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川って道なんです。カヤックで東京下町を横断! 東大島から日本橋まで漕いでみた

さんたつ

日本橋カヤック スピンオフ

突然だが、東大島から日本橋に向かうとなったら、どんな経路を思い浮かべるだろうか。とりあえず地下鉄新宿線に乗って、東日本橋駅で浅草線に乗り換えかな。車があるなら、まず新大橋通りを行けばいい。同じ道を自転車で行くという手もある……という程度が一般的だろう。しかし、今回はそこに「船」という選択肢を加えたい。道路や線路と同じように、水路もまた街と街をつないでいるのだ。

なぜ運河をカヤックで行くのか

「船」と書いてはみたが、要はカヤックを漕いで行こうという話である。なんでまたそんな計画を立てたのかといえば、月刊『散歩の達人』の撮影のためだ。

筆者は、『散歩の達人』2025年6月号で日本橋川とその周辺の水路に関する記事を担当。その際、どうしても実現したかったのが「橋や川岸からではなく、できる限り水面に近い視点の写真を載せる」ということ。そんな相談をカヌーイストのカメラマン・オカダタカオ氏に持ちかけたところ、「カヤックで大島小松川公園から小名木川(おなぎがわ)をたどって日本橋まで行ける」と言うのである。

小松川やら小名木川やら言われても経路がぱっと思い浮かばないという方のために説明しよう。大島小松川公園は、地下鉄東大島駅のすぐ北、荒川の右岸(西側)にある都立公園だ。公園のなかを流れている旧中川は公園の南で小名木川とつながっている。小名木川は、江東区を東西に横断して旧中川と隅田川と結ぶ一直線の運河。隅田川に出て河口から日本橋川をさかのぼれば、日本橋にたどり着けるというわけ。片道約8km、2、3時間の行程である。

東大島〜日本橋の行程ざっくりマップ。

わざわざ東大島から遠路はるばる向かうのは、カヤックに乗り込める地点、いわゆる出廷場所が都心には多くないから。しかし、乗り込んでしまえばこっちのもの! 水の流れるところはすべて道になる。

穏やかな小名木川をひたすら西へ

さくら大橋の北から出発(筆者撮影)。

撮影の敢行は、4月半ばのよく晴れた暖かな日。大島小松川公園からオカダ氏の愛艇に乗り込み、まずは旧中川を下って漕ぎはじめる。沿岸の景色がするすると後方に流れていき、やわらかな水の音が心地よいのなんの! 一応せっせとパドルを動かしてはみるものの、2人乗りカヤックで9割以上はオカダ氏のパワーで進んでいるので、筆者の方はさながらベネチアでゴンドラクルーズを楽しむ観光客である。

しかし、ゴンドラとは決定的に違うのが水面の近さ。ほとんどお尻が船底の高さになるカヤックは、「水の上をゆく」というよりかは「水とともにゆく」という感覚。筆者はカナディアンカヌーを漕いで北海道で川下りをした経験があるのだが、それよりもずっと視線が低い。

中川大橋を越えたら、右折して小名木川へ。旧中川と同様、水門で閉ざされた運河のためほとんど流れはなく水面は穏やか。とはいえ小名木川の区別は一級河川で、荒川側が上流、隅田川側が下流という扱いになるのだそうだ。

進行方向には、今日の目的地である日本橋で建設中のビルも見えた!

小名木川は徳川家康が江戸入り後すぐに手がけた事業のひとつで、関東を代表する製塩地だった行徳の塩を江戸に運ぶことが大きな目的だった。海路で運んでいたところを運河にすることで、安定した輸送路を確保したというわけ。家康の命で開削された運河のなかでは道三堀に次いで古い。それだけ重要な「塩の道」なのだ。

また、現代の地図でみると江東区を突っ切って開削したように見えるが、当時は小名木川のあたりが海岸線で、以降に南側の埋め立てが進んでいったとされている。

小名木川クローバー橋。
横十間川との交差点で北を望む。

小名木川の中間地点にはX字型がかっこいい歩行者専用の橋・小名木川クローバー橋がかかっていて、横十間川と交差する。まさに交差点といった風景で、北へ延びる横十間川の先にはスカイツリーが見えた。

“東京のパナマ運河”扇橋閘門に大興奮

扇橋閘門が見えてきた!

小名木川クローバー橋をくぐるとすぐに見えてくるのが、扇橋閘門(おうぎばしこうもん)。小名木川カヤックならではの楽しみのひとつだ。

いわゆる海抜ゼロメートル地帯にある水路はその水位を低く保つ必要があるため、各地に水門が設けられている。ここ扇橋閘門の水位差は大きいときでは3m近くになるそう。閘門はいわば水のエレベーターで、パナマ運河とおなじ方式。2つある門の間に船が入って水位が昇降し、行き先の水位と揃えたらもう一方の門が開くというわけだ。みるみる水位が変わっていく数分間はなんともいえずぞくぞくして、治水技術のすごさを全身で体験できる。

閘門の入り口には信号が。監視員の方が船を確認すると門を開閉してくれる。
門が開いたらいざ中へ!
水位の上昇が終わり、西側の門が開き始めた。

閘門を抜けたら、深川エリアをぐんぐん西へ。こちらは城東よりもさらに橋が多くて、ひとつひとつ名前や形に注目するのも楽しい。くぐる橋というのは、渡る橋とは全く違う見え方になるものだ。

