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​【第28回伊豆文学賞小説・随筆・紀行文部門最優秀賞、ナガノ・イズミさんインタビュー】 下田を舞台にした青春小説。「最優秀は『まさか』でした」

アットエス

第28回伊豆文学賞(伊豆文学フェスティバル実行委員会主催)の小説・随筆・紀行文部門最優秀賞に選ばれたナガノ・イズミさん(28)=長泉町=の「ノイジー・ブルー・ワールド」は、夏の下田市が舞台。高校2年生のレナと幼なじみで感覚過敏な男子ナギの関係性が物語の軸で、近づいたり離れたりする微妙な心の距離、揺れを丁寧に描写する。繊細にして鮮烈な、新しいタイプの青春小説だ。

応募251編から村松友視さん(静岡市出身)、諸田玲子さん(同)、嵐山光三郎さん、太田治子さんの審査員4人が選んだ。3月上旬発刊の「第28回伊豆文学賞優秀作品集」(長倉書店)にも収録されている。

作者のナガノさんに、このみずみずしい作品世界をどう構築したのか聞いた。
(聞き手=論説委員・橋爪充、撮影=写真部・久保田竜平、撮影協力=ひばりBOOKS〈静岡市葵区〉)

違うペンネームで3年前にも応募していました

ー最優秀に選ばれました。改めて受賞の感想を。

ナガノ:まさか、そんな馬鹿な、というのが正直なところでした。過去の受賞作をいくつか読みましたが、やはり地域の歴史や文化にフォーカスしているものが多く、僕の作風や文体で受賞するわけはないと思っていたので、驚きです。

ー伊豆文学賞に応募したのはなぜですか。

ナガノ:実は違うペンネームで(3年前の)第25回に応募しています。その時は佳作だったんですが、審査員の方にコメントをもらったのが単純にうれしかったんです。仕事に関わりのないところで、自分の書いた文章が読まれるのって貴重な体験ですから。それで、その作品の舞台も下田だったんですが、今回は文体をガラッと変えて挑戦してみようと思いました。地元の文学賞、というのも応募の大きな理由ですね。

ー作品の中身に話を移します。この小説は高校2年生の夏休みを描いていますが、人の一生の中でも一番輝いている時期だと思うんです。

ナガノ:はい。

ー下田市が舞台になっていて、女性のレナさんと幼なじみのナギ君のなにげない会話が交わされます。少ない言葉の中から、互いのちょっとした気持ちの揺れみたいなものがよく伝わってきます。レナさんの相手への感情は、母性でも友愛でも恋愛でもないような気がします。そのちょうど真ん中の、言葉にしづらいものを文章にしているのではないでしょうか。この時期にしか生まれない感情だろうなと思いました。とても新しいものを読んでいる気がしたのですが、執筆はどのようなところから始めたのでしょうか。

ナガノ:正直に言うと、あんまり覚えてないんですよ。女の子と男の子の独白を交互に入れて書こうと思ったんですが、なぜか女の子の口調の方が書きやすかった。参考文献にも挙げた横道誠さんの本(「みんな水の中ー『発達障害』自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか」)にインスパイアされたことも大きかった。日常のコミュニケーションにバリアがある人(ナギ)が、言語ではない何かで贈り物をする。でもそれを渡そうとして拒否される、というイメージは最初から決めていました。

ー書き出しで絵を描くという話があって、結末にも絵が出てきますよね。結末を目指して1行目を書いているんでしょうか。

ナガノ:絵を描こうとしてる男の子がいる。で、それを渡したい子がいる。だけど何らかの理由で受け取りは拒否される。でも、だからといって二人の関係が壊れるわけではない。…という設定だけが最初にあって。そうすると主人公は大人ではなくて子どもの方がいいだろうなと。最初に決まっていたのはそれぐらいです。

ー海の絵を描くというモチーフがあったからこそ、下田を舞台にしたんでしょうか。

ナガノ:そうですね。仕事が忙しくていわゆる取材旅行には行けなかったので、(場面描写は)頭の中にある記憶で書きました。第25回伊豆文学賞の応募作を書くときに2回足を運んでいて、それが役に立ちました。

