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【あんぱん】やなせたかしの人生と深く響き合う第13週。数々の名場面と"サブタイトル"に込められた意味

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【あんぱん】やなせたかしの人生と深く響き合う第13週。数々の名場面と"サブタイトル"に込められた意味

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「サラバ 涙」について。あなたはどのように観ましたか?



※本記事にはネタバレが含まれています。



『アンパンマン』の原作者で漫画家・やなせたかしと妻・小松暢をモデルとする今田美桜主演の朝ドラ『あんぱん』第13週「サラバ 涙」は、やなせたかしの人生と深く響き合うサブタイトルだった。



一見すると涙に別れを告げるような印象を受けるが、実際はそうではない。ご存知のように、やなせが作詞した「手のひらを太陽に」の歌詞の中に、生きているからかなしいというフレーズがある。悲しみもまた生きている証だ。この楽曲が生まれたのは、やなせ自身が鬱状態で暗い部屋に閉じこもっていた時期。懐中電灯を手のひらに当てて血管が透けて見えた瞬間、「こんなぼくでも、生きているんだ」と感じたエピソードは有名だ。



つまり「サラバ 涙」とは、涙を拭い去って明るい未来に向かうのではなく、涙とともに生きる力を見つけることなのだろう。



1946年(昭和21年)1月、終戦から5カ月が経った日本。食料難で町には戦争孤児が溢れ、学校ではGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の指示で軍国教育からの転換が図られ、教科書のほとんどが墨で黒く塗りつぶされていく。そんな混乱の中で、のぶ(今田美桜)は海軍病院で一進一退を続ける次郎(中島歩)に教師を辞めることを打ち明ける。戦争に加担した責任に苦悩するのぶの前で、次郎は速記で「大きな夢」を記すが、数日後に息を引き取った。一方、復員してきた嵩(北村匠海)は弟・千尋(中沢元紀)の戦死を知り、高知の焼け野原でのぶと4年ぶりに再会する。



「うちは子どもらに間違うたことを教えてきました。日本は必ず勝ちますと...」。軍国少女として育ち、「愛国の鑑」と呼ばれた教師として子どもたちに戦争の正義を説いてきた自分への深い自責の念を吐露するのぶ。嵩との再会では「うち生きちょってええがやろうか」と自らの存在意義まで問いかけた。子どもたちの純真な心を軍国主義で塗りつぶしてしまった罪悪感は、のぶを深い絶望の淵に追い込んでいた。



次郎を失った悲しみに暮れるのぶが、愛する豪(細田佳央太)を戦争で失った蘭子(河合優実)の前で初めて涙を流した場面も心に残る。次郎の初七日が過ぎ、朝田家に顔を出したのぶに、蘭子は「塞ぎ込んでいたら次郎さんが悲しむ」と言ってそっと抱きしめた。戦争で大切な人を失った者同士の静かな慰めがあった。



次郎の残した速記には「のぶへ 自分の目で見極め、自分の足で立ち、全力で走れ!絶望に追いつかれない速さで それが僕の最後の夢や」と記されていた。次郎がのぶにくれたカメラと速記という二つの「技術」が、のぶの新たな人生の突破口となる。速記を学んだのぶが闇市で人々の会話をメモしている場面で、高知新報の東海林(津田健次郎)が「素晴らしいね!好奇心、探究心、しぶとさ、ずうずうしさ、新聞記者に必要なものを全ても持ち合わせちゅうき」とのぶを評価し、記者として採用するきっかけを作った。



4年ぶりに再会した嵩との対話シーンは、この週のハイライトだった。「正義なんか信じちゃいけないんだ。そんなもの簡単にひっくり返るんだから。でも、もし逆転しない正義があるとしたら...全ての人を喜ばせる正義なんてこの世にあるかどうかわからないけど、僕はそれを見つけたい」という嵩の言葉は、やがて生まれる「アンパンマン」の精神の原点を感じさせる名セリフだった。



再会した2人は、その後について何らかの約束をするわけではない。しかし「ほいたらね」という確かな日常の挨拶が、戦争を経た二人の新しい関係の始まりを告げているようで胸に迫る。



のぶが高知新報の記者として採用される場面では、面接で「世の中がガラリと変わり、自分の価値観もひっくり返りました。私が信じていた正義は間違っていました。今度こそ間違えんように、周りに流されず、自分の目で見極め、自分の頭で考え、ひっくり返らん確かなものをつかみたいがです」と語った。嵩との対話で語られた「逆転しない正義」への思いと共鳴する力強い決意表明だろう。



東海林はのぶについて、「彼女は今の女性たちの代表だと言うてもええ。戦時下の教育で、多くの純粋な女の子たちが軍国少女となり、敗戦で自分の信じてきたものを、いや、自分自身を墨で塗りつぶされたがや」と言う。朝ドラヒロインの多くが反戦スタンスだったのに対し、のぶを戦争に積極的に加担した人物として描いたのも、こうした「戦時下の多くの女性たち」の1人として、そして「個」を墨で塗りつぶされて全部同じ色に塗られてしまった1人としてだろう。



次郎の母・節子(神野三鈴)は羽多子(江口のりこ)に「カメラも速記も次郎の趣味をあんなに熱心に引き継いでくれらあて、私も嬉しいがです」「のぶさんも気兼ねのう幸せになってほしいがです」と語る。戦後、「家」からのぶを一人の女性として解放し、なおかつ息子の遺したものをのぶの新たな旅の一助として手渡した形だ。



戦争という極限状態を経験した登場人物たちが、それでも生きることを選び、他者を思いやる心を失わない。この普遍的なメッセージこそが、やなせたかしが生涯をかけて伝え続けたものだった。



第13週「サラバ 涙」は、確かに多くの涙を流させる週だったが、その涙の先にある希望の光こそが、この朝ドラの真の魅力なのである。


文/田幸和歌子


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