【ベルナール・ビュフェ美術館の「ビュフェの旅-新しい風景の発見」展】 1950年代の二つの潮流の見比べを。どんよりしたパリの建造物、高揚感に満ちたアメリカの摩天楼
静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は長泉町のベルナール・ビュフェ美術館で4月5日に開幕した「ビュフェの旅-新しい風景の発見」展 を題材に。
ベルナール・ビュフェのアトリエの変遷、国外への旅行にともなって制作された風景画を中心に、「旅」をキーワードに据えて画業をたどるユニークなコレクション展。見どころがいくつもあって楽しい。
まず、なんといっても1950年代の二つの潮流が見逃せない。中展示室の「水辺のホテル」(1955年)、「セマホア信号所」(同)、「サン=テチェンヌ=デュ=モン」(1956年)といった作品は、背景に黒を混ぜ込んだどんよりとした雰囲気。出入り口は閉ざされ、そこに建造物だけが屹立する。初期ビュフェの陰鬱とした作風そのままである。
しかし、新館の展示の説明によると1950年代は米国との接近の時期でもあって、1950年にニューヨーク、1955年にロサンゼルスの画廊で作品を発表している。1957年のダラス訪問の帰路、ニューヨークに立ち寄ってスケッチもしている。ニューヨークの摩天楼を描いた諸作は、地元を描いた灰色の作品とは好対照。色彩が明るめで、窓や階層が太い線で描かれている。彼の高揚感が伝わってくる。頭の中にはドヴォルザークの「新世界」が鳴り響いていたのではないか。
1987年の個展に出品したというイタリア・ベネチアの水彩画シリーズも新鮮だ。ビュフェ美術館は全39点のうち16点を所蔵していて、そのうち14点を展示しているという。個人的にはこれだけまとまった形で見るのは初めて。一貫して抜けのいい青空。オレンジ色、茶色の鮮やかな建物の壁がよく映える。空と建物の色彩の調和がいい。規則的に配置された窓をシルエットのように塗りつぶしていて、「ここに関心があるのだな」と感じ取れる。
出口近くの小コーナーに、フランスのガラス作家エミール・ガレの花瓶を描き込んだ静物画が集められていて「あっ」と思った。4月13日まで東京・サントリー美術館で開かれていた「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」展が開かれていたが、見逃してしまったのだ。ビュフェがガレを好んだことを恥ずかしながら初めて知った。ビュフェが灰色に塗り込めたガレのガラス器の色彩を東京まで確かめに行った人もいたことだろう。
美術館別館では企画展「いま私とともにあるもの―美術の中の‘ひと’ とその‘周り’」も開催している。同館のコレクションから人の姿を表現した立体、平面を展示。風景画中心の「ビュフェの旅」展と見事な対をなしている。出品作家は藤田嗣治、イケムラレイコ、ベルナール・ビュフェ、ジュリアーノ・ヴァンジなど16人。多くが無人のビュフェの風景画を見終えた後だからだろうか。部屋に入ると、ざわめきが吹き出しているように感じられる。
(は)
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■ベルナール・ビュフェ美術館「ビュフェの旅-新しい風景の発見」
住所:長泉町東野クレマチスの丘515-57
開館:午前10時~午後5時
休館日:毎週水、木曜 (祝日は開館し、金曜休館)
観覧料(当日):一般1500円、高校・大学生750円、中学生以下無料
会期:7月22日(火)まで