隅田川で水面は一変、都心へ突入

そろそろ小名木川も終わり。右は芭蕉庵史跡展望庭園。

萬年橋をくぐったら、いよいよ隅田川へ。ぐっと視界が開けるだけでなく、波もあって急にパドルが扱いづらくなる。この日は少し風が出てきていたこともあって、ゴンドラクルーズから一気にラフティングの気分。これが川か……と思うと同時に、家康が行徳の塩を運ぶため運河を通した理由にしみじみ納得する。その程度でわかった気になるなと怒られそうだが、「運河の方が安定した輸送路」であることを、頭で理解するのと実際に波に揉まれるのとではえらい違いなのだ。

非力ながらがんばって漕ぐ。清洲橋が随分と大きく感じられた。
日本橋川に入る手前、下流を望む。永代橋と、その向こうに石川島のマンション群が見える。

清洲橋と隅田川大橋をくぐり、右折して日本橋川へ。こちらは小名木川とは違って流れがあるものの隅田川のような激しさはなく、出発時から見えていた日本橋の目印のビルがぐっと近づいていて感動する。

前方のこじゃれたアーチ橋は新川と箱崎町を結ぶ湊橋。
湊橋をくぐると、首都高の高架がお目見え。

やがて、頭上を走る首都高の姿と音に圧倒される。ここからは、高架下で日陰になっている日本橋川をさかのぼっていく。

この日本橋川も、江戸の繁栄を支えた舟運の大動脈のひとつだった。川辺には人や物資を積み下ろす船着場であり取引をする市場でもあった河岸が連なり、江戸のなかでも特に活気あふれる場所だったのだ。現役の物流の肝である道路と自動車のせわしない音を聞きながら、水運を引退した静かな川を手漕ぎで進む……そんな感慨に浸っていると、まもなく日本橋が見えてくる。

さんさんと陽を浴びていた小名木川や隅田川とは対照的。
鎧橋の手前から見えた東京証券取引所。

日本橋の橋を観光で訪れても、麒麟像をパシャリと写真におさめておしまいの人が多いと思う。しかし、川から見上げる日本橋には独特の威厳と風格があって、和洋折衷のデザインや装飾に改めてほれぼれする。

現在日本橋川は流路のほとんどが首都高の高架下だが、日本橋に青空を取り戻そうという長年の取り組みの末、2025年春にはいよいよ首都高地下化工事が始まった。高架の撤去完了は2040年予定。ここに陽の光があたるようになると、その姿もまた随分と変わって見えるだろう。

オカダ氏が撮った日本橋のカッコいい写真は、ぜひ『散歩の達人』の誌面でも堪能されたし。

神田川で御茶ノ水の編集部にも寄り道

秋葉原駅の南にある神田ふれあい橋をくぐる。

日本橋を撮影するという目的を果たした後は来た道を戻る予定だったが、せっかくだし『散歩の達人』編集部へ寄り道していくことに。編集部は神田駿河台の神田川沿いにあるから、そばまでカヤックで行けるのだ。

一度隅田川に戻ってさかのぼり、左折して神田川へ。穏やかな小名木川、広大な隅田川、渋い日本橋川とそれぞれの雰囲気があるが、神田川はかなりドラマチックだ。柳橋付近では屋形船がずらりと並んで係留された情緒ある風景で、タイムスリップしたような気分になる。さらにその先に万世橋、昌平橋、川沿いを走る中央線や総武線、そして地上に飛び出てきた地下鉄丸ノ内線と、立体的な景色が次々に現れる。

昌平橋とその奥に総武線。左は万世橋駅跡、右奥の緑色の鉄橋は松住町架道橋。
聖橋の高さに圧倒されるし、丸ノ内線は真下で見るとかなり近くて迫力がある。

そもそもこのあたりの神田川は人工の渓谷。日本橋方面を水害から守るため、本郷台地を貫いて開削されたというダイナミックな経歴を持つ。本来水が流れるはずのない場所に川を通したのだから、これだけぐっと深くなっているのだ。おなじく人工の小名木川と比べてもかなりの難工事だっただろう。そんな地形や成り立ちの差が、カヤックから見た景色や雰囲気にも見事に現れているというわけだ。

駿河台のそばで編集部が入っているビルを見上げて手を振り、満足して帰路に就いた。

カヤックから見上げた編集部。肉眼だとギリギリ人を判別できるかどうかの遠さだった。
中央に小さく写っているのが筆者とオカダ氏(編集部撮影)。

水路を船で散歩するロマン

最終的な今回の行程。

結局、寄り道したことで往復約25km、6時間の船旅になった。はじめて東京の運河をカヤックで移動して強く実感したのが、「川って、道なんだ」ということ。もちろんそうと認識し理解はしていただが、実際に水上を漕いで移動してみると想像以上に腑に落ちるのである。

帰りの扇橋閘門では、門から滴る水滴で虹が見えた。

子供の頃、鉄道が走っていなかった故郷の村に線路が敷かれる妄想をよくしていた。もちろん道路はあるのだが、村と村が線路でつながるとどこへでも行ける気がしてわくわくしたものだ。

今回も、それに近いときめきを感じた。歴史的にみればとうに衰退した河川舟運が、なにか新しい可能性のようにさえ思えてくる。道路や鉄道と同じように川や水路を捉えてみることで、いつもと違う散歩ができるのだ。

取材・文=中村こより 撮影=オカダタカオ

中村こより
もの書き・もの描き
1993年東京生まれ、北海道育ち。中央線沿線に憧れて三鷹で暮らした後、坂のある街に憧れて現在は谷中在住。好きなものは凸凹地形、地図、路上観察、夕立。挑戦したいことは測量と東海道踏破。

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