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“日本一の生産者”になった佐賀の作り手3人が問う「地域」「食」「仕事」〈前編〉

Qualities

「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」という大会がある。

2016年から全国大会が始まったもので、日本中の農畜産物生産者と加工業者、お店、企業などが業種の垣根を越えてセミナーなどで学び合い、そして地域に眠る「宝物」たる産品を発掘するというプロジェクトだ。毎年、地方大会から勝ち上がった生産者達が全国大会で自慢の逸品を競っているが、近年、佐賀県から最優秀賞となるグランドグランプリ受賞者を3名輩出している。

■2020-2021年受賞梅津聡(養殖牡蠣)

■2022-2023年受賞吉田章記(フルーツトマト・トマトジュース)

■2023-2024年受賞袈裟丸彰蔵(天然うに)

〈▲ 左から梅津氏、袈裟丸氏、吉田氏〉

3人は、互いを認め合う仲だ。唐津の漁業者・袈裟丸氏と同じく唐津のトマト農家・吉田氏は、高校時代の同級生。二人と牡蠣生産者の梅津氏との交流は、約4年前のにっぽんの宝物JAPANグランプリがきっかけだ。

梅津「3人とも、何となく自分の仕事に対する課題感の抱き方や取り組み方に共通点があるように思いますね」

梅津氏が語るように、彼らが生産者として評価されているのは、手掛ける産品の質が極めて高いことはもちろんのこと、地域社会や自然環境との調和を考えた生産を実践しているところにある。

佐賀県が生んだ3人の“日本一の生産者”たち。漁業者、農業者として彼らはなにが優れているのか。そしてそんな彼らが見据える、これからの地域や食への課題と希望とは? 前後編に渡り、彼らの仕事の流儀、そして情熱の源泉に迫る。

「価値のある食べ物づくり」をしたいと、農業に独学で新規参入


PROFILE

吉田 章記

よしだ あきのり。農業生産法人「アグリッシュ」代表。1978年、佐賀県唐津市生まれ。2016年にフルーツトマト農家として新規就農。2年連続で水害に見舞われたのを機に、水害時に畑を浮かせる農法を確立。2022年「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」で最優秀賞のグランドグランプリを受賞。

最高品質のトマトをつくる彼の農家としてのキャリアは、10年に満たない。30代後半で新規就農した吉田章記氏は、どのようにしてトマト農家としてトップランナーとなり得たのだろうか。

高校卒業をしてから就農に至るまで、吉田氏は多くの職を経験している。自動車メーカーでの工場勤務、Web関連の仕事、住宅メーカーの営業、さらに介護事業のコンサルティング業に従事していた時期もあった。

そんなある日、大きな転機が訪れる。

吉田 「祖母が認知症になって。もう、私のことも分からなくなって、顔を見せてもいつも怒るように。本当に優しい祖母だったので、いつも機嫌が悪くて怒りちらす様子を見るのが、とてもショックでした。ただ、それでも自分の好きなものを食べるときだけは、ニコニコの笑顔になる。それを見てハッと気付きました。やっぱり『食』って、人間に最後まで残る喜びなんだなって」

〈▲ 「祖母の認知症が人生の転換点となった」と振り返る吉田氏〉

今まで、まったく意識したこともなかった「食」の仕事。30代後半からの新たなチャレンジ、自分の情熱を燃やせるものはなにかと模索し、最終的に彼は「トマト農家」に行き着くことになる。どうしてトマトだったのだろうか?

吉田「ただ生産するだけではなく、『価値のある食べ物づくり』がしたいと思っていて。モノとしての価値というよりは、例えばお孫さんが大好きな果物や野菜を、おじいちゃん、おばあちゃんがお孫さんのために育て、お孫さんの笑顔が生まれて、みたいな…。人生を豊かにするような付加価値のある作物作りをしたいと考えたんです。だから、味に差が付きやすくて、食べた人に驚きが生まれるような作物で、毎日食べてもらえるもの、という条件に合致するトマトに決めました。トマトなら加工品を単品で作れる、という点も大きかったです」

〈▲ 濃甘フルーツトマト「太陽のたまもの」100%のジュース。「これを飲んだら、他のトマトジュースは飲めない」と梅津氏も大絶賛の逸品〉

新規就農に当たっては、技術はもちろん土地や道具もすべてゼロからの準備。師匠もおらず、技術面も完全に独学だった。高齢化や後継者不足が取りざたされているため、こちらが手を挙げれば新規就農者を温かく迎え入れてくれるような状況だと思っていたが、「そんなに甘くはありませんでした」と吉田氏は笑う。

