ケアマネの担当件数に上限はある?2024年度介護報酬改定による影響を解説
ケアマネの担当件数上限引き上げの背景
近年の介護サービスを取り巻く環境は大きく変化しています。厚生労働省によると、高齢化の進展により2025年には65歳以上の高齢者が3,653万人に達する見込みで、2043年にはさらに増加して3,953万人でピークを迎えると予測されています。
このような高齢者人口の増加に伴い、介護サービスへの需要も年々拡大しています。特に注目すべき点は、利用者ニーズの複雑化です。認知症高齢者の増加や、医療的ケアが必要な利用者の増加、さらには同居家族に要介護者がいるケースの増加など、支援を必要とする状況が多様化しています。
このような状況下で、従来の担当件数上限では十分なサービス提供が難しくなってきました。ケアマネージャーの業務においては、利用者一人ひとりの状況が異なり、きめ細かな対応が必要となっています。特に、要介護度が重度の利用者や、複合的な課題を抱える世帯への支援には、より多くの時間と労力が必要となっています。
そこで、2024年度の介護報酬改定では、担当件数上限の引き上げと、ケアプランデータ連携システムの活用や事務職員の配置による上限緩和が決定されました。これにより、人材不足への対応と、質の高いケアマネジメントの両立を目指しています。
ケアマネの担当件数上限引き上げの詳細
改定前の担当件数上限と現在の上限
改定前の基本的な担当件数の上限は、ケアマネージャー1人あたり1ヵ月で39件でしたが、2024年度の介護報酬改定により、基本的な上限が44件に引き上げられました。
さらに、居宅介護支援費(Ⅱ)の算定要件を満たしている事業所では、49件まで担当することが可能になります。
具体的な担当件数上限の変更点をまとめると以下の通りです。
居宅介護支援費(Ⅰ)の場合(Ⅱの算定要件を満たしていない)
居宅介護支援費ⅰにおける取扱件数上限:39件→44件
居宅介護支援費(Ⅱ)の場合
居宅介護支援費ⅰにおける取扱件数上限:44件→49件
なお、居宅介護支援費ⅱにおける取扱件数上限は引き続き59件までとなっており、変更点はありません。
ケアプランデータ連携システム等の条件について
2024年度の介護報酬改定では、担当件数上限の緩和条件が見直されました。
改定前の居宅介護支援費(Ⅱ)の算定要件は、ICT機器の活用か事務職員の配置のいずれかとなっており、どちらかの条件を満たすことで上限が緩和されていました。
改定後の居宅介護支援費(Ⅱ)の算定要件は、「ケアプランデータ連携システムの活用」と「事務職員の配置」となっています。両方の条件を満たすことで、担当件数の上限が44件から49件に緩和されます。
ケアプランデータ連携システムは、これまで紙でやり取りされていたケアプランの情報をオンラインで完結させるシステムです。介護報酬請求でも使われているセキュリティ方式により、安全な情報のやり取りが可能となっています。このシステムの導入により、毎月の事務作業時間が大幅に削減され、事業所全体の業務時間の効率化につながることが期待されています。
また、事務職員の配置については、ケアマネージャーが本来の業務に専念できる環境を整えることが目的です。事務作業の負担軽減により、利用者との面談時間の確保や、よりきめ細かなケアプランの作成が可能になるでしょう。
実際に、老人保健健康増進等事業の中で行われた調査によると、事務職員を配置したことで業務負担が減ったと感じているケアマネージャーは多くいます。
これらの条件整備により、業務効率の向上と質の高いケアマネジメントの両立を目指しています。ただし、システムの導入や人員配置には一定のコストがかかるため、事業所の規模や経営状況に応じた計画的な準備が必要となります。
介護予防支援の取り扱い変更
2024年度の改定で、介護予防支援の算定方法も大きく変更されました。改定前は要支援者2人を要介護者1人として換算していましたが、改定後は要支援者3人を要介護者1人として換算することになります。
