高齢者が脱水症になりやすい3つの原因とそのメカニズム
高齢者が脱水症になりやすい5つの原因とそのメカニズム
高齢者が脱水症になりやすいという事実をご存知でしょうか。
2024年5月の消防庁のデータによると、全国の熱中症による救急搬送者数2,799人のうち、高齢者が1,519人と全体の54.3%を占めています。これは成人(25.3%)や少年(18.7%)に比べて圧倒的に多い数字です。また、発生場所別では住居が最も多く27.0%となっており、特に自宅で過ごす高齢者の脱水リスクが高いことがわかります。
では、なぜ高齢者は若い世代に比べて脱水症になりやすいのでしょうか。その理由は複数あり、体の加齢変化と生活習慣が関係しています。ここでは、高齢者が脱水症になりやすい3つの主な原因について詳しく解説します。
体内の水分量が減少している
人間の体内における水分量は年齢によって大きく変化します。乳幼児の体内水分量は体重の約70%ですが、成人になると約60%に減少し、高齢者はさらに約50%にまで低下します。
歳を重ねるごとに筋肉量は減少し、代わりに脂肪の割合が増えていきます。筋肉は水分を多く含む組織であるため、筋肉量が減った高齢者の体は、水分を蓄える能力が低下しているのです。
また、加齢に伴い食事量が減少することも水分摂取量の減少につながります。個人差や年齢にもよりますが、1日3食野菜やお米、汁物を食べると1日約1~1.5リットルを摂取しています。しかし、高齢者は食欲の低下や嚥下(えんげ)機能の低下により食事量が減少し、それに伴い食事からの水分摂取量も減少する場合も多いです。
のどの渇きに気づきにくい
私たちの体には「口渇中枢」と呼ばれる、のどの渇きを感じる脳の機能があります。しかし、加齢とともにこの機能は低下し、高齢者は脱水状態になっていても喉の渇きを感じにくくなります。
若い世代であれば、体内の水分が減少すると「喉が渇いた」という感覚が生じ、自然と水分をとる場合が多いでしょう。しかし高齢者の場合、同じ程度の脱水状態でも喉の渇きを強く感じにくいため、水分補給の機会を逃しがちです。
特に75歳以上の高齢者では、この傾向がより顕著になると言われています。
さらに認知症の方の場合、水分を摂る必要性自体を忘れてしまったり、「飲み物」という概念そのものを忘れてしまったりすることもあります。
また、自分が飲み物を飲んだか否かを記憶できないため、長時間水分を摂取しないままになってしまうこともあります。
薬の影響と疾患による脱水リスクの高まり
高齢者はさまざまな慢性疾患を抱えていることが多く、複数の薬を服用しているケースも少なくありません。その中には脱水症状につながる作用のある薬も含まれています。
特に注意が必要なのは利尿作用のある薬です。
高血圧の治療に用いられる降圧剤の一部には利尿作用があり、尿の排出を促して塩分や水分を体外に出す効果があります。
こうした薬を服用している場合、知らず知らずのうちに体内の水分量が減少し、脱水症のリスクが高まります。
また、糖尿病患者も脱水症になりやすい傾向があります。
血糖値が高くなると、余分な糖の排出のために尿量が増え、それに伴って水分も失われます。この状態を放置すると脱水症を引き起こす可能性があります。
加えて、膀胱炎など排尿障害がある場合も、頻尿により体内の水分が過剰に排出されたり、発熱や下痢、嘔吐などの症状がある場合も、短時間で大量の水分が失われたりするため注意が必要です。
高齢者の脱水症の症状はどのようなもの?