とりあえず「あたし」と言わせたかった

 ーレナさん、ナギ君以外の登場人物も輪郭がはっきりしていますね。レナさんのパートナーの野球部員、頭が良さそうな友人、そうでもない友人。作品世界の中で自然な形で存在しています。キャラクター造形について心がけたことはありますか。

ナガノ:主人公の一人称の小説なんで、(友人たちについては)たいした描写はしていないんです。設定はほとんど考えていないですね。名前を決めるのに一番悩んだぐらいで。

ー意外ですね。グループの中の属性のばらつきがよく伝わってきますが。

ナガノ:高校というのは中学校と違って、同じような偏差値の人が集まってくるわけで、そういう意味では同質性の高い空間ですよね。でもやっぱり一人一人違うんですよ。自分も経験があるので、そういうランダムな感じがあった方がいいとは思いました。

ーレナさんの独白スタイルで物語が進みます。彼女の一人称「あたし」がこのキャラクターのイメージをかなり決定づけていると思います。どうして「あたし」にしたんですか。

ナガノ:僕は椎名林檎のファンで、とりあえず「あたし」と言わせたかった(笑)。キャラクター造形で特に意識したことはないですね。ある種の女性性をちょっとだけ捨てたいなとは思いました。僕自身が男性なので、あんまり女性を理想化しないように注意したというのはあるかもしれませんね。

ーだらだら口語で語られているように見えて、描写は精密。そうめんを食べる場面が秀逸です。視覚から聴覚に移すのも巧みです。どうやって会得したんでしょうか。

ナガノ:自分の文体みたいなものはまだないんです。僕は高校も大学も理系で、自分の中で文学というものの地位が低かった。大学生になって本でも読もうと思って最初に手に取ったのが村上春樹の「海辺のカフカ」でした。衝撃を受けましたね。言語でこんなことができるのかと。特に比喩が巧みですよね。ものを何かに喩えて書くっていうのは、恐らく村上春樹の影響があるという気がします。

ー普段からものごとを丁寧に見ていると自覚はありますか。

ナガノ:ほとんどないですね。歩くのもすごい速くて、ろくに景色も見ていません。

ーファストフード店でフライドポテトとコーラだけでだべっている女子高校生4人の姿を描く一方で、太平洋戦争や原子力爆弾についての言及もある。こうした要素を入れたのはなぜでしょう。

ナガノ:落ち込んでる時って、途方もないことを考えてしまうものだと思うんです。自分の手の届く距離にないものを。例えば人類とは、とか、宇宙とは、とか。それがある種の慰めになるんでしょうね。下田は開港の地でもあって、アメリカの軍事力を思わせる物が地域に点在しています。そうした過去の暴力の痕跡を、地元の人はうっすらと意識しているんじゃないかと。

ーなるほど。

ナガノ:それからもう一つ。彼女たちはZ世代なんで、インフルエンサーの影響などで、環境保護や戦争の問題に少なからず意識があると思ったんです。

ー女性同士の会話のリアリティーというのはどうやって獲得したんでしょうか。

ナガノ:高校生の時は理系のクラスだったので女の子の友達はあんまりいなかったんですよ。千早茜、高瀬隼子、九段理江、川上未映子といった女性の作家を読むのが好きなので、そこからの影響があるかもしれません。

村上春樹さんの「海辺のカフカ」が転機

ー小説との関わりは大学に入ってからとおっしゃっていました。村上春樹さんが大きな転機になっているということでしょうか。

ナガノ:そうですね。「海辺のカフカ」に本当にびっくりして、その後に彼の小説は全部読みました。その中でいろいろな分野、SFや古典、海外小説に出会ったわけです。「海辺のカフカ」を読んでいなければ伊豆文学賞への応募もなかったかもしれませんね。

ーこの先の創作はどのような形で進めますか。

ナガノ:僕にはアクティビスト的な気質は全くないので、これを世に問う、といった能動的な姿勢はありません。ただ、小説を書くことで自分の考えていることが分かる、自分の盲点に気づく、自分の中にいる知らなかった他者に出会うことができる、という喜びがあって、それが単純に楽しい。発表するかどうかは別にして、これからも書いていくだろうと思います。

 

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