しばらくの間は三人一組の生き物として「ただいま世界」――昆虫・動物だけじゃない、篠原かをりの「卒業式、走って帰った」
動物作家・昆虫研究家として、さまざまなメディアに登場する篠原かをりさん。その博識さや生き物への偏愛ぶりで人気を集めていますが、この連載では「篠原かをり」にフォーカス! 忘れがたい経験や自身に影響を与えた印象深い人々、作家・研究者としての自分、プライベートとしての自分の現在とこれからなど、心のままにつづります。第12回は産休明け一つ目の記事、篠原さんのお休み中の思考です。
※NHK出版公式note「本がひらく」の連載「卒業式、走って帰った」より
ただいま世界
無事に出産を終え、産休が明けて帰ってきたよ! ただいま! おまけに引っ越しもしたよ!
新生児育児は、それはそれは不思議な無人島に漂着したような体験だった。もちろん子育ては続いているけれど、不思議な無人島に港ができて、元の世界にもつながったような今、少し余裕を持って振り返ることができる。
ちょうどこの連載の話をもらったすぐ後くらいに妊娠が分かった赤ちゃんが、今むちむちころころとした肉体を持って目の前にいることを、未だに信じられない気持ちで受け止めている。日々成長する赤ちゃんを見守りながら、赤ちゃんと双子のような、この連載もまた大事に育てていくつもりだ。
生き物と家族が好きな私に子育てが楽しくないはずもなく、本当に面白く取り組んでおり、話したいことが山のようにあるのだが、今回は、出産後から帰ってくるまでに、考えたことを中心に書いていく。
産院を選ぶとき、「周産期医療センターがあること」と「夫が宿泊できること」を条件に探した。「安全」と「思い出」を重視した。
私は、知ったことを人と分かち合いたい欲が強い。同じものを見て、何かを思ったときに、誰かと共有したい。犬が飼い主にボールを持ってくるのは、もう一度ボールを追いかけるためだけではないと思う。ボール遊びも誰かと共有した方が楽しいのだ。
だから、人生を分かち合いたくて、結婚した。エッセイを書いているのも、私の「分かち合い」行動の一つである。いつも読んでくださる皆さん、お付き合いありがとうございます。
しかし、最初は「夫も一緒の方が思い出になるし、楽しそうだから」という理由でしかなかったが、予想せぬ実益をもたらした。親子同室の病院であったこともあり、一般的な入院と異なり、子育ての合宿のような側面があった。私と夫は、赤ちゃんが生まれたその日から、どう抱っこしていいのか分からない、ふにゃふにゃの命を二人で抱え、一つ一つ学びながら、一緒に親として成長してきた。同じように不安になって、同じように赤ちゃんのことを考えながら、いろいろ調べているうちに、お互いのXのおすすめポストに同じ育児のポストが表示されてくるようになった。
サポート役ではなく、互角の実力を持つ保護者が自分の他にいることがどれほど心強いかを知った。そして、毎日体力が赤ゲージまで減っていき、黄色くらいまでしか回復しない生活の中で、夫を好きで居続けられるのは、対等であるからにほかならない。
どれだけ父親が世話をしても、子どもにとってお母さんに代わるものはないと言う人もいるけれど、そんなことはないと思う。少なくとも、うちの赤ちゃんにとって、私と夫の価値に差があるようには見えない。
赤ちゃんは、生まれてしばらくの間、付きっきりで世話をするお母さんと自分の境目が分からないという。
うちは、夫婦二人がかりで育てているので、赤ちゃんは、三人一組の生き物の真ん中の部分だと思って生きていることだろう。しばらくの間、家族で一つの生き物をやっていようと思う。
我が家では、父である夫が保育園入園までの育休を取っている。私は仕事柄、家にいる時間も長いし、育休中の夫も会社員としての仕事以外のメディア出演は続けているので、完全に役割が分かれている訳ではない。
しかし、私も外に出る時間は格段に長くなるし、家に居るからといって、赤ちゃんの面倒を見ながら原稿を書くのは難しい。どうしても育児における夫の負担は大きくなる。
まだ僅かな時間ながら子育てをしてみて、仕事をしているからといって、誰かに丸投げしていい大変さじゃないなと感じた。すごく楽しいし、やりがいもある。行政も含めて、周囲に力を借りられる人も多く、我々は、相対的には、かなり楽な方であるのは間違いない。けれど、二人がかりで育てていて、里帰りもして、産後ケア施設も2か所行ったうえでも、そう感じた。