この変更により、事業所における実質的な担当可能人数が増加します。例えば、これまで要支援者10人を担当していた場合、要介護者換算で5人分とカウントされていましたが、改定後は約3.3人分のカウントとなりました。
さらに、介護予防支援における新たな取り組みとして、健康維持と介護予防の視点が強化されます。生活習慣病の予防や健康増進に向けた支援も、ケアマネジメントの重要な要素として位置づけられています。
この改定は、高齢者の自立支援と重度化防止に向けた取り組みを推進することを目的としています。ケアマネージャーには、予防的な視点を持ちながら、利用者の状態に応じた適切なサービス提供が求められることになるでしょう。
担当件数引き上げによる影響と課題
業務負担増加の懸念
ケアマネージャーの業務は、利用者との直接的な関わりだけでなく、多岐にわたる業務をこなす必要があります。例えば、利用者の自宅への訪問や面談、サービス事業者との連絡調整、ケアプランの作成といった基本業務に加え、利用者や家族の緊急時対応、各種書類の作成など、幅広い対応が求められています。
さらに、利用者の入退院時の対応や、困難事例への対応、地域のネットワークづくりなど、状況に応じて柔軟な対応も必要とされています。また、近年は認知症の方や医療的なケアが必要な方の増加に伴い、より専門的な知識や細やかな配慮が必要なケースも増えています。
特に、業務範囲外と考えられる依頼への対応が増加していることも大きな課題です。居宅介護支援事業所調査によると、直近1年間で67.5%の事業所がこのような依頼に対応しています。
その理由として、72.5%が「緊急性が高く、自事業所で対応せざるを得なかった」と回答しています。 また、57.2%が「緊急性は高くないが、他に対応できる人がいなかった」と回答しており、地域の介護支援体制の脆弱性も浮き彫りになっています。
このような状況下で担当件数の上限が引き上げられると、一人のケアマネージャーが抱える業務量は確実に増加することになります。業務量の増加は、個々の利用者に対する支援の質の低下や、ケアマネージャー自身の心身の疲労につながる可能性があり、長期的な視点での対策が必要となっています。
サービスの質への影響
担当件数の増加は、ケアマネジメントサービスの質に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
利用者一人あたりの対応可能な時間が減少することで、アセスメントやモニタリングの質が低下する懸念があります。特に、医療機関との連携や多職種協働が必要なケースでは、十分な情報収集や調整の時間が確保できなくなる可能性があります。
また、介護サービス情報の公表制度における取り組みとして、各事業所は訪問介護、通所介護などのサービス利用割合や、同一事業者によって提供されたサービスの割合を利用者に説明し公表することが求められています。このような透明性の確保と質の担保の両立が、担当件数増加により一層難しくなることが予想されます。
さらに、利用者や家族との信頼関係の構築に必要な時間の確保も課題となってきます。2023年に行われたケアマネージャーによる対応状況の調査では、家族・介護者本人に対する相談対応や情報提供を67.2%の事業所が実施していることが分かっています。このような重要な支援業務にも影響が出る可能性があります。
人材確保・定着への影響
ケアマネージャーの担当件数上限の引き上げは、人材確保と定着において重要な検討課題となっています。2022年度老人保健健康増進等事業の調査によると、離職率は10.2%となっており、全産業平均の15.0%と比較すると低い水準にとどまっています。
しかし、担当件数の上限引き上げによって業務負担が増加することで、離職率の上昇につながる可能性が指摘されています。特に経験の浅いケアマネージャーにとって、担当件数が引き上げられることは大きな負担となることが予想されます。また、このような業務量の増加は、新規参入を考える人材にとって参入障壁となる可能性も懸念されています。
実際に、日本総合研究所による調査では、「賃金・処遇の低さ」に加えて「業務範囲の広さ」「事務負担の大きさ」が人材確保を難しくしている主な要因として挙げられています。
