渡辺香津美は絶対に外せない!世界に広がるジャパニーズ・フュージョンの奥深い世界
ベテラン勢とフレッシュなミュージシャンが混在している日本コロムビア編
ジャパニーズ・フュージョンの膨大なカタログの中から、“今こそ聴くべき楽曲" を集めたコンピレーション・アルバム『CROSSOVER CITY』シリーズ。このシリーズを紹介するコラムのラストは、日本コロムビア編の『CROSSOVER CITY -Park Avenue-』だ。
日本コロムビアは歴史ある老舗のレコード会社だけあって、特徴を挙げるとするならば、ベテラン勢とフレッシュなミュージシャンが混在していることかもしれない。そのため、ユニバーサルミュージック編の『CROSSOVER CITY -Mint Breeze-』と同じようにバラエティに富んでいて振り幅が非常に広いコンピレーションに仕上がっている。ベターデイズというレーベルからも良質のフュージョン作品が多数リリースされている。
渡辺香津美のメロウな極上サウンド
『CROSSOVER CITY -Park Avenue-』において、絶対に外せない目玉となるのは渡辺香津美の楽曲だろう。昨今では坂本龍一や矢野顕子などが参加した『KYLYN』(1979年)や、マイク・マイニエリやマーカス・ミラーなどの大物たちがサポートした『TO CHI KA』(1980年)などが有名だが、ここでは敢えて『Village in bubbles』(1978年)の中から「Park Avenue」をセレクトした。
増尾好秋を迎えた『Village in bubbles』はミッキー・タッカーやイドリス・ムハンマドといったニューヨークの精鋭たちを集めて作ったセッション・グループのマンハッタン・ブレイズとの共演である、渡辺香津美というとどうしてもテクニカルなプレイにスポットが当たりがちだが、この「Park Avenue」は流麗なストリングスに乗せてメロウな極上サウンドを聞かせてくれる。楽曲全体を覆う、たゆたうようなアレンジが素晴らしい。
山下達郎や吉田美奈子の作品に参加している向井滋春
トロンボーン奏者の向井滋春も、1970年代末から始まるフュージョンのシーンで大活躍したミュージシャンのひとりだ。山下達郎や吉田美奈子の作品に参加していることでも知られていることもあり、彼が作る音楽はシティポップとの親和性も非常に高い。この曲では渡辺香津美、山木秀夫、植松孝夫など当時の名プレイヤーたちを集めてレコーディングを敢行。ブラジリアン・サウンドを取り入れた躍動感のあるグルーヴに乗せて、自由奔放にトロンボーンを吹く様子が清々しい。
歴史がある日本コロムビアならではのベテラン・アーチストにも注目しておこう。杉本喜代志は歌謡曲から演歌までさまざまなセッションに参加したギタリストのひとり。ここでは彼の経歴とはまったくイメージの違うファンクサウンドを大胆に取り入れた楽曲をセレクトしている。しかも、マーカス・ミラーとオマー・ハキムという当時のクロスオーヴァー / フュージョンにおける最高峰のリズム・セクションが迎えられ、かなりとんがったプレイを聞かせてくれるのが特徴だ。
前田憲男のアレンジャー魂が前面に出た「Memory Lane」
ソウル・メディアもベテランのひとつに数えていいだろう。このグループのリーダーは、ピアニストでありながらテレビの音楽番組のアレンジやコンダクターでもおなじみだった前田憲男である。しかも昨今DJたちから熱い眼差しを集めるサックス奏者の稲垣次郎がキーマンとして参加しており、クロスオーバー時代の新しい音楽を作ろうという意気込みが感じられる作品である。ここで選んだ「Memory Lane」は、Aメロからサビへとリズムチェンジする展開が見事で、前田憲男のアレンジャー魂が前面に出た名曲と言っていいのではないだろうか。
鈴木宏昌もフュージョン黎明期から新しい試みをしてきたミュージシャンのひとりだ。“コルゲン” というニックネームで知られ、1970年代後半からはザ・プレイヤーズというグループを率いてフュージョンブームに大きな楔を打ったことで知られている。彼のリーダー名義のアルバムは、基本的にはファンキージャズの要素が強く、ソウルミュージックの影響が感じられるグルーヴ感が楽しめる。フュージョンというには少しいなたい印象もあるが、ここで選んだ「Out Of Focus」という曲は、伊集加代子の美しいスキャットとともに浮遊感たっぷりのエレクトリックピアノが堪能できる1曲だ。シティポップやフュージョン界隈には彼がアレンジを手掛けた作品がたくさんあるので、機会があればそのあたりもぜひ探してみてもらいたい。
本格的なブラジリアンフュージョンを楽しめるSpic & Span
一方で、新しいフュージョン系アーティストが出てきた頃に、日本コロムビアはしっかりと掬い取っているのはさすがだ。荒川バンドはサックス奏者の荒川道彦を中心にしたセッショングループであるが、有名なのは松田優作が主演の映画『野獣死すべし』(1980年)の主題曲を演奏したことではないだろうか。彼らのアルバムはまさに刑事ドラマのサウンドトラックのような楽曲が多数収められており、映像的な楽曲ということでいえば大野雄二の諸作品にも通じるところがある。
ブラジル音楽やラテンミュージックの盛り上がりがフュージョン界隈ではかなりあったわけだが、その中のトップランナーとして活躍したのがSpic & Spanである。ドラマーの吉田和雄が結成し、名うてのミュージシャンが多数参加していたのが特徴だ。当時はラジオなどでもかなり流れていたことを記憶している。ここで選んだ「Still Love You」は、彼らのファーストアルバム『The Spick & Span』(1979年)からのセレクト。先述の向井滋春のトロンボーンがフィーチャーされており、本格的なブラジリアンフュージョンを楽しめる1曲だ。
ブラックコンテンポラリーの要素が強いサックス奏者、朝本千可
ニューフェイスということで言えば、サックス奏者の朝本千可はかなり重要なポジションと言えるかもしれない。ジャズやフュージョンの世界は男性優位といわれており、キーボード以外で女性ミュージシャンの登場はほとんどなかったといっていい。しかし彼女が颯爽と現れたことによって、女性管楽器奏者という立ち位置は1990年代以降に切り開かれていったのだ。
彼女のデビューアルバム『Gypsy Woman』(1988年)は、1980年代後半ということもあって、全体的にフュージョンというよりはブラックコンテンポラリーの要素が強いモダンなサウンドがメイン。SHŌGUNの大谷和夫が手掛けたアレンジもクールで、今の感覚ではこの辺りのサウンドが一番新鮮に聴こえるかもしれない。
あらゆるタイプの楽曲が混在しているフュージョンの深い世界
他にも、企画物ではあるが、土岐英史がアニメ音楽をフュージョンテイストで演奏した作品や、エレクトーン奏者の野田ユカによるフュージョンチューンなど、あらゆるタイプの楽曲が混在している。さらには、ビッグバンド・サウンドがかっこいい上田力とパワーステーション、ビクター編にも収められた鈴木茂のソロ、当時のジャズミュージシャンたちが集まって結成したZoom、本多俊之のバンドなどで活躍したピアニストの大徳俊幸など、ひとつのカテゴリにくくり切れないのもまた、『CROSSOVER CITY -Park Avenue-』の面白さと言える。ぜひ1曲ごとの違いを感じつつ、フュージョンの深い世界に分け入っていただきたい。