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襲名披露の八代目菊五郎・菊之助『連獅子』に喝采! 團十郎の荒事、松緑の世話物と充実の歌舞伎座『六月大歌舞伎』夜の部観劇レポート

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夜の部『連獅子』(左より)仔獅子の精=尾上菊之助、親獅子の精=八代目尾上菊五郎

2025年5月に尾上菊之助が八代目尾上菊五郎を、そして尾上丑之助が六代目尾上菊之助を襲名した。そのお披露目の公演が、2ヶ月連続で歌舞伎座にて開催中だ。『六月大歌舞伎』の「夜の部」では、市川團十郎の荒事、菊五郎親子三世代と片岡仁左衛門、中村梅玉をはじめとした幹部俳優が揃う口上、八代目菊五郎・菊之助親子の舞踊、松緑の世話物が並ぶ。歌舞伎の多彩さに触れられる公演となっている。

午後4時15分開演「夜の部」をレポートする。

一、歌舞伎十八番の内 暫(しばらく)

舞台は、厳かに幕が開く。ここは鎌倉・鶴ケ岡八幡宮の社頭。高貴な身なりだが、悪人の雰囲気の清原武衡(中村芝翫)は、自分で自分を関白に任命。そして清廉な佇まいの若々しい美青年、加茂次郎(中村梅玉)に言いがかりをつけ、許婚の桂の前(中村魁春)や家臣もろとも、首をはねるよう命じる。

夜の部『暫』(左)鎌倉権五郎=市川團十郎

成田五郎(市川右團次)をはじめ、「腹出し」の通称で知られる家臣たち(市川男女蔵、中村歌昇、中村種之助、中村鷹之資、市川九團次)が、豪快に刀を抜いたところで、「しばら~く!」と引き止める声。無敵のスーパーヒーロー、鎌倉権五郎(市川團十郎)の登場だ。「鯰坊主」こと鹿島入道(中村鴈治郎)や、「女鯰」こと照葉(中村雀右衛門)がお引き取りを願っても、鎌倉権五郎は駄々っ子のように「いーやーだァーー!!!」と突っぱねて……。

夜の部『暫』左より、(前)桂の前=中村魁春、加茂次郎=中村梅玉、鎌倉権五郎=市川團十郎、(前)荏原八郎=中村種之助、足柄左衛門=中村歌昇、東金太郎=市川男女蔵、成田五郎=市川右團次、清原武衡=中村芝翫 /(C)松竹

『暫』は、市川團十郎家の家の芸のひとつであり、初世團十郎が創始したと言われる作品。当代團十郎は、東京2020オリンピック開会式でもこの役を披露した。鎌倉権五郎は、声も存在感も圧倒的。どこか遠く(揚幕の中)から、力いっぱいの声が聞こえてくる。客席は期待感にザワつき、腹出したちは、おそれをなしてザワつきはじめる。「しばらく」の声がぐんぐん近づいてくるような感覚が高まったところへ、花道に鎌倉権五郎が現れる。人間離れした大きさだと分かっているつもりでも、想像を超える大きさ。毎回新鮮な気持ちで驚いてしまう。袖には大きく、三升の紋。花道沿いのお客さんは、のけぞるようにして仰ぎ見ていた。「大きい」という言葉では足りないほどに、“どデカい”鎌倉権五郎という器を、團十郎はパワーと華でみなぎらせる。鮮やかな隈取は、力強く美しい。鎌倉権五郎は、無敵の超人だから無敵なんだ! という大らかな設定に、有無を言わせぬ説得力があった。ツラネと呼ばれる台詞では、音羽屋の襲名にも触れ、底抜けに明るく、幸せな熱気が満ちていた。この祝祭感は、相対する共演者たちの実力と豊かな個性なしには生まれない。小金丸行綱に尾上右近、茶後見に市川中車と、隅から隅まで充実した配役で、襲名披露公演ならではの贅沢な一幕だった。

二、口上(こうじょう)

