オブ・アレキサンドリアに定められていたので、それを扱いました。僕がブドウ栽培をしているうちに、シャインマスカットブームが起こります。シャインマスカットが人気になり、ブドウ全体が好景気になるんですね。

一方で、どんどんマスカット・オブ・アレキサンドリアの生産者が減少して、たぶん今は船穂地区で10人くらいしか作っていないです。

シャインマスカットでもワインは造れます。日本全国で作られている品種ですからね。

でも、130年も岡山県で作られているマスカット・オブ・アレキサンドリアの歴史が途絶えるのは寂しい、と思って作り続けています。

白ブドウの総称をマスカットって言うじゃないですか。それくらい日本人になじみのある味と香りなんですね。マスカットっていう言葉ができるぐらい普及したのは、実は岡山県民の努力であると僕は思っています。それがシャインマスカットに変わってしまうのは寂しいので、食用も辞めずに手掛けています。後世に残せれば良いですね。

マスカット・オブ・アレキサンドリアにこだわっている他の理由は、造りたいワインに必要だから。僕が20代のときに、大岡さんが作っていたナチュラルワインで初めて飲んだのがマスカット・ハンブルグ(マスカット・オブ・アレキサンドリアと黒品種のブラックハンブルグの交配種)という品種のワインでした。

このワインに出会った感動を周りの人に伝えたくて、そして自分でも飲みたくて。マスカット・オブ・アレキサンドリアと黒の品種を混ぜてロゼワイン「朱」を作りました。

朱(2019年に撮影)

リスクのないワイン造りを広めたい

──ワイン造りのメリットは何ですか?

松井──

一世帯当たりの耕作面積って非常に狭いんですね。なので、面積の狭いところでは高品質・高単価で利益を上げる必要があります。

最近、農業者が減ってきているなかで、ひとり当たりの耕作面積を増やさなければならない。でも価格帯は変えないためには、加工するのがもっとも良い手法だと思います。そのなかでもワインっていう選択は上を目指せます。うちはそこまで利益を上げる気がないですけどね。

ひとり当たりの生産面積が増えれば、耕作放棄地の解消にもつながります。高品質なブドウ作りを辞めずに、加工をプラスすれば収入が増えて、労働時間の分散にもなる。僕が実践しているやりかたを、この地域に来てくれている若い人が真似てくれれば、なんとなく生計が見えてくると思います。

ナチュラルワイン造りって基本リスクしかないので。ナチュラルワインには有機栽培のブドウが必要です。でもワイン造り以前に、ブドウを有機栽培することがリスクなんですよ。有機栽培を名乗るには認証の取得が必要で、それを取る自体がばかげているらしくて。岡山県内で認証を取ったのは僕だけです。他の県で認証を取られているかたがいるなかで、「誰も取らないんだったら自分が取ろう」と思って取得しました。

ワインに酸化防止剤などの添加物を入れないので、安定しないのもリスクです。

ナチュラルワインは味のムラもあるし、安定もしないので、人工的に作るほうが安定した数値を出せるんですけどね。でも毎年味のムラがあって、それがそのまま年の味でいいんじゃないかと思っています。

岡山ならではのGRAPE SHIPのナチュラルワインの楽しみかた

──出荷シーズンは、地元の飲食店も心待ちにしている印象があります。

松井──

足りないって言ってくれる環境がありがたいですね。

基本的に、GRAPE SHIPのワインは地元で消費されています。輸送自体がナチュラルでないと思っているので、なるべく地元で消費されるべきと考えています。

──岡山ならではのGRAPE SHIPのナチュラルワインの楽しみかたはありますか?

松井──

地域の食材や加工品で合わせてもらいたいですね。地元の食材で、地元で採れたものを、地元の人が消費する。

先日、あるマーケットで倉敷市茶屋町の魚春(うおはる)さんと一緒に仕事をしました。魚春さんがすべて高梁川流域の魚でワインに合わせてくれて。漁師がお金にならないからとリリース(釣った魚を殺さず、水に戻すこと)するような魚もちゃんと加工して、そういうものもおいしく食べられると示してくれました。そのような魚料理に、主催者がリクエストしてくれたナチュラルワインを持って行って、一緒にイベントをさせてもらいました。

とてもありがたかったし、地元のものとワインを合わせてもらえるのがうれしかったですね。県外の人はもちろん、地元の人もそうやって味わってもらいたいです。

魚春の外観

魚春さんが目を向けられていない魚を大切にするように、僕もブドウ農家のありかたや考えかた、足元を見て、地域に消費されるものを作ります。自分たちが岡山はいいところだよと思える環境を築きたいですね。

挑戦し続ける松井さん

──今、挑戦していることはありますか?

松井──

桃のナチュラルワイン造りですね。来年(2025年)の夏に出そうと思っています。近所に有機栽培で桃を栽培している農家さんがいまして。有機栽培するっていうことは、きっとロスも多いと思うんです。もしそれを廃棄するなら分けてほしいとお願いしました。

醸造所の外観

すでに有機栽培ではない、ふつうの桃ですけど、ワインにするテストはすませています。有機栽培の桃がほしいなと思っていたところに縁があって、手に入ることになって。

テストでは、白鳳と清水白桃と分けて醸造したら、品種特製が全然違って。びっくりしました。桃らしい香りがするのは白鳳でした。白鳳はシルキーな桃で、それをワインで飲むと、さらっと流れるように香りが入って本当に桃を食べているような香りがします。糖度が低いので、辛口です。清水白桃は味が良いですね。

おわりに

筆者がGRAPE SHIPの存在を知ったのは倉敷市内の飲食店。倉敷市でクォリティーの高いナチュラルワインが造られているんだと店の人がうれしそうに教えてくれたのを覚えています。

こだわって造っているため生産量は多くありません。たまたま残りわずかだけれど提供できる店に行けて、朱を飲みました。ほど良いマスカットの芳醇な香りがするのに、飲み口は軽めのドライ。マスカット・オブ・アレキサンドリアで造るワインは甘くて、食前酒のイメージがありましたが、食事に合わせたくなる味に驚きました。マスカット・オブ・アレキサンドリアの新しい境地に出会った瞬間でした。

松井さんが造るナチュラルワインはただおいしいだけではありません。取材を通して、岡山のブドウの文化を守り、耕作放棄地の解消につながることを知りました。

子どもたちへ農業のありかたや地域の宝を知る機会を食育活動をとおして提供しているのにも、感動しました。

GRAPE SHIPのナチュラルワインを起点に、新たな食文化が育つような気がします。今後も松井さんの活躍から目が離せません。

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