「魔改造」の正体とは?巨人・田中将大を復活へ導く久保康生コーチの指導法
春季キャンプで日米通算197勝の田中将大を指導
巨人の春季キャンプで「魔改造」が話題になっている。楽天を自由契約になって巨人入りした田中将大を再生させるべく、久保康生巡回投手コーチ(66)が理論的で丁寧な指導で復活への道筋を作っているのだ。
3日にブルペン入りした田中は手応えを口にしたという。日米通算197勝の実績を持ちながら、昨季は屈辱の未勝利に終わった右腕の復活ロードに明るい光が差し込んでいる。
2023年の4勝から2024年は15勝を挙げてMVPに輝いた菅野智之を復活に導いたことから、久保コーチの指導が「魔改造」と呼ばれるようになったが、決して魔法でも何でもない。久保コーチは「基本的なことなんです」と事もなげに言う。
長い指導者生活の根幹となっている指針は極めてシンプル。大事なことはバランス、方向性、体重移動、リリースポイントの4つだ。2021年にSPAIAの単独取材に応じた際は次のように語っている。
「例えば、草刈りする時に鎌をどう使うか。小さな動作で大きな力を出すためには、下から上に切るより、上から鎌をポンと落とした方がいい。ピッチングも同じで、地球の中心に向かって力をかけていく。外に広げない。その原理を知ることが大切なんです」
ボールの回転軸が、やや横回転になっていた田中のフォームを縦回転に矯正することで見違えるような成果を発揮。久保コーチは「菅野もそうでしたが、さすが200勝近く勝っている投手だけありますね」と呑み込みの早さに舌を巻いた。
近鉄時代に大塚晶文や岩隈久志らを大成させた実績
久保コーチは福岡県出身で、柳川商(現柳川高)3年夏に甲子園出場。3回戦でPL学園に敗れた。1976年ドラフト1位で近鉄に入団すると、1980年にプロ初勝利を含む8勝3セーブを挙げて優勝に貢献。1982年にキャリアハイの12勝をマークした。
1988年シーズン中に中谷忠己との交換トレードで阪神に移籍。1996年に金銭トレードで近鉄に復帰し、1997年に現役を引退した。通算550試合に登板し、71勝62敗30セーブ。引退後は近鉄のコーチとして岩隈久志を育てたことで知られ、阪神、ソフトバンク、韓国・斗山などでもコーチを歴任した。
感覚だけに頼らないロジカルな指導方法は現役時代から意識してきたものだった。2021年のSPAIAの取材には、こう答えている。
「35歳を過ぎると次のステップというか、選手でありながら、コーチや球団経営などいくつかの視点で見ないといけない。コーチの目、経営の目、技術の目が不可欠。経験だけで組織は立ちまわれない。スキルアップしておかないと太刀打ちできないと考えていました」
現役を引退した1997年は39歳だったが、それより前から引退後を見据えて勉強していたのだ。さらに現役ラストイヤーには、後にメジャーでも活躍する大塚晶文がルーキーとして入団し、当時の佐々木恭介監督から指導を頼まれたという。
「大塚を一軍登録するからお前は外れろと言われて二軍に行くのかと思ったら、一軍のブルペンで指導しろと佐々木監督から厳命されたんです。コーチ兼任ではなかったんですが、自分も投げながらブルペンで若手を鍛えました。コーチとして、いい勉強をさせていただきましたね」と振り返る。
大塚は1年目から52試合に登板し、2年目の1998年には3勝2敗35セーブをマークして最優秀救援投手のタイトルを獲得。2006年のワールドベースボールクラシック(WBC)で胴上げ投手となった大塚を育成したことで、久保コーチの指導者としての理論の正しさが証明された。
その後、岩隈久志を近鉄最後のエースに育て上げたことは有名だ。
平均台でのシャドーピッチングが効果的な理由
巨人の宮崎キャンプでは田中将大にボールを2球持って投げさせるなど、独特のトレーニング方法が話題になっている。2021年にSPAIAが取材した際は、阪神で結果を出せずにあえいでいた藤浪晋太郎に、平均台でのシャドーピッチングを勧めていた。もちろん、奇をてらったわけではなく、理論に基づいている。
「なぜ左肩が開くのか。三塁方向を向いて、左肩はホーム、右肩はセカンドに向け、そのまま体重移動してギリギリ最後にホーム側に向き返れば肩は開かない」と力説。それを体に覚え込ませるためには、平均台でのシャドーピッチングが有効なのだと声を大にした。
阪神のコーチ時代は藤浪を指導することがなかったものの、現監督の藤川球児や福原忍、金村曉、安藤優也、久保田智之ら現在は指導者となっている面々を指導。ソフトバンクでも加治屋蓮、髙橋純平、大竹耕太郎らにメスを入れてきた。
ソフトバンクは最新のAI機器による動作解析などをフル活用し、選手が感覚ではなく視覚的に捉えてスキルアップできるように工夫しているが、久保コーチは近鉄のコーチ時代からビデオカメラと14型テレビを購入して選手に映像を見せていたという。「定規で線を引いて体の角度とかを教えてました」と話す通り、当時から独自の理論的な指導を取り入れていたわけだ。
「天才肌」と言われる選手ほど感覚に頼る面が多く、指導者になってから苦労する例も少なくない。実績があればあるほど「なぜ、こんな簡単なことができないんだ」とプライドが邪魔をするケースもある。「名選手は名指導者にあらず」と言われるのはそのためだ。
しかし、久保コーチは理論派であるばかりか、物腰も柔らかい。アドバイスされた選手がすぐに吸収するのは、そのせいもあるだろう。最後に誰もが腹落ちする、久保コーチの例え話を紹介する。
「自由気ままに作ったケーキが仮においしくても、作り方が分からないと再現できない。ピッチングも根っこの部分をきちんと教えておかないと崩れた時に戻せなくなるんです」
「魔改造」とは、確かな理論に基づいた独自の指導法だ。自信を取り戻した田中将大がシーズンで大活躍した時、改めてその指導法が脚光を浴びるだろう。
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記事:SPAIA編集部