舞台上手より片岡仁左衛門、尾上松緑、七代目尾上菊五郎、八代目尾上菊五郎、六代目尾上菊之助、市川團十郎、中村梅玉。舞台下手側には京都清水寺が描かれ、舞台上手側には清水寺の音羽の滝が描かれていた。初代菊五郎は、京都生まれ。父の音羽屋半平の「音羽屋」は、音羽の滝に由来した名前だと言われている。

夜の部『口上』(左より)中村梅玉、市川團十郎、尾上菊之助、八代目尾上菊五郎、七代目尾上菊五郎、尾上松緑、片岡仁左衛門

口上を仕切る七代目の艶やかで豊かな声が、まず何よりの贅沢。仁左衛門は、温かな眼差しと優し気な声で、八代目の芸域の広さや、新菊之助の“芸のお行儀の良さ”、熱意に触れ、一層の活躍を願った。梅玉は、5月の『勧進帳』で八代目が勤めた富樫左衛門や、八代目菊五郎の新作歌舞伎づくりへの姿勢にも触れながら「どうか新しい時代の菊五郎像を」と期待を込める。また「正真正銘の御曹司」である菊之助にも、温かなエールを贈った。菊五郎と同世代の松緑、團十郎も祝辞を述べて、八代目菊五郎と菊之助親子の門出を寿ぎ、何度も何度も歌舞伎座は拍手に包まれた。

「祝幕」 /(C)松竹

なお、6月も歌舞伎座では、音羽屋親子の襲名を祝う特注の幕「祝幕」が観客を迎える。原画は、日本画家の大河原典子氏によるもの。「菊富士曙(きくふじあけぼの。贈呈:ティファニー)」と題され、澄んだティファニーブルーの空を背景に、大輪の白菊が凛と咲く。赤い太陽は、芸への尽きない情熱のようだった。

三、連獅子(れんじし)

舞台正面に大きな松が描かれ、長唄、お囃子の演奏が、心地よい緊張感で空気を整えたところに、白の手獅子をもつ狂言師右近(八代目尾上菊五郎)、赤い手獅子をもつ狂言師左近(尾上菊之助)が登場。襲名披露となる音羽屋親子を、祝福の拍手が迎えた。

『連獅子』は、前半と後半にわかれた構成となっている。前シテ(前半)では、ふたりの狂言師が「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」の逸話を踊る。菊五郎が手獅子を携え親獅子の風格で悠然と歩けば、菊之助の手獅子が、それを追いかける仔獅子に見えはじめる。ふたりは狂言師の右近と左近を超えて、文殊菩薩がいる霊山の獅子の親子になった。

夜の部『連獅子』(左より)狂言師右近=八代目尾上菊五郎、狂言師左近=尾上菊之助 /(C)松竹

仔獅子を谷(花道の七三)へ落とした後、親獅子は静かに待つ。しかしその表情に、子を信じる、祈る、あるいは諦めがかすみ、流れる時間がぐっと重たく感じられた。だからこそ仔獅子が、観客の拍手に背中を押されるように谷を駆け上がってきた時は、言いようのないほどの高揚感を覚えた。親子の端正で、生き生きとした踊りが、美しい風景を描き出す。親獅子が蝶を追い、たて髪がなびけば、そこを吹く風は清らかに違いない。優美な牡丹の花が咲いているに違いない。想像と感覚を刺激する。前シテ最後の花道で、仔獅子を手に背筋を伸ばして引っ込む菊之助は、幕が開いた時よりもひと回り大きくなったようにさえ感じられた。その背中を見送った菊五郎は、狂言師として、親獅子としての眼差しに、菊之助の師匠である菊五郎としての眼差しも重なっていたのではないだろうか。菊五郎もまた喝采に包まれながら揚幕へ。美しく綴られた、せりふ劇さながらに、獅子の親子の心情が印象に残る前シテだった。

前半と後半をつなぐのは、浄土の僧遍念(片岡愛之助)と法華の僧蓮念(中村獅童)の宗論だ。逃げる獅童に笑いが起き、絶妙な加速で追いあげる愛之助にも笑いが起き、息ぴったりの争いで楽しませた。

