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ミッションは変化と継承。全三章を通して、アニメ制作の“答え”を提示したいーー『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』中村健治総監督×鈴木清崇監督インタビュー

アニメイトタイムズ

写真:アニメイトタイムズ編集部

3月14日(金)より『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』が全国公開!

天子の寵愛を受けるフキと、御年寄として規律と均衡を重んじるボタンが対立する大奥で、今度は人が燃えて消し炭になる事件が発生。薬売りは大奥に渦巻く闇と陰謀を突き止め、モノノ怪を鎮めることができるのか!?

今回は、中村健治総監督と鈴木清崇監督の対談をお届け! 第二章のテーマや全三章を通したアニメーションの作り方についても語っていただきました。

 

 

【写真】『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』中村健治×鈴木清崇インタビュー

「第一章」の反響から感じたファンの愛憎

──『劇場版モノノ怪 唐傘』公開日に上映館の一つ、新宿バルト9では長い行列ができていて驚きました。シリーズの復活を待っていたファンも多かったと思いますが、お二人は反応や反響をどのように感じられましたか?

鈴木清崇監督(以下、鈴木):僕は「第一章」ではコンテと演出補佐で少しお手伝いしただけなのですが、「監督応援」という形でクレジットしていただけて大変光栄です。

個人的にもTVシリーズから17年ぶりにバージョンアップして、しかも劇場版になった時に「いったいどうなるのかな?」と思いましたが、実際にフィルムを観てみたらとてつもない情報量と映像美で、「これはもうアトラクションだな」と感じました。そして「中村さんが17年ぶりに作るとこうなるのか」と思わせるほどの強い意志に感動しました。

 

 
中村健治総監督(以下、中村):『モノノ怪』ファンの方々は愛情と愛憎がすごいんですよ。決してネガティブな意味ではなく、「この作品に対して、これだけこだわってくれるんだ」という嬉しい驚きでした。こだわってくれるからこそ、許せないこともあるでしょうし、その中でも受け入れて喜んでくれる人もいて。

たぶん劇場に足を運んでくれた方は、評価は一旦置いておいて、「確認してやろう」という気持ちの方が沢山いたと思うんです。公開初日はとんでもなく暑くて、外出したら熱中症になるんじゃないかと思うほどの熱波が襲っている中、映画館に行くだけでもヘトヘトになってしまうはずなのに、足を運んでくださったのは本当にありがたいなと。

17年前と違うのはSNSが成熟していることです。色々なところで感想や叱咤激励などをいただけたことがすごく嬉しくて。もちろん僕たちも褒められれば喜びますし、「いかがなものか」という意見をいただくと反省します。貴重な時間を使って、心の中に『モノノ怪』を気にする瞬間を作っていただけたことがとても嬉しいです。ですから感想や意見をしていただいた方は、賛否に関わらず大好きです。むしろ「どちらでもいいから、毎日つぶやいてくれないかな」と願っていたくらいでした(笑)。

 

 

──第二章からは制作体制が変わり、中村さんが総監督、鈴木さんが監督を担当されていますね。これにはどのような意図があったのでしょうか?

中村:会社に言われたからです(笑)。『モノノ怪』は1本作り終わったら次を作るという形ではなくて、「第一章」と「第二章」の制作スケジュールが重なっていました。「第二章」を待ってくれている皆さんからすれば、あまり間隔を開けずに観たいはず。ただ、それを実現するためには、新しい人材とチームでやっていくしかないと。

個人的には1本1本独立したチームとして考えているわけではなく、三章のチームまで含めてひとつの大きなファミリー。「第三章」までは同じ場所で作っていますから、どこかの部屋に何かあれば、全員に関係がある訳です。「第三章」までの情報や状況はプロジェクトに関わる全員が共有できるようになっています。

3本の映画を作りきれるように人材もシステムの規模が大きくなっていくと、僕が全てを見ていくのはどうしても難しいというか……会社の人が「絶対に無理ですよね」と(笑)。だからと言って誰でもいい訳ではないので、鈴木くんに白羽の矢が立ちました。決して妥協ではなく、合理的な判断です。

──鈴木さんは監督のお話をいただいた時にどう思われましたか?

