スペシャリテ解体新書 25年4月号
トップシェフの手元や仕込み風景など、普段なかなか見ることができない動画をお届けするYouTubeチャンネル「料理王国」。人気企画の一つが、一流シェフが手がけるスペシャリテをテーマに、作家・料理家として活躍する樋口直哉さんがそのおいしさの秘密をロジカルに解説する「スペシャリテ解体新書」。今回はフランス料理店「ラフィナージュ」の高良康之さんを迎え、火入れの秘密に迫ります。
90℃のオーブンで均一に、フライパンとグリラーで躍動を
フレンチのベテランシェフを前に緊張の面持ちの樋口直哉さんに対し、「ただオーブンに入っているか、棚の上に置いてあるか、そんな動きのない映像になってしまうけれど放送事故にならないかな?」と冗談で場をなごませる銀座「ラフィナージュ」の高良康之さん。今回の料理は、高良さんが15年ほど前から使い続けているお気に入りの肉、岩手・田村牧場の短角牛のロティだ。
「僕好みの熟成状態で届くのですが、同じ短角牛でもそれぞれ個性がある。見て、触って、考えます。今日の肉は若さとツヤっぽさが感じ取れるので、その魅力を引き出す焼き加減にして、ソースもこの肉に合ったシンプルなものにしようと思います」
「岩手県久慈産短角牛サーロインのロースト ポワヴラードソース」
つけ合わせは春らしくソラマメ、グリーンピース、葉タマネギ。食感のアクセントにヘーゼルナッツを加えている。
部位はサーロインで400gの塊を使用。「芯まで塩を届けたいので最初にふります。片手を立てて添え陰を作り、100gずつふるイメージで満遍なく、両面に」
まずはフライパンで各面を軽く焼く。焼き固めて膜を作るリソレではなく、オーブンに入れるためのウォーミングアップだという。 オーブンの温度は90℃。10分焼いて10分やすませるを2回行い、最後は20分焼く。
“ロティ”の調理プロセス
1.フライパンで軽く温める
2.90℃のオーブンに出し入れ
3.フライパンでバターの香りをまとわせる
4.グリラーで熱くして皿に盛る
「肉は常温に戻さず、オーブン温度もかなり低めですね」と樋口さん。
「冷たいままのほうが火入れをコントロールしやすいので。オーブン温度は110℃の時もありましたが、試行錯誤の結果、今は90℃がいいと思っています。前半はじんわり優しく加熱、仕上げは少し乱暴に長く焼いて肉の中でジュを回すイメージです」
コショウは焦げ臭になるので塩のみふり、フライパンで軽く焼く。
肉は常に網バットにのせ、接地面を最小限にする。
約40℃の場所に置く。アルミホイルを前半は使わず、最後のやすませ時に軽くのせる。余熱蒸らしではなく乾燥防止が目的のため。
オーブンから出し、樋口さん持参の温度計で計ると肉の表面は47℃弱、芯温は30℃強。やすませてから半分に切ると中は48℃近くになっている。しかしまだ完成ではない。フライパンでムース状のバターを絡めて香りをまとわせ、さらに赤外線グリラーで熱を与える。仕上げの高温で生き生きとした表情を引き出すのが高良さんの目指す着地点だ。
90℃のオーブンに3回入れて休ませ、均一に火が入った美しい赤身肉。
ムース状のバターの中へ。アロゼではなく転がしてまとわせる。
ソースは赤ワインに黒コショウの風味を移し、クリアなフォン・ド・ヴォーでのばしたもの。軽いのではなく適正な重さだと語る。
「肉の香りと味が口の中に広がり、ソースの酸味とのバランスが絶妙。ソースはバターやデンプンで仕上げていないので、赤ワインと黒コショウが生きています。フランス料理って素晴らしいとしみじみ感じますね」と絶賛し平らげる樋口さん。「上質な食材ありき。しかし食材第一主義ではなく一皿の調和を大切にしています」と高良さん。
ワインはカベルネ・ソーヴィニヨン。潰した黒コショウをたっぷり入れて煮る。
これをフォン・ド・ヴォーでのばし、ソースに。
派手なアクションはなくとも、肉の状態を繊細に見極めながら工程を重ねていく様子と語られる理論は飽きる暇なし。ぜひ動画をご覧いただきたい。
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text: Yumiko Watanabe photo: Hiroyuki Takeda video: Shuichiro Katagiri, Aya Kurihara