なにもわからず、手探りで始めたトマトづくり。ただ、不断の努力もあり就農して1–2年で、一般的に美味しいとされる「甘いトマト」をつくれるようになったという。

そんなことがあり得るのかと聞くと、彼はこともなげに言う。

吉田「生物としてのトマトがどういう状況になれば『甘くなろう』とするかを考えると、自ずと方法も分かるものです。ただ、すぐに、トマトのおいしさは甘さだけではないと気付きました。甘さと旨味と酸味のバランスが抜群に取れることで、トマトの味に奥行きが出て、よりおいしくなると。これは、今も研究の日々です」

《▲ 吉田さんが栽培したフルーツトマト「太陽のたまもの」。その甘さとうまさは驚くほどで、「え? 何、これ?」と思わず何度も口にしてしまった》

水害を避けることができる「浮く畑」で、天災にも前向きに立ち向かった

「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」で、吉田氏のトマトが味以外で評価されたもう1つのポイントが、独学で磨き上げた生産方法とそこに至るまでのストーリーにある。

就農して2年目のこと。この年、佐賀県に〈10年に1度の大雨〉に見舞われ、吉田氏が栽培するトマトのハウスが全て水に浸かってしまう。あろうことか、この〈10年に1度の大雨〉は、その後、3年連続で佐賀を襲うこととなる。

吉田「その3年間は、育てていたトマトの約6割が水害でやられてしまって。農業関係者に相談してみたところ『天気のことは仕方が無い』『大雨の時期をずらして植える』『何か塀を建てる』みたいな話ばかりで…。どうにも後ろ向きな対策ばかりに思えて、もっと気候変動に対応してプラスに動けるような方法はないかと考えたんです」

そこで生まれたのが、「ノアの箱舟」から着想を得た「トマト畑を浮かせてしまおう」というアイデア。高い位置で育てる高設栽培も考えたが、トマトは上に伸びる植物のため、作業効率が悪くなるし植えられるスペースも限られてしまう。そこで、水が来たときだけ水面に畑ごと浮いて水害を避けられるギミックを開発した。

〈▲ 実際、システム実装後に水害に襲われた際も、被害を受けることがなかった。この成功により、トマト界のルーキーは注目を集めるようになる。写真提供/吉田氏〉

吉田 「これらの経験から気付いたのは、これからの農業は作れるだけでもダメだし、おいしいだけでもダメだ、ということです。今、日本は気候変動の最中にあります。災害が来て作ったものがパーになってしまって、もしかしたら支援金や補助金などで当面の生活は保障されるかもしれませんが、私たち生産者は食を供給する義務を果たせないことになってしまう。『天災は仕方がない』ではなくて、何らかの立ち向かう術と気力を持つべきだと、そう感じました」

昔は驚くほど獲れた海。目に見えて藻が枯れ、生き物が消えた

PROFILE

袈裟丸 彰蔵

けさまる しょうぞう。「袈裟丸マリン」代表。1978年、佐賀県唐津市生まれ。高校卒業後、素潜り漁を始める。年々、海藻が枯れて磯が白くなる「磯焼け」の進行に直面。危機感を感じ、玄界灘に突き出した串地区の広大な磯で、藻場再生にたった1人で取り組む。2023年「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」で最優秀賞のグランドグランプリを受賞。

世界は今、急速な気候変動の中にある。生産者たちはその異変を我々一般生活者より敏感に感じ取り、また直接的な被害も受けている。このまま環境が悪化し続ければ、自分たちの生業は成立しない。そうした危機感を抱く生産者も少なくはない。

佐賀県唐津市。玄界灘に突き出した串地区で藻場再生に取組む漁業者・袈裟丸彰蔵氏も、その一人だ。

袈裟丸「私は代々続く漁師の家系で、海士として海に潜ってウニやアワビ、サザエなどを獲る素潜り漁を営んできました。家業に入ったのは、もう30年ほど前のこと。その頃、この周辺の海はとても豊かで、ウニもアワビもサザエもめちゃくちゃ獲れたんですよ。ところが、それから5年経つ頃から、ある変化に気づくようになったんです」

袈裟丸「海藻がふんだんに生えているはずの磯の岩場で、海藻が枯れて姿を消し始めていたんですね。その状態がひどくなると、磯が白く見えてきます。“磯焼け”という状態です。それでもまだ当時は獲れてはいたんですが、これは近い将来、大変なことになるかもしれないと…直感的に思いました」

残念ながら、その直感は的中してしまう。潜れば潜るほどに獲れたという海産物は姿を消した。彼の眼の前には、ただ白い磯焼けの海底が広がっていた。

袈裟丸 「原因については諸説ありますが、個人的には地球温暖化の影響が多いと感じています。事実、このあたりの海水温は上がっており、そのことで、ガンガゼウニという毒のあるウニの一種が増えており、奴らが海藻を食べ尽くしてしまうんです。ガンガゼウニ、は本来はもっと南に生息しているのですが、温暖化により北上してきて、私たちが漁を行う唐津の漁場にも影響を与え始めたんです」

