北九州市に学ぶ、子育て支援の“本当に必要な形”とは
「この制度、うちの地域にもあったらいいのに」
北九州市が実施している「ファミリー・サポート・センター」の取り組みを知った私は、思わずそうつぶやきました。保護者が仕事や用事で手が離せない時に、地域のサポーターが子どもの預かりや送迎を行ってくれる。しかもその利用料が1時間あたり500円(ワンコイン)というから驚きです。
自治体の子育て支援制度は数あれど「これ、本当に使えるかも」と感じる仕組みには、なかなか出会えません。でもこの取り組みは、制度の内容だけでなく、実際に利用した保護者からのリアルな声にも支えられていることがよく分かります。
支援が「ある」のと「使える」のは別の話
最近では、多くの自治体が少子化対策として、さまざまな子育て支援に力を入れています。「保育園無償化」や「出産応援給付金」など、制度そのものは増えている印象もあります。
でも、実際に子育てをしていると、「あっても、使いこなせない」制度が多いのが現実です。例えば、わが家でも共働きで二人の子どもを育てていますが、夕方のちょっとした時間に誰かに預かってもらえる選択肢が少なく、仕事と育児の両立にはいつもギリギリの綱渡り状態です。急な残業や通院の時は、保育園の延長保育を利用しようとしても時間の制約があって使いにくく、周囲に頼れる人もいません。そんな中で、「子どもを安心して預けられる地域サポート」は本当にありがたい存在でしょう。
北九州市では「シン・子育てファミリー・サポート事業」として、子育てを「支援してほしい方」(依頼会員)と「支援してくださる方」(提供会員)が会員となり、保育施設等への送迎や放課後の預かり、軽度の病児預かりなどを地域で支え合う取り組みを行っています。利用者は事前登録とマッチングを経て、必要な時にサポートを受けられる仕組みです。
しかも、利用料金が従来の1時間あたり800円からワンコイン500円に引き下げられ、一方で提供会員への報酬は1000円に引き上げられました。差額は市が負担するという画期的な制度設計になっています。
ファミリー・サポート事業自体は全国の自治体で実施されていますが、北九州市独自の取り組みとして、北九州タクシー協会と連携したタクシー送迎支援(対象地域で1000円クーポンを3カ月ごとに6枚配布)、認可外保育施設や大学スペースを活用した預かり場所の確保なども実施。利用者と支援者双方の負担を軽減する工夫が随所に盛り込まれており、育児中の家庭にとってはかなりの負担軽減と言えるでしょう。
いまの子育てに必要なのは「手が届く安心感」
少子化や核家族化が進む中、子育て家庭の孤立感はますます深まっています。保護者が1人で抱える負担は大きく、「頼れる人がいない」「気軽に助けを求められない」と感じている方も少なくありません。
その点で、こうした地域密着型の制度は、利用者の日常的なニーズに寄り添った身近な支援として機能していると感じます。
育児に関する制度は、どうしても保育園の待機児童解消や高額な教育費負担の軽減など、「制度的・経済的な大きな課題」への対応に注目が集まりがちです。しかし実際には、「急な残業で迎えが間に合わない」「体調不良なので病院に行きたい」「たまには一人の時間が欲しい」といった日常の小さな困りごとに手を差し伸べてくれる仕組みこそが、継続的な安心感に繋がります。
もちろん、ファミリー・サポート事業は事前登録や提供会員との顔合わせ(マッチング)が必要で、当日の急な依頼には対応しにくいという限界もあります。それでも、事前にマッチングが成立していれば、1時間だけ子どもを見てもらったり、保育園の迎えをお願いしたりと、顔の見える地域の誰かが助けてくれる安心感は大きいものです。お金では買えない信頼関係が、制度の中に宿っているのではないでしょうか。
「こんな支援があったら助かる」が、かたちになっている
もちろん、どんな制度にも課題はあります。援助会員の登録や教育、マッチングの手間など、運営側の努力があってこその仕組みです。でも、この制度の特徴は、利用者と支援者の双方にメリットがある三方良しの関係を築けることでしょう。
利用料金は従来より300円も安くなり、一方で支援してくださる提供会員への報酬は200円アップ。その差額500円を市が負担することで、利用者には「使いやすさ」を、支援者には「やりがい」を提供している仕組みです。
実際にこの制度改革の効果は数字にはっきりと表れています。リニューアル前の2023年度と比較すると、依頼会員の入会者数は213名から359名へと約1.7倍に増加、依頼と提供の両方に登録している会員も44名から79名へと約1.8倍に、活動件数に至っては7500件から9000件へと1.2倍にそれぞれ大幅に増加しました。制度が継続可能であるだけでなく、実際に多くの市民に「信頼され、選ばれている制度」として機能していることが分かります。
制度設計には、利用者のニーズだけでなく、支援する側のモチベーションも考慮する必要があります。北九州市のように、行政が差額を負担してでも「使いたい人が使いやすく、支援したい人が支援しやすい」環境を整える。そんな仕組みをどう作るかが、子育て支援を根づかせるヒントになるでしょう。
制度が生活の選択肢になる未来へ
子育てをしていると、「制度があること」と「実際に使えること」との違いを強く実感します。北九州市のように実際に使われて、頼りにされている制度があることは一つの希望です。
全国的に見ても似たような取り組みは各地に広がりつつありますが、制度を知ってもらい、利用者・支援者の登録のハードルを下げ、安心して利用できる環境づくりが求められます。
そのためには、制度の存在を知らせるだけでなく「実際に使った人の声」や「どんな時に使えるのか」といった具体的な情報の発信が欠かせません。支援制度が特別なものではなく、生活の延長線上にある選択肢として認知されるようになれば、もっと多くの家庭がその恩恵を実感できるはずです。
誰かに頼っていい。そんな選択肢が、もっと自然に持てるように。制度が「特別な支援」ではなく、日々の暮らしに根付いた「当たり前の支え」となる未来を、心から願っています。