「仕事の方が楽」というのが、今の正直な感想ではある。しかしながら、私の仕事と一般的な仕事を同列に語るのも違うと思う。
私は、面白いと思ったことや考えたことを、皆さんの前で話したり、このような文章にしたりすることでお金を得ている。
けれど、お金が支払われるようになる前から、似たようなことをしてきたし、お金が支払われなくなっても勝手に続けていくと思う。今は、幸運なことに私の自然な営みにたまたま対価が発生しているという状態で、それを便宜上、「仕事」と呼んでいるにすぎない。
アブラゼミに演奏料、カブトムシにファイトマネーが支払われているようなものだから、世間並みに仕事を語るのは、おこがましいというものだろう。
しかし、赤ちゃんを日々生かし続けることに伴う緊張感は、多くの仕事にないものだと思う。
私は、若い頃から、頑張らないためなら、どんな努力も厭わないと思って生きてきた。努力が実って、今の素晴らしく何も頑張っていない生活がある。なので、休みのうちに、夫も私も可能なかぎり、育児で頑張らないためにできるかぎりの努力をしようと思った。
育児用品は、とにかく手間を省けるものをリサーチして揃えたし、乳幼児健診や予防接種、我々の整体の予約を取り、夫が出張に行くときには、前泊の宿を手配し、行政の子育て支援を調べ尽くして、産休からの復帰までに新しい生活の態勢を整えてきた。
人が生きていくのにはお金がかかる。子育てはその中でもお金がかかる。だから、保護者は働かなければいけないし、子どものそばにいたいと望んでも、それが叶わないこともある。
でも、子どものそばにいること以外でも、子育てをすることはできる。仕事でお金を稼ぐことも子どもを育てる上で大事なことなのは間違いないが、子どもに必要なことを把握してリサーチしたり、手配したりと遠隔でできる仕事は巻き取るという意思は持った方が良いと思う。
偉そうに書いてみたが、新米もいいところの私が、親としてあるべき姿を教えるつもりではない。ただ、夫には、この人と結婚してよかったと思い続けてほしい。そして、子どもも、この親のところに生まれてきてよかったと思える環境だったらいいなと思う。
努力の見返りを求めているわけではない。何かを好きになるというのは、余暇活動だと思う。余裕がないとどれだけ好きになったものでも好きだと思うことができなくなってしまう。だから、好かれ続けるためには、生活に余裕を作ることが何より大事だと考えている。
赤ちゃんは、きっと今の生活のことを一つも覚えてはおけない。でも、何十年先も親である私たちがこの不思議で愛おしい日々のことを覚えておいて、話してあげたい。物心付いたら、うちの親は仲が良いと漠然と安心していてもらいたい。
最初に「無事に出産」と言ったが、危険がなかったということではなく、ただ、今、私も赤ちゃんも健やかに過ごせておりますという報告にすぎず、また皆さんとお会いできたのは、ありふれているが、奇跡の類いだと実感した。
分娩時間も長くなく、産後の回復も早かったので、安産として認識していたが、しばらくたって出産時の領収書を確認していたところ、恐ろしげな名前の処置が記載されていたので、出産を見据えて入っておいた共済に請求手続きしたところ、ちょっとびっくりするくらいの金額の共済金が振り込まれた。
日頃、健康以外には、自分にあまりお金を使わないのだが、そのお金を握りしめて、表参道のブルガリに行って、財布を買った。緑と紫で蛇の頭がついた財布だ。それでもまだ随分とお釣りがくる。私の健康代である。
とにかく、これからも皆さんと分かち合う人生が続いて本当によかった。
出産当日や、赤ちゃんと過ごす日々については、またゆっくり別の機会に書いていこうと思うし、今までどおり、思いついたことを思いついた順番でジャンル問わず、さまざまなエッセイを書いていくので、またこれからよろしくお願いします!
プロフィール
篠原かをり(しのはら・かをり)
1995年2月生まれ。動物作家・昆虫研究家/慶應 義塾大学 SFC 研究所上席所員。これまでに『恋する昆虫図鑑~ムシとヒトの恋愛戦略~』(文藝春秋)、『LIFE―人間が知らない生き方』(文響社)、『サバイブ<SURVIVE>-強くなければ、生き残れない』(ダイヤモンド社)、『フムフム、がってん!いきものビックリ仰天クイズ』(文藝春秋)、『ネズミのおしえ』(徳間書店)などを出版。
バナーイラスト 平泉春奈