ガンガゼウニは繁殖力もあり、みるみるうちに藻場が失われていき、磯焼けは範囲を拡大させていった。完全にアンコントローラブルだった。どうしたらこの状況を止められるのか。あの豊かな海を取り戻すために――地域に生きる漁師として、彼はたった一人、磯焼けの海へと潜った。

袈裟丸 「無謀だとは分かりつつ、藻場再生への取り組みを始めました。2000年頃のことです。といっても、体力と勘を頼りに、海に潜って、ガンガゼウニを見つけては1匹1匹潰していき、そして海藻の種苗を植えていく…ただその繰り返しです。どんだけ潰しても、全然減らないんですよ、これが。地元の漁師ですか? あいつは何をやってるんだ、って目で見られていました。ずっと、一人で続けるしかなかった」

以前より漁獲量は落ち込み、稼がなければならない状況ではあった。しかし、漁に出るよりも、やらなければいけないことがある。それは金に一切ならない、なおかつ終わりの見えない作業ではあったが、誰かがやらなければ、地域の海は本当に取り返しがつかないことになる。

袈裟丸「当時は、使命感だけで動いている感じでした。自分と同じような考えを持って一緒に取り組んでくれる仲間がいないのは辛かったですよ。本当に、とても地道な作業ですから」

《▲ 今は海藻が黒々と生えているこの海岸も、一時期は真っ白になっていたという》

来る日も来る日も、海の底で、孤独で、地道な作業を続けた。何度も折れそうになる心を食い止めたのは、家族や自分を育ててくれた地域の海を見捨てられないという気持ちと、ゆっくりとではあるが着実に再生する藻場の姿を目にしたことだった。

袈裟丸「取り組みを始めてから、僅かずつではありますが、浜の藻場が再生していくのが、目に見えてわかるようになっていきました。白くなっていた磯も徐々に海藻が豊かに生えた黒々とした景色を取り戻しはじめ、天然ウニなどの生物も姿を見せ始めました。それが励みになって、20年以上、続けられています。海づくりが食づくり、ですから」

袈裟丸氏の行動が称えられるべきは、その公共性にある。

土地を所有、もしくは借りるなどして“オレの田畑”で行う農業とは違い、海の場合は共同漁業権を持つ他の漁師も漁が可能だ。つまり、彼が一人で再生させた藻場、そして豊かさを取り戻した海は、確かに「袈裟丸天然うに」という最高品質のうにを育て、収穫することを実現したが、同時に(なにもしなかった)地域の漁師にも大きな恩恵をもたらしている。

彼はそのことについて、声高に不満を述べるわけではないが、梅津氏は「客観的に見て、漁場の環境を維持管理した人間と、なにもしてこなかった人間が、同じように漁ができるのはいかがなものかと思う」と苦言を呈する。たしかにルール上は問題ないとはいえ、フェアではないように思う。

袈裟丸「そのあたりが曖昧になってしまうのは、昔ながらの漁業の仕組みのデメリットかもしれません。また、漁師は狭い世界で、それぞれが繋がりを持って仕事をしていて、それはいい面もあるのですが、地域特有の慣習やしがらみが障壁となることもあるんです。たとえば個人としてはおかしいと思っても、組織に属するものとして従わざるを得なかったり。また、本来取るべきアクションを移せないという人もいる」

《▲ 作業場の水槽で、さまざまな種類の海藻の種苗を育てては、海に植える活動も行っている袈裟丸氏》

袈裟丸 「だからできる人から、できることをやっていくことが重要だと思っていて。私の役割は、藻場再生の取り組みをして、そして実際に磯焼けが解消しているという姿を見せていくこと。今は少しずつ、関わってくれる人も増えてきているので、地域全体がもっと変わっていくことを期待しています」

なお、袈裟丸氏は藻場再生についての情報をYouTube番組「袈裟丸チャンネル」で積極的に発信をしている。ファンや関係する人々を増やしていくことで、地域だけでは解決できない課題も、乗り越えようという考えだ。

避けられない環境の「南方系化」。対抗するのではなく、順応する工夫が大事

PROFILE

梅津 聡

うめつ さとし。「株式会社 海男」代表。1973年、佐賀県太良町生まれ。膨大な研究をもとに地元・有明海産の種による新しい養殖法を確立し、「海男オイスター」としてブランド化。2020年「にっぽんの宝物JAPANグランプリ」で最優秀賞のグランドグランプリを受賞。

佐賀県太良町の牡蠣漁師・梅津聡氏はもともと、港湾をメイン領域とする建設会社を経営していた。その建設業時代、港湾調査で海に潜ったことで、陸上からは想像できないほどのスピードで海の環境が悪化していることに気付き、梅津氏は「日本の海を取り戻す」ために、漁業を志すことになる。今から15年前の話だ。