脱水症は単なる不快感だけでなく、適切な対処をしないと命に関わる重大な状態に発展する可能性があります。
特に体内の水分調節機能が低下している高齢者では、脱水症の進行が速く、重篤化しやすい場合も多くみられます。
ここでは、高齢者の脱水症の症状を段階別に解説し、「かくれ脱水」という見逃されがちな状態についても説明します。また、脱水症が引き起こす可能性のある重大な合併症についても触れていきます。
脱水症の段階別サインと見逃せない初期症状
脱水症の症状は進行度によって大きく3段階に分けられます。それぞれのサインを知っておくことで、早期発見・早期対応が可能になります。ただし、判断がつかない場合は、自己判断せず医療機関に相談することも重要です。
軽度の脱水症(体重の3~5%の水分喪失) 最も初期の段階で見られる症状には、口や唇、舌の乾燥が挙げられます。また、通常であれば湿っているはずのわきの下や皮膚が乾燥していることも特徴的です。
皮膚の弾力性が低下し、手の甲の皮膚をつまんで離した時に元に戻るのに2秒以上かかる場合は注意が必要です。同様に、爪を押した後に色が戻るのに時間がかかることもサインの一つです。
ただし、高齢者の皮膚の状態や体質によっても反応が変わってくるため、ひとつの目安として利用し、他の状態も合わせて確認することをおすすめします。
その他にも、手足の先が冷たくなる、全身に倦怠感やだるさを感じる、尿量が減少するといった症状が現れます。
これらは日常生活の中で見落としがちですが、脱水症の初期サインとして重要です。特に、皮膚の弾力性は簡単にチェックできる指標として活用できます。
中等度の脱水症(体重の6~9%の水分喪失) 症状が進行すると、より明確な兆候が現れます。頭痛やめまい、ふらつきが生じるようになり、著しい疲労感を感じるようになります。
食欲不振や吐き気といった消化器症状も現れ、血圧が低下することもあります。尿の色は濃い黄色に変化し、量も減少します。また、体重が急激に減少することも特徴です。
この段階になると、日常生活に支障が出るほどの症状が現れるため、特に注意が必要です。めまいによる転倒リスクも高まるため、安全面での配慮も欠かせません。
重度の脱水症(体重の10%以上の水分喪失)
体重の10%以上の水分を失うと、生命に関わる症状が現れます。意識がもうろうとした状態になり、話しかけても反応が鈍くなります。
そして、脈拍は速くなり、皮膚は著しく乾燥して弾力性を完全に失います。口の渇きは極度に強くなり、痙攣を起こすこともあります。最悪の場合、昏睡状態に陥ることもあります。
重度の脱水症は緊急の医療処置が必要な状態です。このような症状が見られた場合は、すぐに救急車を呼ぶ必要があります。
「かくれ脱水」とは?高齢者が気づきにくい危険な状態
「かくれ脱水」とは、脱水症になりかけているにも関わらず、本人も周囲も気づかず有効な対策がとれていない状態を指します。
明らかな脱水症状がなく、喉の渇きを感じにくいため、本人が異変に気づきにくいという特徴があります。また、軽度であっても長時間続くと、慢性的な脱水状態に陥ります。
かくれ脱水の主な症状としては、わずかな疲労感や倦怠感があり、集中力も低下します。手足の冷えや軽いめまいを感じることもあり、口内が軽度に乾燥します。
これらは日常的な不調として見過ごされがちですが、実は脱水症の初期症状である可能性も考えられます。
かくれ脱水は年間を通して起こりますが、特に春や冬場は注意が必要です。汗をかきにくく、喉の渇きを感じにくい季節であるため、意識的に水分を摂ることが少なくなる傾向があります。
かくれ脱水は、早期に対処すれば水分補給だけで改善可能ですが、高齢者は若い世代に比べて回復力が弱く、脱水から元の状態に戻るまでに時間がかかります。そのため、未然に防ぐことが非常に重要です。
脱水症状が引き起こす命に関わる合併症のリスク
脱水症状は単なる水分不足ではなく、適切に対処しないと深刻な合併症を引き起こす可能性があります。特に高齢者は合併症のリスクが高いため、注意が必要です。
脳梗塞・心筋梗塞のリスク
脱水症によって血液の水分が減少すると、血液が濃くなり粘度が高まります。
この状態では血栓(血の固まり)ができやすくなり、血管が詰まる可能性が高まります。血栓が脳の血管に詰まると脳梗塞、心臓の血管に詰まると心筋梗塞を引き起こす可能性があります。
電解質バランスの異常
体内の水分が減少すると、ナトリウムやカリウムなどの電解質バランスも崩れます。
電解質は神経や筋肉の機能に重要な役割を果たしており、バランスが崩れると筋肉の痙攣や不整脈、さらには「せん妄」と呼ばれる意識障害を引き起こすことがあります。
せん妄は脱水症が原因で引き起こされる場合もあり、発見が遅れると命に関わることもあります。高齢者の場合、認知症の症状と混同されやすいため、正確な判断が難しいこともあります。
転倒・骨折のリスク
脱水症によるめまいやふらつきは、高齢者の転倒リスクを高めます。高齢者の転倒は骨折につながりやすく、それにより寝たきり状態になる場合も多いため後の体力低下につながる可能性があります。
熱中症へのリスク
脱水状態は熱中症のリスクを高めます。体内の水分が不足していると、体温調節機能が低下し、体温が上昇しやすくなります。特に夏場は注意が必要です。
適切な水分補給と環境調整を行い、合併症リスクを減らしましょう。高齢者の健康を守るためには、脱水症の予防が非常に重要なのです。
高齢者の脱水症の予防方法は?