夜の部『連獅子』(左より)法華の僧蓮念=中村獅童、浄土の僧遍念=片岡愛之助 /(C)松竹

後シテで、菊五郎と菊之助は、勇壮な獅子の精となる。菊五郎は白く長い毛、菊之助は赤く長い毛の霊獣だ。菊之助にとって、2023年9月以来の本演目。「11歳にして」という形容さえ、もういらないほど、立派に菊五郎の相手役を勤めていた。クライマックスの毛振りでは、1階から3階まで客席から拍手が降り注ぎ、ふたりの毛振りが揃った瞬間、拍手も一層大きくひとつにまとまった。格調高い一幕は、万雷の拍手で幕となった。

四、芝浜革財布(しばはまのかわざいふ)

場内に波音が広がり、暗転した客席が、夜明け前の芝の浜と地続きになる。そこへ政五郎(尾上松緑)のくしゃみが響き、笑いとともに始まった。

魚屋の政五郎は、早朝の浜で大金の入った財布を拾う。酒好きで怠け癖のあった政五郎は、大喜びで仕事を投げ出し、仲間と酒盛りをはじめるが……。落語の人情噺として、よく知られる物語だ。歌舞伎では、人情溢れる物語の魅力に加え、芝居ならではの見どころ、聞きどころで楽しませた。

夜の部『芝浜革財布』(左より)魚屋政五郎=尾上松緑、政五郎女房おたつ=中村萬壽 /(C)松竹

たとえば政五郎の女房おたつ(中村萬壽)。まだ暗い早朝の長屋で、朝の仕事をはじめる。土間を行き来する、ぱたぱたという足音にさえ生活感を忍ばせた。政五郎が呼び集めた“いつもの連中”との酒盛りも、芝居ならではの空気があった。大工勘太郎(坂東亀蔵)、左官梅吉(坂東彦三郎)、錺屋金太(中村松江)、桶屋吉五郎(中村吉之丞)が各々に好きに喋り、観客そっちのけでワーワーしているようにさえ見える。しかし菊五郎劇団で培われた職人芸なのか。そのどんちゃん騒ぎにも調和があり、一緒にいることが当たり前の政五郎たちの距離感に、巻き込れていく。押し付けがましさはない。でも誰のことも孤独にしない、居心地の良さがあった。思いがけず癒された。へべれけの“うちの母(かか)ぁ”自慢大会は、その後の政五郎とおたつのやり取りに、自然な道理を与えていた。

長屋での、政五郎とおたつのやり取りは涙を誘う。客席は、おたつの罪悪感も、夫を信じる気持ちも知っている。大きな体を小さく丸くして詫びる政五郎の、おたつへの信頼も愛情も知っている。もどかしさと、物語は3年後へ。花道に登場する松緑は、あの頃の政五郎のまま、たしかな足どりで颯爽と現れる。夫婦の絆が温かく描き出され、涙をおさえる観客の姿も。しかし大工の勘太郎や獅子舞も登場し、決して湿っぽくは終わらせない。新しい檜の桶は、いい香りがするのだそう。そんな香りがしてきそうな豊かで清々しい幕切れで結ばれた。

夜の部『芝浜革財布』(左より)政五郎女房おたつ=中村萬壽、魚屋政五郎=尾上松緑 /(C)松竹

團十郎の『暫』では、歌舞伎座が團十郎の芸ではちきれんばかりに満たされた。菊五郎の『連獅子』は、歌舞伎座の観客を美しい別世界へ誘った。松緑の『芝浜』は、あたかもずっと前からそこにいたかのように、観客の目の前に、江戸の庶民の日常を立ち上げた。歌舞伎という芸能の懐の深さに触れ、これから先の歌舞伎に心が弾む「夜の部」。歌舞伎座『六月大歌舞伎』は6月27日(金)まで。

取材・文=塚田史香

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