今を生きる松任谷由実!50周年以降は「懐かしい未来」と「新しい過去」がコンセプト
デビュー50周年以降もさまざまな場所でその魅力を発揮したユーミン
本日、1月19日は松任谷由実の誕生日。2022年にデビュー50周年を迎えたユーミンは、この年の10月4日にベストアルバム『ユーミン万歳!』をリリース。これがチャートの1位となり、1970年代から2020年代までの6年代にわたりアルバムが1位を獲得するという前人未到の快挙を成し遂げた。この50周年以降、ユーミンの活動はそれまで以上に多岐にわたり、さまざまな場所でその魅力を発揮する活動が開催された。
六本木ヒルズ森タワーの東京シティビューでは、2022年末の12月8日から翌年の2月26日まで、大規模展覧会『YUMING MUSEUM』が開催。八王子の実家より運び込まれたピアノ、独身時代の部屋の様子も再現、愛読書や10代の頃に聴いていたアルバムなども展示。特に興味深かったのは創作過程における直筆の作詞で、後に代表作となる幾多の楽曲が、歌詞の書き換えや配置の変更など、さまざまな過程を経て生まれたことがよくわかる、マニア垂涎の展覧会であった。
51年目の先を見据えたアリーナツアー「THE JOURNEY」
翌2023年には、50周年記念の全国アリーナツアー『THE JOURNEY』を開催。旅をテーマにしたストーリー性のある構成で、会場には巨大な船のセットが鎮座。50周年記念でベスト盤の発売があったにも関わらず、セットリストを集大成的、総花的な内容にせず、あくまで51年目の先を見据えた “航海" を見せているのが印象的だった。
地味な曲やあまり知られていない曲でも、全てに印象的な演出が施されているのはユーミンのコンサートの特徴だが、このツアーで個人的に記憶に残るのは15曲目の「Now Is On」。この曲は1999年のアルバム『FROSEN ROSES』収録曲で、熱心なファン以外にはそれほど名高い曲ではない。この前の曲が、竜に乗って歌う「LOVE WARS」、この後が「星空の誘惑」「埠頭を渡る風」「真夏の夜の夢」という定番のショーアップナンバー3連発なので、間に挟まれた「Now Is On」の選曲には何かしらの意味を感じさせる。
この曲の演出は、ステージ上部から降りてきた円形のスクリーンに、戦車や大砲、逃げ惑う人々がアニメーションで描かれた。ステージ下部の四方からは発砲音も響き、ユーミンのステージでは極めて珍しい、メッセージ色の強い演出となった。
当初は、交流の深いロシアのダンサーを迎える構想もあったというが、2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻により予定が変更となったようで、国家間の戦争がエンターテインメントの世界にも大きく影を落としてしまうことを思わせるのが、この「Now Is On」の選曲と演出だった。
ツアー開催中の2023年10月には、ハマスによるイスラエルへの越境攻撃とイスラエル軍によるガザ侵攻が始まり、10月以降にこの公演を観た観客の脳裏にはニュースで見るその状況も重なったと思われる。『THE JOURNEY』ツアーを単なる50周年のお祝いイベントにせず、現在進行形のユーミンを提示したことが、結果として彼女の楽曲が時代とシンクロする様を、多くの観客に見せることとなったのだ。
府中競馬場に和服姿のユーミンがサプライズで登場
また、このツアー中の7月5日には、「中央フリーウェイ」でお馴染みの府中競馬場にて、東京SUGOI花火 2023『Yuming 50th Anniversary ~真夏の夜の夢~』も開催。ユーミンの楽曲を用いた1万4,000発の花火が上がり、開演前には和服姿のユーミンがサプライズで登場した。
そして、同年の12月20日には、コラボレーションアルバム『ユーミン乾杯!』を発表。岡村靖幸やくるり、YOASHOBI、小室哲哉らがユーミンの楽曲をそれぞれの解釈で再構築した内容で、ことにロシア出身の世界的DJでありアーティストのニーナ・クラヴィッツが参加した「春よ、来い」は、前述の『THE JOURNEY』ツアーの件を思うと大変意義深いコラボであった。
他にも桑田佳祐と共演した日本テレビの音楽番組『Merry X'mas Show』のテーマソング「Kissin’ Christmas(クリスマスだからじゃない)」の2023年版新録、1985年に小田和正、財津和夫とのコラボで発表された「今だから」のリマスター収録など、話題豊富な1作となった。
能登半島の復興を応援するチャリティシングル「acacia(アカシア)」