高齢者の脱水症は、適切な予防策を講じることで多くの場合防ぐことができます。
ここでは、高齢者に適した水分補給の方法や、季節ごとの予防策、そして脱水症状が現れた場合の応急処置について、日常的に実践できる具体的な対策を中心に紹介します。
高齢者に適した水分補給方法
高齢者の脱水予防には、適切な水分摂取が最も重要であり、高齢者の身体的特性や生活習慣に合わせた水分補給の工夫が必要となります。
高齢者は喉の渇きを感じにくいため、喉が渇いたと感じてからでは水分補給が遅れがちです。そのため、時間を決めて定期的に水分補給を行うことが重要です。
起床時、朝・昼・夕の各食事時、午前10時頃と午後3時頃のおやつの時間、入浴前後、就寝前などのタイミングで水分補給を促すと良いでしょう。
睡眠中にも体内の水分が失われているため、特に起床時にはコップ1杯(約200ml)の水分補給を行いましょう。また、食事の際に汁物を取り入れるのも良い方法です。
高齢者が自発的に水分を摂取してもらう工夫として、本人の好みの飲み物を用意することも効果的です。
水だけでなく、お茶、スポーツドリンク、フルーツジュースなどさまざまな飲み物を用意すると良いでしょう。ただし、糖分過多にならないよう注意が必要です。
また、季節に合わせた温度の飲み物を提供することも重要です。
ただし、極端に冷たい飲み物は胃腸に負担をかけることがあるため、夏場は冷たい飲み物が好まれる傾向にありますが、適度な温度に調整することが望ましいでしょう。
飲み物だけでなく、水分を多く含む食品を食事に取り入れることも有効な方法です。スイカやメロンなどの果物、キュウリやレタスなどの野菜、ゼリーや寒天などは水分含有量が高いため、脱水予防に役立ちます。
これらの食品を食事に取り入れることで、飲み物としての水分摂取に抵抗がある高齢者でも、自然に水分を補給することができます。
ただし、嚥下(えんげ)機能に障害がある高齢者の場合、通常の飲み物ではむせる危険性があります。
そのような場合は、とろみ剤を使用して飲み物にとろみをつけたり、ゼリー状の経口補水液を利用したり、少量ずつ頻回に摂取したり、専用のストローや吸い口の工夫されたマグカップを使用したりすると良いでしょう。
これらの工夫によって、嚥下機能が低下している高齢者でも安全に水分を摂取することができます。
季節別の脱水予防策と室内環境の整え方
脱水症は年間を通じて起こりうる問題ですが、季節によってリスク要因や予防策が異なります。ここでは季節別の脱水予防策と、高齢者にとって適切な室内環境の整え方について解説します。
梅雨時
汗の蒸発が妨げられるため体温調節が効率よく行えません。
除湿機能を活用し湿度を下げることや、湿気を逃がしやすい素材の衣服を着用すること、汗が蒸発しにくいため必要以上に水分を摂取すること、汗と一緒に塩分が失われるため適度な塩分摂取を意識しましょう。
湿度が高い環境では、体感温度が実際の気温より高く感じられるため、知らず知らずのうちに脱水が進行していることがあります。
夏
高温多湿の環境によって大量の汗をかくため、脱水症のリスクが最も高まる季節です。
この時期は、のどが渇く前に水分補給をする習慣をつけることが大切です。汗で失われる塩分を補うため、スポーツドリンクや経口補水液を活用するのも良いでしょう。
高齢者の手の届く場所に飲み物を常備しておくことも大切です。
また、エアコンや扇風機を使用し室温を28℃以下に保つことや、外出時には日傘や帽子を使用し直射日光を避けることなどが効果的です。
特に熱中症の危険が高い日は、外出を控えたり、外出時には水分を持参するなどの対策が必要です。高齢者の熱中症は住居内で発生するケースが多いため、室内の温度管理も重要となってきます。