梅津「漁師の高齢化などの影響もありますが、例えばナルトビエイによる食害や、港湾開発による環境悪化など、複合的な要因で貝が育たない海になっていました。しかも仕事柄、日本全国の港湾に潜っていたんですが、どこも同じような状況で、また各地の漁師さんはなす術もなく、途方に暮れるだけ。そんな漁師さんたちを助けたいという思いで、水質浄化能力が高いとされる牡蠣の養殖を独学で学び始めたんです。まぁ、完全に見切り発車でしたが(笑)」

梅津氏の地元・太良町には多くの漁師はいたが、彼らに教えを請うのではなく、YouTubeで海外トッププレイヤーがアップしている牡蠣養殖動画で学ぶという学習法で、ひたすら技術を磨き続けた。そして完全に素人であるにもかかわらず、その高い熱量と行動力で、たった数年で一流シェフや業界関係者らが驚くような、高品質の牡蠣を養殖できるようになる。

関連記事:“海男” 梅津聡が挑む新しい牡蠣養殖と、見据える海・漁業・地域の未来

以来、梅津氏は一貫して、品質向上をさせながら、海の環境を改善することも目標としている。海水を濾過し、プランクトンや有機懸濁物を餌とする牡蠣の水質浄化能力を信じて。

しかし、どれだけやっても状況はよくならないと梅津氏は漏らす。

梅津「私が今、危惧しているのは、漁業・農業を取り巻く環境が“南方系化”しているということ。牡蠣の場合もそうでしたし、吉田さんが何年も被害を受けた大雨も、袈裟丸さんが直面した磯焼けも、すべて環境が南方系に変わってきたことによって、もたらされていると思っています」

海水温の上昇に伴い、今や魚は“大移動”をしている。基本的に日本の海域周辺では多くの魚種で漁獲高は減少しているが、北海道ではブリが大量に揚がるようになったり、東北でもサバやタチウオの漁獲量が急増している。また農業でも、農産物の“北上傾向”は顕著で、米の品種改良においても暑さに強い品種が求められるようになってきている。

梅津「根本的な話をすれば、地球温暖化を止める必要があるのが一番ではありますが、いち農業・漁業者レベルでどうこうできるものではありません。とはいえ、なるがままになるのも違う。だったら生産者はこの“南方系化”にもうまく対応しながら、この環境の中で何ができるのかを考えなければならない。むしろ環境に適応できたものだけが生き残っていくのではないでしょうか。

吉田さんの“浮くトマト畑”も、袈裟丸さんが地道に取り組み続ける“藻場再生”も、まさに生き残りのための戦略とも言える。そういう意味では、私が独自開発した牡蠣養殖システム“Ninja Oyster Basket”も、これからの海の環境にマッチしているものだと思います」

〈▲ 梅津氏が独自開発した“Ninja Oyster Basket”。 梅津氏曰く「世界中の海に対応できる牡蠣養殖システム」〉

梅津「海で二枚貝が増えることによって、貝が排出した糞が有機物としてバクテリアに分解され、海の栄養となり、豊かな海になります。牡蠣養殖を広めることで、海の環境改善にも繋げることができると私は信じています。この危機感を共有し、一緒に対応を考えて、動いてくれるような仲間が増えて欲しいというのが、一番にあります。

あとは足を引っ張り合わないことも大切です。漁業は本当に閉鎖的な業界で、海は共有物であるという“美しい建前”があるので、新しいチャレンジをしようとしても、『みんなの海で勝手なことをするな』と取り組み自体を潰そうとしてくることだってよくあります。私は気が強いでの、そこに立ち向かえるけど、みんながみんなそうじゃない。

自分たちが変われないのは仕方ない。でも、変わろうとするもの、変わりたいと思っているものの邪魔はしないでもらいたいと思っています。未来のある世代、子どもたちのためにも、今、やらないといけないことをしないと手遅れになってしまう」

佐賀の地から誕生した3人の“日本一の生産者”たち。それぞれが直面する課題や挑戦は異なるものの、彼らに共通しているのは、「環境と調和しながら、未来を切り拓く」という揺るぎない信念があることだ。

急速な環境の変化にただ絶望するでも、また見ないフリをするではなく、しっかりと向き合い、独自のアイデアと行動力で道を切り開いてきた姿には、私たち自身の暮らしや地域の未来を見つめ直すヒントも詰まっているのではないか。

後編では座談会形式で、彼らが佐賀という地域で築いてきたつながりの力や、これからの「食」「地域」「仕事」にかける思いに迫る。それぞれの挑戦がどのように未来へつながっていくのか――。

〈後編へつづく〉

撮影:中川千代美

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