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被災地を応援に行ったら、自分が応援されていた|ツール・ド・東北が紡ぐ復興と地域の絆

Sports

東日本大震災から2年後の2013年に始まったサイクリングイベント「ツール・ド・東北」。

復興支援を掲げ、参加者と地域住民が互いに応援し合う光景が象徴的です。2024年からは地元主体の新体制に移行。震災の記憶の伝承と地域振興という新たな使命を担っています。イベントを支える一般社団法人ツール・ド・東北の斎藤正人事務局長(以下、齋藤)と、第1回からライド運営を担当するルーツ・スポーツ・ジャパン(以下、RSJ)の担当者に、12年間の歩みとスポーツが持つ社会貢献の力について聞きました。

インタビュー対象

斎藤正人さん(一般社団法人ツール・ド・東北 業務執行理事 兼 事務局長)中島祥元さん(株式会社ルーツ・スポーツ・ジャパン 代表取締役)橋詰友人さん(株式会社ルーツ・スポーツ・ジャパン シニア・プロジェクトマネージャー)

(写真左から)ルーツ・スポーツ・ジャパン 橋詰さん、中島さん、一般社団法人ツール・ド・東北 事務局長 斎藤さん

復興への想いから生まれたサイクリングイベント

ーー「ツール・ド・東北」の開催経緯について教えてください。

ツール・ド・東北 斎藤)ツール・ド・東北は、東日本大震災から2年後の2013年に第1回が開催されました。「復興支援」を掲げ、当時のヤフー(現LINEヤフー)と河北新報社の2社が主催して実施しました。

震災から1年、2年と時間が経つ中で、被災地では震災の「風化」が心配されるようになっていました。震災の記憶が薄れ、被災地のことが忘れ去られてしまうのではないかという危惧が、人々にあったのです。風化を防ぐためには、何かを発信するだけでは限界があり、実際に現地に来てもらうことが一番有効ではないかという考えに至りました。そんなときにヤフーさんから河北新報社に「自転車イベントをしませんか」という提案があったのです。

ーーなぜスポーツイベント、とくに自転車だったのでしょうか。

斎藤)風化の懸念と同時に、「安易に被災地に行ってはいけないのではないか」と思っている人も多くいました。そこで、被災地に足を運んでもらう仕掛けが必要だと思ったのです。
自転車は、自動車と違い、外の空気を生身で体感しながら、広い視野で景色を味わうことができます。走れる距離もマラソン等に比べて長く取れるため、広域な被災地をリアルに感じてもらうスポーツイベントとして、自転車は最も適していると考えました。

ーーRSJは初年度から運営を担当していますが、どのような経緯で参画することになったのでしょうか。

RSJ 中島)私たちは全国でサイクリングイベントによる地域活性化に取り組んでいます。東日本大震災以来、東北以外も含めた日本の各地に人を呼び込みたいというニーズを感じ、2012年から主催のサイクリングイベントシリーズを展開し始めていたところでした。
そんな折、ヤフーさんから「『ツール・ド・東北』という震災復興支援のイベントを立ち上げるから運営をサポートして欲しい」と声をかけていただきました。私たちにとっても、自転車を活用した地域振興イベントは広げていきたかったので、うまくタイミングが重なったなと感じています。

私たちも震災を受けて、東北に何かできることはないかと考えていました。運営会社として声をかけていただいたことは、理念に深く共感できるものでしたし、貢献できることがあるなら全力で取り組みたいと思いました。

ーーRSJとして「ツール・ド・東北」に対し、どのような想いを持っていますか。

中島)第1回から長期間にわたって関わらせていただき、復興の過程を間近で見ることができるのは非常に意義深いことです。この思いは今も変わらず持ち続けています。

RSJ 橋詰)私は2012年にRSJに入社し、ツール・ド・東北には初開催から現場スタッフとして関わらせていただき、毎年少しずつ復興していく姿を見てきました。また私自身、数年前に岩手県陸前高田市に移住していた経験があり、東北に強く縁があると感じています。今は主担当として関わっており、個人的にも思いのあるイベントになっています。
あの震災からの「復興」という、これだけ強いコンセプトのあるイベントはなかなかないと思うので、参加者の皆さんも、各々強い想いを持って参加している方がすごく多いと感じています。

「応援してたら、応援されてた」が生まれた瞬間

ーー第1回大会で印象的だったことを教えてください。

斎藤)第1回大会では、沿道にはまだがれきの山があり、仮設住宅に住んでいる人も数多くいました。ですがイベント当日、仮設住宅から住民の方々が出てきて、旗を振って応援してくださる光景がたくさん見られたのです。これは私たちの想定を大きく超える出来事でした。
被災された方々は、たしかに大変な思いはしたけれど、自分たちの力だけでは復旧・復興できず、多くの方に助けてもらって今日があるという感謝の気持ちを持っています。全国からの支援に対してお礼を言いたいという気持ちが蓄積されていた中で、復興支援を目的としたツール・ド・東北が開催され、全国からサイクリストが訪れることになった。
住民の方々にとって、それは支援への感謝を伝える絶好の機会だったのでしょう。仮設住宅から出てきて、サイクリストたちに「頑張れ」と同時に「ありがとう」と、気持ちを込めて声をかけてくださっていました。