鈴木:中村さんは僕のアニメ人生の大恩人ですし、『モノノ怪』のファンでもあるので、素直に嬉しかったです。

中村:『モノノ怪』をやるのは初めてだっけ?

鈴木:TVシリーズでは撮影を担当していました。『怪~ayakashi~』の「化猫」から関わっているので、思い入れのある作品です。当時コンテ撮を見て、まだ声も入っていないのに、「これは何だ!? すごく面白い!」と思った記憶があります。

 

 

──それぞれの役割分担についてもお伺いさせてください。

鈴木:僕は脚本の決定稿自体は上がった段階で入りました。コンテを作るにあたっては、脚本の選定作業というか。「尺に収まらないからカットしよう」などの作業を中村さんと一緒に確認しながらコンテを描いていきました。

コンテ自体は一稿目のラフ稿を僕と小嶋慶祐くんの二人で描いていて、それを中村さんにチェックしてもらって、描き直してを何度か繰り返して。ブラッシュアップしながら稿を重ねていく作り方ですね。それによって、内容をどんどん煮詰めていったんです。

その中でもセリフや内容の変更が出るので、「セリフの内容を見直したので、チェックしてもらえませんか?」というお話を脚本の新(あたらし)さんに都度お願いさせていただきました。コンテを詰めていく期間は結構長かった印象です。

「第一章」では(ツインエンジン内の)「EOTA(イオタ)」、「第二章」では「くるせる」と「EOTA」の合同制作の形式をとっていて、僕は「くるせる」に所属しています。「くるせる」はフルデジタルの会社で、割とシステマチックに作らせていただいていて。長い間、スタッフとして関わっていくために、アニメーターでもアニメーションの作画だけをしている訳ではないんです。例えば、コンテの清書をしてもらったり、ライカリールという最初のタイミング付けをやってもらったり。チームとしての制作を強く押し進めたことが「第一章」との作り方の違いであり、従来のアニメ制作のやり方とも若干異なっている部分です。

 

“合成の誤謬”を通して描く、フキとボタンの「変化」の物語

──「第一章」ではテーマについて、中村さんは「『合成の誤謬(ごびゅう)』という、ひとりひとり正しいとされることをしていても、個人の正解と集団における正解は必ずしも同じではないという考えを作品に落とし込んでいく」とお話されていました。それを踏まえたうえで、「第二章」のテーマについてお聞かせいただけますか?

中村:「合成の誤謬」については、「第三章」まで一貫して描き切ろうと思っているテーマなんです。「第一章」では大奥の新人たち、「第二章」では中堅の人たちにフォーカスを当てています。「第一章」には歌山さんという最高職位の「御年寄」が登場して、「いずれ高いところから見えるようになると景色が変わるんだ」と言っていますが、それと同じで劇場版を見てくださる皆さんの景色もどんどん変わっていくという構造になる……予定です(笑)。このテーマは1本では描き切れないと思っていて、様々な状況を複数の角度から映すことで浮かび上がらせる、みたいなイメージです。

その上で、単体でも楽しめるという点にもこだわっています。むしろ「第一章」をご覧になった方から「前作とはだいぶ変わったね」と言われたいんです。「変えること」「ベースラインを継承すること」という2つのミッションがありました。

鈴木:「合成の誤謬」を引き継ぎつつ、「第二章」ではフキとボタンの物語が中心になっています。苦難を乗り越えて、次のステージに上がる「変化」がテーマになっているのかなと。

 

 

──「第二章」を観ていると、会社での上司と部下、学校での先生と生徒などの関係性が頭に浮かんできました。部下や生徒だった時のやり場のない気持ちを思い出すというか。

中村:「合成の誤謬」とは、まさにそういう状態のことなんです。組織(の代弁者である人)と個人の気持ち。環境や社会において、それらの立場はコロコロ変わってくると思っています。ある場面で個人として発言していても、違う場面では個人として喋れなくなる。この世界には沢山の正解があって、特定の誰かが絶対的に正しいことはあり得ないというのは、『劇場版モノノ怪』を作る上で重要視していることです。

愛の形や誰かを大事にする方法はそれぞれ違いますし、大事にされる側も「こんな風に大事にされたい」と思いますよね。感情と理屈の間には凄まじい溝があって、理屈として正しいことも、感情的に正しいことも組み合わせは無限にある。何をしても不満は出るのに、何もしない訳にもいかない。それが僕らの生きている世界だと思うんです。