春・秋・冬
これらの季節は発汗が少ないため脱水に気づきにくく、「かくれ脱水」のリスクが高まります。外気や暖房による室内の乾燥、また大きな気温の変化によって知らず知らずのうちに身体から出ていく水分量が増加します。
汗をかいていなくても定期的に水分を摂取すること、冬場は皮膚の乾燥を防ぐため保湿ケアを行うことなどが効果的です。
室内環境としては、加湿器を使用するなどして湿度を50〜60%程度に保つことや、室温を急激に変えないよう適切な温度(20〜22℃程度)に設定することに気をつけましょう。
特に一人暮らしの高齢者の住居では、室内が高温なことに気付かずエアコンを止めていたり、厚着をしていたりと、高齢者個人の感覚によって環境が調整されている場合も多いため、定期的な訪問や声かけを行い、適切な室内環境が保たれているか確認することも重要です。
脱水症状が現れた場合の応急処置と受診の目安
脱水症状を早期に発見し、適切な応急処置を行うことは、症状の悪化を防ぐために非常に重要です。ここでは、重症度別の応急処置と、医療機関を受診すべきタイミングについて解説します。
医療機関を受診すべきタイミングとしては、以下の通りです。
中度以上の脱水症状がみられる場合
水分を口から摂取できない場合(嘔吐を繰り返す、嚥下障害があるなど)
38℃以上の発熱が続く場合、
意識ははっきりしない場合
基礎疾患(心疾患、腎疾患、糖尿病など)がある場合
特に高齢者は症状が急速に悪化することがあるため、少しでも異変を感じたら、早めに医療機関を受診することが大切です。
重症の場合は迷わず救急車を呼びましょう。
脱水症の症状は他の疾患の症状と似ていることがあるため、極端な血圧上昇、片側の麻痺や言語障害、胸痛や息切れ、強い腹痛などの症状がある場合は、脱水症以外の疾患も考慮して医療機関を受診することが重要です。
脱水症は適切な水分・電解質補給により回復可能な状態ですが、他の疾患が原因の場合は、それぞれに適した治療が必要となります。
高齢者の脱水症予防は、日常的な水分補給の習慣づけと環境管理が基本となります。
介護を行う家族は、高齢者の普段の状態をよく観察し、わずかな変化にも気づけるような環境を作っておくことが重要です。
また、脱水症状の適切な予防策と応急処置を実践することで、高齢者の健康と安全を守ることができます。
まとめ
高齢者の脱水症は、健康維持において非常に重要な問題です。
加齢に伴う体内の水分量の減少、水分不足を感知する神経が弱まる、薬の影響など、複数の要因が組み合わさることで、高齢者の脱水症状のリスクが高まります。
脱水症は軽度から重度まで段階的に症状が進行し、特に「かくれ脱水」と呼ばれる目立った症状がない状態は見逃されやすく、危険です。
また、脱水症は単なる不調ではなく、脳梗塞や心筋梗塞といった命に関わる合併症を引き起こす可能性も指摘されています。
予防策としては、定期的な水分摂取の習慣づけ、季節や環境に応じた適切な対策、そして室内環境の整備が重要です。
加えて、脱水症状が現れた場合には、重症度に応じた適切な応急処置を行い、重症の場合は迷わず救急車を呼びましょう。
高齢者本人だけでなく、家族や介護者も脱水症についての正しい知識を持ち、日常的な観察と予防的なケアを心がけることで、高齢者の健康と生活の質を守ることができます。
特に一人暮らしの高齢者や認知症のある高齢者は、周囲のサポートが不可欠であり、定期的な声かけや環境確認が重要です。
高齢者の脱水症予防は、簡単な水分補給の工夫から始まります。「喉が渇いてから」ではなく「渇く前に」水分を摂取する習慣を身につけることが重要です。