これらの課題に対しては、ICTの活用による業務の効率化や、適切な処遇改善などの取り組みが求められている状況です。業界全体として、人材の確保・定着に向けた環境整備が急務となっているといえるでしょう。
ケアマネジメントの質の確保に向けた取り組み
ICT活用による業務効率化
2024年度の改定では、ケアマネジメントの質を維持しながら業務の効率化を図るため、ICT活用に重点が置かれています。2022年度時点の調査でも、既に76.2%の事業所が「パソコンなどのICT機器を1人1台利用」している状況です。
特に注目すべき取り組みとして、ケアプランデータ連携システムの活用があります。このシステムは、以下のような効果が期待されています。
転記作業の削減 これまで紙ベースで行われていたケアプランのやり取りをオンライン化することで、事務作業の大幅な効率化が可能になります。また、転記ミスや情報漏洩のリスクが低減します。 リアルタイムでの情報共有 クラウドを活用し、関係者間での情報の即時共有が可能です。これにより、情報の更新が迅速に行えます。 セキュリティの向上 データ管理が電子化されることで、情報の安全性が向上します。
さらに近年は、訪問先での情報管理にもICTの活用が広がっています。スマートフォンやタブレット端末を使用することで、訪問先でも必要な利用者情報へのアクセスが可能になり、より迅速な対応や正確な記録が実現できるようになってきました。この変化により、移動時間の有効活用や、利用者への対応の質の向上にもつながることが期待されています。
このように、ICTツールの活用は、ケアマネージャーの業務効率化に大きく貢献すると同時に、サービスの質の向上にも寄与する重要な要素となっているのです。
研修体制の強化
ケアマネジメントの質を保ちながら担当件数の増加に対応するため、研修体制の強化が進められています。2024年度から、法定研修のカリキュラムが大幅に見直されることになりました。この見直しでは、高齢者の生活課題の要因などを踏まえた支援の実施に必要な知識や実践上の留意点を、継続的に学ぶことができる内容が重視されています。
研修体制の強化に向けた取り組みとしては、オンライン化の推進や受講費用の負担軽減などが進められています。特に注目すべき点として、意思決定支援や認知症など、近年重要性が増している分野に関する研修内容が充実化されました。
実態として、現状の法定研修については、受講者の約半数が「知識・技術の最低限必要なものの修得を行う場」と認識しているものの、27.5%は「意味はないと思うが決まりだから受講する場」と考えていることが調査で明らかになっています。今後はこのような課題に対応するために、より実践的で効果的な研修プログラムの開発が求められています。
主任ケアマネージャーの養成においても、質の向上が図られており、各都道府県の状況に合わせた研修要件の設定が行われています。これにより、地域の特性に応じた指導力を持つ人材の育成が目指されています。
主任ケアマネの役割強化
ケアマネジメントの質を確保するために、主任ケアマネージャーの役割強化が進められています。これまで事業所内での助言・指導が中心だった主任ケアマネの役割は、より包括的なものへと広がりを見せています。
具体的には、事業所内のケアマネージャーへの日常的な指導・助言に加え、支援困難事例への対応力強化や、地域全体のケアマネジメントの質の向上を推進する役割が新たに求められています。特に、地域包括ケアシステムの構築に向けて、地域の社会資源の開発や多職種連携の推進役としての期待も高まっています。
しかし、業務の繁忙さから、主任ケアマネが本来期待される役割を十分に果たせていない現状も見られます。そのため、業務の効率化や体制の整備を通じて、主任ケアマネがその専門性を十分に発揮できる環境づくりが求められています。
ケアマネジメントの質を保ちつつ、制度の持続可能性を高めるためには、ケアマネージャー一人ひとりの専門性向上に加えて、業務効率の向上と人材育成の両面からアプローチすることが重要です。そのため、今後も制度の見直しや改善が継続的に進められていくでしょう。