ツアー最終公演からわずか4日後、2024年の元旦、能登半島地震が起きた。能登半島のある石川県は、ユーミンと縁の深い土地である。デビューして間もない頃に彼女の才能を認め、応援してくれた北陸放送の女性プロデューサーとの出会い。荒井由実時代に、金沢の浅野川をイメージして書かれた「花紀行」などエピソードは豊富にある。
2015年には石川県の観光ブランドプロデューサーに任命され、マスコットキャラクターの観光誘客動画用に、「いしかわ百万石物語〜ひゃくまんさん小唄〜」の作曲も手がけたほか、2023年には、北陸新幹線の福井延伸を受け、石川県内の新駅、小松駅と加賀温泉駅の発車メロディーを作曲。2024年3月16日の開業より使用されている。
この2024年は、能登半島の復興を応援する意図で、5月29日にチャリティシングル「acacia(アカシア)」をリリース。この曲は2001年のアルバム『acacia(アケイシャ)』収録のナンバーで、ユーミンが石川県の内灘町を訪れた際、アカシアが群生する風景に感動し作った楽曲。
歌詞にある「♪懐かしすぎる未来」とは、前述のコラボアルバム『ユーミン乾杯!』のコンセプト、"懐かしい未来、新しい過去" として使用されており、50周年以降のユーミンが大きなテーマとして掲げているフレーズでもあるのだ。この曲は、3月16日より北陸鉄道浅野川線の、栗ヶ崎駅〜内灘駅間の車内到着メロディーに使用されている。加えて11月12日よりユーミンと写真家の佐藤健寿による『写真展 能登 20240101』が開催された。
東名阪限定で劇場特別上映された「松任谷由実50周年コンサートツアー THE JOURNEY MOVIE」
2024年はさらに、『ユーミン万歳!』のアナログBOX発売、そして『THE JOURNEY』ツアーの模様が、109シネマズプレミアム新宿ほか東名阪限定で劇場特別上映された。
『松任谷由実50周年コンサートツアー THE JOURNEY MOVIE』と題されたこの企画は、GOH HOTODAによる5.1chサラウンドサウンドに新たなリミックスが施され、映像も4K化。音響面ではライブと同様の鑑賞体験が可能で、加えて本人のかなり近い位置までカメラが迫り、ステージでは見えなかったユーミンやバンド、パフォーマーたちのさまざまなアクションを知ることができる。こちらは現在も上映中だ。
もちろん、新たな楽曲も制作されている。7月には、ニッポン放送開局70周年テーマソング「LET’S GET IT STARTED!」を発表。さらには国立新美術館で10月30日から開催された『荒川ナッシュ医 ペインティングス・アー・ポップスターズ』の展示に合わせ、新曲「小鳥曜日」を制作。ユーミンが敬愛するアンリ・マティスへオマージュを捧げた歌で、これに合わせ松任谷正隆がインスタレーションを制作した。
今のユーミンを知るのに最適なリゾートライブ「SURF & SNOW」
こうした多彩な活動の中、変わらず続けられているのが、毎年2月に開催されている苗場公演。夏の逗子公演とともに『SURF & SNOW』のタイトルが冠された恒例のリゾートライブで、逗子公演は2004年に終了したが、冬の苗場は現在も継続、2025年には45回目を迎える。
会場の苗場プリンスホテル『ブリザーディウム』は1,000人程度の小さなキャパで、本人との距離の近さ、マニアックな選曲、中盤のリクエストコーナーで当たると本人と会話できる僥倖に恵まれるといった楽しさはもちろん、長年のファンが “今のユーミン” を知るのに最適の公演なのだ。
2023年の公演はデビュー50周年のスペシャル企画で、1978年、葉山マリーナからスタートしたこのリゾートコンサートの1曲目に取り上げた曲をメドレーにして、冒頭から45分間、トータル41曲を歌いっぱなしという凄まじいステージをやってのけた。
2024年は一転して SFモードのステージ。トリップするような浮遊感覚の楽曲を多く並べ、しかも1990年代以降の楽曲を中心にしたセットリスト。新作アルバムをひっさげたコンサートで一度聴いたきり、というような曲も多く取り上げられ、マニアックなファンを感激させた。
“懐かしい未来"と "新しい過去"
過去の曲の新たな解釈、時代の動きとシンクロする活動、楽曲の持つテーマが別の意味を纏って人々に膾炙されていく現象。50周年以降のユーミンの活動は、すべてこの “懐かしい未来" と "新しい過去" というテーマに集約されていく。そして現在、新たなアルバムを制作中とのことで、また新たに "懐かしい未来" を我々に見せてくれるのだろうか。通算40作目にあたるオリジナルアルバムの発表を心待ちにしたい。