エンジニアは「AIエージェントの管理者」になる? LayerX松本勇気が語る、コードを書くスキルより重要なもの
2024年末、生成AIにも「極めて複雑な問題を論理的に思考→解釈→判断(解決)」できるモデルが登場した。ビジネスへの実用化が本格化すれば、AIはいよいよ人間と違わぬ働きをするだろう。
そうなればAIはもはやツールではなく、仕事をアシストする「強力なパートナー」となり、私たち人間の仕事内容も根本から変わりそうだ。そうした未来がくる日を示唆し、「これからのエンジニアはAIをマネジメントするスキルが求められる」と語るのが株式会社LayerXのCTO・松本勇気さんだ。
2025年、AIはどこまで進化し、エンジニアの仕事はどう変わるのだろうか。本記事では、25年1月23日(木)にLayerXが主催したイベント「大企業による生成AI実装 2025年予測」より、松本さんが講演した「生成AI最新動向・トレンド解説」の内容をお届けする。
株式会社LayerX
代表取締役 CTO 兼 AI・LLM事業部管掌
松本勇気さん(@y_matsuwitter)
東京大学在学時にGunosy入社、CTOとして技術組織全体を統括。2018年にDMM.com CTOに就任し技術組織改革を推進。2021年、LayerXの代表取締役CTOに就任。開発や組織づくり、及びFintechとAI・LLM事業の2事業の推進を担当。CTO協会理事
目次
生成AIの主戦場は「出力品質」から「推論強化」へ移行マルチエージェントな世界の構築が進む一年により「人との関わり」がエンジニアに求められる
生成AIの主戦場は「出力品質」から「推論強化」へ移行
GPT-4、Gemini、Claudeといった主要モデルの性能が飛躍的に向上した2024年の生成AI競争について、松本さんは次のように振り返る。
「この1年間で、生成AIのモデルごとの性能差は急速に縮まりました。もはや“どのモデルが最も優れているのか”という問いには、単純な性能比較では答えが出せなくなっています。1回の出力品質を向上させる競争は、そろそろ限界に達しつつある。今後は『推論強化型モデル』の開発が主戦場になっていくと考えています」
言い換えると「論理的思考を強化するモデル」とも呼べるそのモデルの代表例が、24年9月にOpenAIがリリースした大規模言語モデル(LLM)「o1」だ。
「従来の生成AIは、ユーザーからの指示に対して即座に回答を生成する方式でした。より高度な推論が必要な場合は、会話を重ねながら少しずつ考えを深めるという方法を取るしかなかったんです。しかしこの方法では、対話を重ねるほど文脈が揺らぎ、初期の意図とズレた回答を返すリスクが高まるという問題がありました」
一方o1は、このアプローチを大きく変えた。
「o1は、一つの問題にフォーカスし続けながら、内部で複数の推論ステップを重ねて精度を高めていきます。つまり、ユーザーと何度も対話をしなくても、AI自身が“考え直す”ことができるようになったのです。o1以外にも、GoogleのGemini 2.0 Flash Thinking、中国のDeepSeek-R1といった推論強化モデルが登場しており、今後もこの分野の進化が続くでしょう」
「推論強化型モデル」の登場により、エンジニアの設計プロセスや、企業の戦略立案といった推論の質が求められる領域において、新たな可能性が広がると期待されている。ただ同時に、新たな課題も浮上していると松本さんは言う。
「推論を深めるほど、AIが処理する情報量は増え、計算コストも跳ね上がります。すでに次世代モデルとして噂されているo3では、1回の推論コストが数万円に達する可能性も指摘されています」
こうした高コスト化の問題は、AIを活用する企業にとって重要な課題となる。高度な推論能力を持つo1のようなモデルは、複雑な問題解決や意思決定の補助には適している。しかし、単純な情報処理やルーチン業務に適用するには、コストと効果のバランスが取れないケースも出てくる。
「例えば、問い合わせ対応や定型的なレポート作成など、すでに既存のAIでも十分な精度で処理できる業務に対して、推論強化型モデルを導入するのはコスト的に見合いません。一方で、金融や製造業など、意思決定の精度が直接ビジネスに影響を与える領域では、投資に見合う価値を生み出す可能性があります」
加えて、時間をかけて推論するという性質上、処理速度の低下も避けられない。
「通常のチャットAIなら、1秒以内にレスポンスが返ってくることが求められます。しかし、o1のようなモデルは、時間をかけて考えることが特徴なので、リアルタイム処理が必要な場面では遅延が問題になるケースもあるでしょう。利用シーンごとに適したモデルを選定する視点が、今後ますます重要になります」
マルチエージェントな世界の構築が進む一年に
推論強化型モデルの登場により、AIは単なるツールから「考える存在」へと進化した。しかしその進化は「一つのAIが全てをこなす」という方向性ではなく、より専門化し、複数のAIが協調してタスクを遂行する形へと変わりつつある。この流れを象徴するのが、「AIエージェント」の本格的な活用だ。