ーーツール・ド・東北においては「応援してたら、応援されてた」というキャッチフレーズも印象的ですね。

斎藤)このキャッチフレーズも、まさに今お話ししたような光景から自然に生まれたものです。サイクリストは被災地を応援する目的で来ていることが多いのですが、地元住民はむしろ、全国からの支援への感謝を伝える場として捉えてくださった。お互いが応援し合い、お礼を言い合う、この関係性がツール・ド・東北の最大の特徴となっています。

ーー現場を通して復興の様子をどのように感じましたか。

中島)1年目は瓦礫が積み上がっている中をみんなで走りましたが、年を重ねるごとに復興が進んでいく様子がわかりました。参加者の方々も、毎年その変化を感じ取ってくださっていますし、地域の方々との交流も、回を重ねるごとに深まっていく様子を目の当たりにしています。

斎藤)参加者の3分の2がリピーターという特殊な大会なので、お互いに顔なじみになったり、関係性が築かれたりしているケースが多いです。地域の方が「待ってたよ」「おかえり」という声をかけるシーンも見られます。毎年エイドステーションにお手伝いに来てくださる地元の方々も、毎年このイベントを楽しみにしてくださっているのを感じますね。

新体制で目指す、さらなる地域振興と記憶の伝承

ーー2024年からの体制変更について教えてください。

斎藤)2023年の第10回大会をもって、長年共催を務めてきたヤフー株式会社と河北新報社による主催体制は一区切りとなりました。2024年以降は、新たに設立された一般社団法人ツール・ド・東北と河北新報社が主催となり、地元主体で運営する新しい形に移行しています。
地元主体で本当に開催できるのか、という懸念もありましたが、地元自治体からも「続けてほしい」という強い意向をいただき、新体制での開催を決めました。同時に、これまでは「復興支援」の名のもとに開催してきたイベントのコンセプトも、「震災の記憶の伝承」へと変化させています。

ーー新体制では、参加者にどのような変化・影響がありましたか。

斎藤)予算の制約からさまざまな要素を削らざるを得ず、「よりシンプルな大会になります」と事前に伝えていました。しかし、アンケート結果を見ると、想定していたほどマイナスな評価はなく、2024年の満足度は95.8%、次回参加意向は97.4%という結果でした。

体制が変わっても、私たちはこの大会のポイントである、復興支援という趣旨、地域を挙げての歓迎と応援、エイドステーションでの地元料理の提供といった部分のクオリティは落とさないようにしました。そのような核心部分が残っていれば、大会として評価していただけることを実感できる大会になったと感じています。

また、参加者アンケートでは、イベントへの参加理由として「自転車に乗るのが楽しい」「エイドステーションの食事がおいしい」といった回答もありますが、「被災地・復興支援という大会趣旨への共感」が上位なのです。10年以上経った今でも、それを一番の理由に選んでいただけるのは、想像以上に参加者の皆さんが深く理解してくださっている証拠だと思います。

地域とサイクリストの「応”縁”」を紡ぎ続ける

ーー今後どのように発展させていきたいですか。

斎藤)基本的な方向性は変わりませんが、ツール・ド・東北は、復興支援や関係人口の拡大と言った目的に対するゴールではなく「入り口」として位置づけています。年1回のイベントだけで生み出せるものには限界がありますから、この入り口から先にどう発展させていくかが課題です。

成功事例として注目しているのは、広島県尾道市と愛媛県今治市をつなぐしまなみ海道です。2年に1回の大規模な自転車イベントをベースに通年型のサイクルツーリズムに発展させ、現在では大きな観光効果を生んでいます。私たちも年1回のイベントをベースとした通年型の取り組みに発展させることを目指していきます。また、全国的にインバウンドが拡大する中、東北はまだ小さな市場しか獲得できていません。自転車をコンテンツとして、ツール・ド・東北を通じたインバウンド拡大も視野に入れています。

ツール・ド・東北では「応”縁”」という造語を使っています。これは「応援してたら、応援されてた」に通じるものですが、人と人がつながる場であることを表現するキーワードです。自転車をツールとして活用し、関係人口を創出する。これがツール・ド・東北の本質だと考えています。

ーーRSJとして今後の展望や意気込みを聞かせてください。

中島)斎藤さんがおっしゃったことは、私たちも日頃から考え、活動している内容です。ツール・ド・東北の理念にしっかりと寄り添い、地域の自治体、地域の皆さんの思いを実現し、具現化していくことが私たちの大きな役割だと考えています。
全国各地でサイクリングイベントに取り組んでいるRSJのネットワークを活用し、東北により多くのサイクリストが訪れるような仕組みづくりにも貢献していきたいと思います。

橋詰)新体制では地元主体となり、各地域の魅力をより出せる体制になっていますが、各自治体の現場レベルではさまざまな課題があります。地域ごとに抱える課題や財源の差、人的資源の問題などです。

私たちがすぐにできることは限られていますが、自治体の皆さんと一緒に寄り添いながら、サポートできる部分を見つけ、開催地域の皆さんがより前向きにツール・ド・東北に取り組んでいただけるよう支援していきたいと考えています。

ーー復興支援から始まったイベントが、今では地域振興と記憶の伝承の拠点として発展し、参加者と地域住民の間に「応”縁”」という特別な絆を築いていることが伝わってきました。スポーツが持つ社会貢献の力を改めて感じるお話でした。ありがとうございました。

第12回目となる「ツール・ド・東北2025」(一般社団法人ツール・ド・東北、河北新報社主催)は、2025年9月13日(土)14日の2日間に渡り開催され、2日間であわせて1791人の参加者が復興の歩みをたしかめました。

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