焼肉横丁の一角で半世紀注ぎ足された焼き肉のタレに舌鼓。浅草『金燈園』<前編>【街の昭和を食べ歩く】
文筆家・ノンフィクション作家のフリート横田が、ある店のある味にフォーカスし、そのメニューが生まれた背景や街の歴史もとらえる「街の昭和を食べ歩く」。第2回はかつての「国際マーケット」の一角にあり、闇市由来ともいわれることがある浅草・焼肉横丁の『金燈園(きんとうえん)』で、1964年の創業から注ぎ足されてきた【焼き肉のタレ】。前編では、ロースターで焼いた肉をそのタレでいただき、その味わいにフォーカスします。
昭和の懐かしさが残る路地裏の老舗
炭火でバーベキューをするのは大好き。しかし焼き肉、といったら断然「ロースター」派である。そして細い金網で焼くより、目の粗い四角い鉄板でジュージューいくのが一番食欲をそそられてしまう。
昭和以来の焼き肉店で見るこのロースター、いったいメーカーがいくつあるのか分からないけれども、今まで出合ったものはいずれもみんな小ぶり。現代人にとっては、焼き台の板面がずいぶんささやかな面積に思える。だからか卓につく人たちは、ロースターを包み込むような格好になって肉をつつく。そんな人々の若干丸まった背中もいい。
肉も、最上級じゃなくて正直いいんです。それより内心求めてしまうのは、タレの味。昔かたぎの焼き肉屋さんは、タレの甘みが強かった記憶がないだろうか。最近はタレも進化を遂げて、さまざまな種類があるし、塩をつけて食べるのも一般的である。それでも私は、甘い醤油ダレをたっぷりつけて肉を食いたいのだ!
こんな懐かしさの揃う店が裏路地にあったなら、たまらないと思うでしょう? あるのです、浅草に。
戦後、韓国・済州島から日本へ渡り創業
そこは人呼んで、「焼肉横丁」。
ネットなどではこの名が通っているが、大昔、終戦後まもなくは、「国際マーケット」と言われた一角だった。在日コリアンたちが古くから集住し、昭和戦後期らしい経緯で生まれた飲食街なのだが、そのあたりの話は後半でふれるとして、まずは狭い路地へと入っていこう。細道に止めてある自転車、無造作にでんと置いてある業務用冷蔵庫……人の暮らしの証を横目に進んでいき、ガラガラと引き戸を開ける。お邪魔します。やってきたのは『金燈園』。
「済州島出身の私の祖父母が店を開いたのですが、たしか朝鮮戦争の前後(1950年代前半)くらいに日本に来たように聞いています。青森にも住まいがあったそうです」
店主の西原正浩さんは言う。戦後長く、この一角の住人は、朝鮮半島の南西に浮かぶ済州島の出身者が多かった。島を出て、昭和20年代には浅草に到達していた西原さんの祖父母。創業に至った詳しい経緯は伝わっていないものの、焼き肉店としてスタートを切ったのは昭和39年(1964)、昭和東京五輪の年。この店には、その時以来のアレがある。そう、甘いタレ!
「つけダレ、もみダレ、ホルモンダレ、この3種類は祖母が開店したときから注ぎ足しながら使っています。水は一切入らないので傷むこともありませんよ」
厨房内の年季の入ったタレの壷も見せていただいた(何をどう配合しているかは企業秘密)。フタを開けると甘美な香りが漂う。さあさっそく、ホルモン900円とレモンサワー400円でいこう。値段もかなり良心的である。
秘伝のタレでいただくホルモン。箸が止まらない!
「昔からの仕入れ先がいい肉を安く卸してくれますし、新しい仕入れ先も組み合わせて、値段をなるべく上げないようにしているんですよ」
控えめにほほえむ西原さんはただちに厨房内に戻る。数分後、運んできてくれた新鮮なホルモンは、半世紀注ぎ足されたタレがからんでしたたり、つやつや、つるりと潤っている。思わず生唾をゴクリと飲み込む——。
西原さんは慣れた手つきでシュッとマッチを擦り、黒光りする鉄板の間に差し入れる。ロースター、起動!
鉄板が熱々になったところでホルモン投下。このとき、
「皮から焼いて、次に脂のほうですね。そのあとはあまり何度もひっくり返さないほうがおいしいですよ」
西原さんから丁寧に教えてもらい、最初の一つ二つは忠実に従いながらも、あとはドンドン鉄板に肉を広げてしまう我が指をとめられない。鉄に爆ぜる肉の音、香ばしい匂いとからまるロースターの景色が良すぎて気が急くのである。
早速焼き上がるや二つくらい連続で、つけダレにたっぷりつけて口へ放りこむ。はあ……うまい。間違いないうまさと、なつかしい甘さを、さわやかなレモンサワーで流し込む。これを反復する幸福。
実は何気ないこの一連の行為のなかに、いくつもの歴史的背景が織り込まれている。それはこの魅惑の横丁の成り立ちとも絡んでくる——。
金燈園(きんとうえん)
住所:東京都台東区浅草2-13-1/営業時間:17:00~21:30(土・日は10:00~、祝は11:30~)/定休日:火・水/アクセス:つくばエクスプレス浅草駅から徒歩2分
取材・文=フリート横田 撮影=フリート横田、さんたつ編集部
フリート横田
文筆家、路地徘徊家
戦後~高度成長期の古老の昔話を求めて街を徘徊。昭和や盛り場にまつわるエッセイやコラムを雑誌やウェブメディアで連載。近著は『横丁の戦後史』(中央公論新社)。現在、新刊を執筆中。