「エージェントとは、LLMに特定の目的を持たせ、それに沿って自律的にタスクを遂行させる仕組みのことです。従来のAIは、人間が指示を与え、それに対して即座に回答を返すものが一般的でした。しかしエージェント型AIは、目標を与えれば自ら計画を立て、情報を収集し、最適な手順を選択して実行することができるのです」
例えば「稟議書を作成して」と指示すれば、エージェントはまず必要な情報を調査し、フォーマットを整えてドラフトを作成し、レビューを経て最終版を仕上げる。従来のシステムでは、この一連の流れを人間が設計する必要があったが、AIエージェントはタスクの計画から実行、完了までを自律的に判断する点が大きな違いだ。
しかし、全ての業務を一つのエージェントに任せるのは現実的ではない。
「高度な推論を行うエージェントは計算コストが高く、また推論精度を考えても業務範囲が広いほどミスが増えるため、全業務を一つのエージェントに集約するのは非効率です。むしろ、特定の役割に特化したエージェントを組み合わせ、それぞれが専門領域で最大のパフォーマンスを発揮する『マルチエージェントシステム』の方が、実用性の面で優れています。
企業の契約業務を自動化するような場合には、『契約書を作成するエージェント』『リーガルチェックを行うエージェント』『社内承認フローを管理するエージェント』といったように、役割ごとに特化したエージェントを組み合わせるのが理想的です」
また松本さんは、エージェントの出力結果をどう評価し、どの基準で正誤を判断するのかも重要な論点だと話を続ける。
「従来のシステムは、事前にルールを定義しておけば、一貫した出力を保証できました。しかし、エージェントは確率的な推論を行うため、同じ指示を与えても異なる方法で処理を進めることがあり、結果が一定しない。またマルチエージェントの場合、各エージェントが独立して判断を下すため、その連携がうまくいかないと業務が破綻する可能性があります。このような品質保証の難しさが、エージェント導入の大きな課題になっています」
そこで重要になるのが、各エージェントを統括し、業務全体の整合性を取る「オーケストレーター」の役割だ。
「オーケストレーターとは、エージェント同士のタスクを管理し、適切に割り振る仕組みを指します。エージェントが増えれば増えるほど、どのエージェントがどのタスクを担当するのか、どの順序で処理を進めるのかを適切に制御しなければなりません。例えば財務系の業務において、請求書処理エージェントと税務処理エージェントがそれぞれ動く場合、オーケストレーターが両者の優先順位を決め、必要なデータを適切に受け渡すことで、全体の最適化が図れます」
オーケストレーターが担う主な役割
■エージェント間の役割分担の調整(どのタスクをどのAIが担当するか決める)
■タスクの進行状況のモニタリング(業務の遅延やエラーを防ぐ)
■推論の一貫性を担保(異なるエージェントが矛盾しないよう調整)
「2025年は、AIを単独で活用する時代ではなく、複数のAIを適切に組み合わせ、マネジメントする時代になります。オーケストレーターをどう設計するかが、マルチエージェントシステムの成否を分ける重要なポイントになっていくでしょう。また、そもそもエージェントでなくても解決できるものは既存のシステムを使うといった視点も必要です」
より「人との関わり」がエンジニアに求められる
マルチエージェントシステムの発展により、エンジニアの仕事も変わろうとしている。
「繰り返し発生する業務や、決まった手順の業務は、積極的にAIエージェントに任せていくのがよいでしょう。AIが出力した結果を人間がレビューし、必要に応じて調整しながら活用する。人間がすべきことは、AIが生み出した成果を適切に評価し、業務にフィットさせることです。
僕も最近はたくさんコードを書いていますが、『Devin』のような自律型AIソフトウェアエンジニアをいかに動かすかで、生産性は何倍にも変わる可能性が出てきている。AIを部下のようにマネジメントし、少しずつ任せられる範囲を広げていく。そんな働き方が今後増えていくのではないかと考えていますし、エンジニアのキャリアを左右する要素になると思います」
とはいえ、全ての業務を最初からAIに委ねるのは現実的ではない。未知の業務や、今後繰り返し発生する可能性のある業務については、最初は人間が実施し、それを徐々にAIに学習させていくのが望ましい。
「そもそも仕事は、人と人との関係性の中で生まれるものだと思うんです。なのでエージェントがどれだけ進化しようとも、その身体性がないうちは、未知の仕事は人間が生み出すものだと考えています。コードだけでなく人と関わり、業務のあり方や価値創出を考えるようにならなくては、エンジニアであっても立ち行かなくなる日が来るかもしれません」
AIが既存の業務を効率化できたとしても、未知の領域を開拓するのは人間の役割として残り続ける。これからのエンジニアに求められるのは、ただコードを書く能力だけではなく、AIをどこに、どのように組み込むべきかを判断し、活用する力だ。
「AIが業務を代替するのではなく、人間がAIの可能性を引き出しながら、より高度な仕事へシフトしていく。こうした変化が、これからますます加速していくと思います。未知の領域を切り開き、AIを適切に活用しながら、新しい価値を生み出す。それが、これからのエンジニアに求められるスキルセットになっていくでしょう」
文・編集/今中康達(編集部)