世界的スターが巡る匠の地・京丹後──LVMH メティエ ダールがつなぐ伝統と創造の旅【後編】
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日本のクラフツマンシップの最高峰を求め、世界的トップアスリートでありラグビー選手のアントワーヌ・デュポン氏が京丹後を訪問。分野は違えど同じく高みを目指す日本の職人たちの魂に触れるとき、一体どのような化学反応が起きるのか。
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絹織物の伝統産地で、海のきらめきを織りなす「民谷螺鈿」の「螺鈿織」
「日本玄承社」の工房でデュポン氏は、隣接する「民谷螺鈿(たみやらでん)」の職人とも交流し、螺鈿織の最新作を目にした。300年の歴史を誇る「丹後ちりめん」の産地に根差す織元でありながら、世界でも類を見ない革新的な織物を生み出している工房だ。
「民谷螺鈿」は伝統的な織物の技術を土台としながら、「螺鈿を織る」という前代未聞の発想にたどり着いた。螺鈿とは、アワビや夜光貝といった真珠層を持つ貝殻の内側を、様々な形に切り出して漆器や木地にはめ込む、古来より伝わる装飾技法だ。1977年頃、「民谷螺鈿」の創業者である民谷勝一郎氏が約2年間研究し、「引箔(ひきはく)技法」を応用することで、螺鈿織を生み出すことに成功した。
まず硬い貝殻を、0.1-0.2ミリの薄さに削り出し、図柄に沿って切り出した上、和紙に張り付けていく。柄完成後、それをさらに0.6mm程度の平糸状に裁断し、貝殻が剥離しないよう、また、柄がきれいに揃うように細心の注意を払いながら絹糸と共に一本一本織り進めていくという極めて繊細で慎重な作業が行われる。
工房に展示された着物は、まるで光そのものを纏っているかのようであった。見る角度によって、オーロラのようにその色合いを変化させ、繊細でありながら力強い輝きを放つ。デュポン氏は、螺鈿織の着物を目の前に、驚きの表情を浮かべた。
「貝殻からこれほど美しいテキスタイルが生まれるとは、思ってもいませんでした。特に心を奪われたのは、繊細で洗練された色使い。長い間受け継がれてきた技術が、今もなお生き続けているという点にも深い感動を覚えました」
代表の民谷氏によれば、その製造工程は困難を極めるという。
「螺鈿糸は非常にデリケートで、織る際に経糸に引っかけて破損させてしまうことがある。その日の湿度や温度に合わせて、材料への影響や、経糸と緯糸の張力バランスなど、全てを完璧に調整しなければ、この生地は生まれない」。それは、伝統的な西陣織の技術を土台としながらも、長年の試行錯誤の末にたどり着いた、まさに職人魂の結晶であった。
日本酒にテロワールの考えを取り入れた「竹野酒造」
続いて一行が訪れたのは、「弥栄鶴(やさかつる)」の銘柄で知られる「竹野酒造」。江戸末期から明治初期創業の「行待酒造場」を前身とし、第二次世界大戦後の1947年に「竹野酒造」として再建された歴史を持つ。伝統的な製法を守りながらも、行待佳樹氏をはじめとする行待兄弟が、ワインの醸造学を取り入れた独創的な酒造りと、新たな提案を行い、世界的に高い評価を得ている。
彼らの哲学の中心にあるのは「テロワール」という考え方だ。それは、単に「土地」を意味するフランス語ではない。その土地の気候、土壌、水、そしてそこで働く人々の文化や情熱、その全てが一体となって生み出される、唯一無二の個性を指す。行待氏は、ワインの世界では当たり前のこの概念を日本酒に持ち込み、地元・丹後産の米や水に徹底的にこだわっている。