 

 

全員がフラットに「共創」するアフレコ現場

──アフレコ現場にはお二人で立ち会われたと伺っています。

中村:キャストさんには担当いただくキャラクターの過去と未来……未来は予定になりますが、それらを理解していただいた上で、たまたまこの瞬間を切り取ったという感じで芝居していただきたいなという想いがありまして。しっかりと「この人とこの人は仲良くて、あの人のことは嫌い」みたいな説明はしています。

台本に芝居の説明を沢山書くようにしていますが、それでもやっぱり足りないんです。原作ものと違い、オリジナル作品はヒントが何もないので、ストーリーバイブルを章ごとに作っていて。そこにできるだけ物語全体の流れ、その中で演じもらう役はどんな役割を持っているのかなどを書きつつ、現場でも説明しています。

また、色々なディスカッションをする中で、セリフの修正も現場で入ります。ひとつのシークエンスが終わると、音響監督の長崎(行男)さんが「みんな、どう?」みたいな感じで尋ねてくるんです。それに対して演出や監督などその場にいる人は「何を言ってもいい」ということになっていて、役者さんからも意見をいただいたり、割とフラットな関係性で「共創」しながらアフレコできたと思うけど……どう?

 

 
鈴木:おっしゃる通りです。台本や画面の裏にあるものを皆で掘り出していくというか。「キャラクターに命を吹き込む」という表現をよく聞きますが、文字通り「あっ!? このキャラクター生きてる!」と感じる瞬間がありました。

フキとボタンに関しては、どちらかのお芝居が勝ってしまうと作品自体のバランスが崩れてしまうと思っていて。演出も細かい骨組みで芯を作るような感覚というか。微妙なバランスが崩れないよう注意しながらアフレコを聴いていました。

と言っても、フキ役の日笠陽子さんもボタン役の戸松遥さんもストーリーバイブルをしっかり読み込んでいて、中村さんの説明をしっかり理解されていたので、ほぼお任せでした。

 

 

──フキとボタンは物語の前半と後半で役割が大きく変わった気がします。それぞれのキャラクターはどのように描かれたのでしょうか?

鈴木:フキは町人の出身で、「お父さん(良路)も弟(三郎丸)も頼りないから私が頑張らないと時田家はやっていけないわ」と思いながら、時田家をひとりで背負っています。序盤は必死に生きている女性として描かれますが、物語が進む中で権力争いが表に浮上してくる。最終的には「本当に自分が守りたいものは何だろう?」と気付かされて、変わっていきます。変わった後もしたたかで、しなやかな女性として大奥の中で生きていく姿は素晴らしいなと。

ボタンは個人的にも共感性が高いキャラクターです。父親の大友は裏がありそうな人ですが、大奥を維持するためには必要だったものが少し歪んだ形になってしまっただけだと思います。ボタン自身は職場を守ることが世間一般を守ることであるという政府の役割を持っているので、「自分を捧げて大切なものを守る」という気位の高い女性として描かせていただきました。自分の信念が崩れた時に、感情をあらわにして叫ぶシーンもありますが、それでも自分の中にある大切なものは変わらなくて。強い決意を持った行動に出られるところが魅力的な人だと感じています。

 

 

──中村さんは日笠さんと戸松さんのお芝居について、どのような印象を持たれましたか?

中村:パンフレットに掲載されている日笠さんのインタビューに「すごく迷った」と書かれていたんですけど、現場で見ていても「そんな瞬間あったかな?」って。自分たちは「へえ、なるほど。おお~っ」とか言いながら、ただ聴いていただけでした(笑)。逆にお芝居を聞いた後で絵の修正をしたくらいだったので、本当に素晴らしかったです。

戸松さんは『C』でご一緒した時、その演技力で作品を助けていただきました。ご本人にも直接お伝えしましたが、当時はすごく感謝していたので、またご一緒できることが楽しみでしたし、今回も「やっぱり戸松さんで良かったな」と。日笠さんと戸松さんだけではなく、良路を演じていただいたチョーさんや老中たちをやっていただいた方々など、一人ひとりのお芝居が面白くて、アフレコは楽しかったです。