「私たちの酒は、この土地のお米と水、空気、そして蔵に棲みつく菌たちで造られています。私の仕事は、彼らの声を聞き、そのポテンシャルを最大限に引き出してあげることだけです」と行待氏は語る。彼は、ワイン醸造で用いられる木樽での発酵を日本酒に取り入れたり、飲む人自身で*アッサンブラージュする日本酒を提案するなど、革新的な試みも続けている。伝統的な「生酛(きもと)造り」と現代的なアプローチの融合が、複雑で奥深い味わいを生み出すのだ。
この言葉は、デュポン氏の心に深く響いた。
「フランスにも、テロワール(風土)に根ざした美食文化があるので、強く共鳴します。伝統的な生態系を守りつつ、発展させていこうとする姿勢には、私の家族や兄弟が関わっているビゴール豚の取り組みとも通じるものがありました。そういった方々が今の世の中にいることが救いであるし、未来に向けての大きなメッセージだと感じました」
*アッサンブラージュ=複数の異なる原酒(日本酒)を組み合わせること
土地に根差し、自然に敬意を払い、時間をかけて最高の品質を追求する。その姿勢は、遠く離れたフランスと日本の職人の間に存在する、確かな共通点であった。
デュポン氏は、窓の外に田園風景が広がるテイスティングルーム「bar362+3」で、蔵で醸された日本酒をゆっくりと味わった。その一滴には、京丹後の豊かな自然の恵みと、行待氏の情熱、そして何世代にもわたって受け継がれてきた酒造りの歴史が溶け込んでいるかのようであった。
職人とアスリート、頂点を極める者たちの共鳴
旅の終わりに、デュポン氏は京丹後での体験を、興奮と深い感銘を込めて振り返った。
「自分の専門とはまったく異なる分野の職人たちと出会えたことは、とても刺激的でした。そして印象的だったのが、アスリートと多くの共通点があったことです。それは、完璧を追い求め、こだわり抜き、頂点を目指す姿勢。日本の職人たちは、常に自分の記録を更新し、昨日よりも優れたものを生み出そうとしている。そのこだわり抜く精神は、試合の最後のワンプレーまで勝利を諦めない、私たちアスリートの姿と重なります。クラフツマンシップとスポーツは、パフォーマンスや卓越性の追求という価値観を共有していると思いました」
特に日本の職人には、独自の「美意識」を感じたという。
「日本の職人の方々は、『完全なる美』とでも言うべき、非常に高い理想を追求しているように感じました。それは、単に技術的に優れているということだけではありません。その作品が持つ佇まい、背景にある物語、精神性まで含めた、総合的な美しさです。その姿勢は、私がスポーツを通して表現しようとしていることと、非常に近いものがあると思いました」
この旅は、デュポン氏にとって、日本のクラフツマンシップの奥深さを知るだけでなく、自らのプロフェッショナルとしての在り方を見つめ直す機会ともなったようだ。
伝統と文化遺産が、未来を照らす光となる
デュポン氏が巡った京丹後の職人技。それは、何百年という時を超えて受け継がれてきた、日本の貴重な文化遺産である。しかし同時に、後継者不足や需要の減少といった厳しい現実に直面していることも事実だ。
LVMH メティエ ダールが目指すのは、こうした伝統の灯を絶やさず、さらに輝かせること。日本の工房が持つ類まれな技術と、世界のトップメゾンが持つ創造性とが出会うとき、そこに新しいラグジュアリーの形が生まれるはずだ。それは、単に「メイド・イン・ジャパン」の素材を使うということではない。その背景にある職人の情熱や物語、そしてテロワールといった無形の価値までをも纏った、真に豊かなプロダクトを世界に届けることだ。
デュポン氏という世界的アスリートの旅は、京丹後に眠る宝の価値を、改めて私たちに教えてくれた。鋼を打ち、糸を紡ぎ、米を醸す。その一つひとつの営みの中に、未来を照らす光が宿っている。LVMH メティエ ダールという架け橋によって、日本のクラフツマンシップが世界へと羽ばたいていく。その壮大な物語は、今、始まったばかりだ。
世界的スターが巡る匠の地・京丹後──LVMH メティエ ダールがつなぐ伝統と創造の旅【前編】