 

 

──『劇場版モノノ怪』で初めて中村監督とご一緒した日笠さんは、「事前にいただいた緻密な資料を見て、まじめで口下手な人だと思ったら文章そのままの人だった」とおっしゃっていました。

中村:言われてみれば、日笠さんから「面白い人見つけた」みたいな視線で見られた気はしていました(笑)。

最近よく「中村さん、文章がうまくなったね」って言われるんです。昔は喋った方が速いから、ミーティングと情報共有ツールを使って、みんなが同じ情報を持って考えられるようにしていました。

ただ、近年のアニメの現場が大企業病になりつつある中で、誰もが参照できる資料を文章で提示して、誰でも理解できることはとても重要なのかなと。「なぜこういう作品を作るのか」や「この人はなぜこういう性格なのか」など、文脈をたどれば分かるようにして。更に理解を深めたい人は「もっと参加してね」ですし、資料で理解できた人は「これでいいよ」と。スタッフごとに入りたい深さが違うので、相手に決めてもらえるようにしています。

 

『劇場版モノノ怪』は業界のオルタナティブなポジションにいる作品

──「第一章」で中村さんにインタビューさせていただいた際、「声優のすごさを見せたい」と語られていましたが、そのすごさは今回も存分に発揮されている訳ですね。

中村:声優さんは器用です。ただ、ビジネスとクリエイティブの側面で考えてみると、ある意味でビジネス的な需要に最適化しているようなお仕事も多い気がしています。それ自体は悪いことではないし、声優というお仕事が稼げるようになっている証なので喜ばしい限りです。

でも、そればかりやっていると飽きる人もいるんじゃないでしょうか。だからこそ「『劇場版モノノ怪』のアフレコは息抜きに来てください」と。変わった刺激によって、今までやっていたことにもちょっと深みが出たり、新鮮な気持ちに戻れたりすることもある。業界のオルタナティブなポジションにいることは少し意識しています。

──フキとボタンは「第一章」から登場していたことを考えると、「第二章」に登場していた誰かが「第三章」のメインになるかもしれないですよね。そういう意味では、みんな可能性があるように思えて。

中村:それをクイズにして、当たった人には何かプレゼントするキャンペーンを宣伝の人がやってくれる……かもしれません(笑)。

 

 

──薬売り役の神谷浩史さんに「第三章」への意気込みをお聞きしたところ、「知ったこっちゃないです(笑)」とおっしゃった後に「ただ「大変そうだな」と思うだけで、「スタッフさん、頑張ってくださいね」みたいな感じです」と。

鈴木:あはは(笑)。

中村:今、まさに大変です。みんなが巻き込まれています。

鈴木:「第三章」も面白いと思います。

「そうなるんだ!?」と「それやるんだ!?」という驚きが同時にあって。「本当に完成するのかな?」という心配はありますけど(笑)、完成したらすごいものになりますよ。僕自身も純粋に楽しみです。

中村:「第一章」から順を追っていく過程で、作り方自体も整理されていきました。

「第一章」を作っていた時は普段のアニメの作り方とは違うからこそ、混乱している人も多かったです。「第二章」で鈴木くんが整理してくれて、「こういう風に作るなら、仕組みを変えればいいんだ」と。「第三章」では、その仕組みを試す形になります。

これは『劇場版モノノ怪』だけの話ではなくて、これからのアニメの作り方の“答え”なのかもしれないと思っていて。「そろそろ変えていかないと、ダメなんじゃないですか?」と提案をしている部分もあったりします。つまり現状は想定外の大変さというよりも、想定される大変さというか。大変なことがわかり切っているうえでの大変さですね。

 

 

──今後の展開も楽しみにしています。最後に、ファンのみなさんへのメッセージをお願いします。

鈴木:「第一章」は何度も観てくださった方も多いと思いますが、「第二章」は1回で理解できる物語になっています。ただ何回も観ていただくことで、演出や音楽が意味するところ、物語の奥行きが理解できるので、楽しんでいただけると幸いです。

中村:アニメーションは色々なものが記号的になりがちですが、そこに生々しさを加えることで、「この人たちは本当にいるんじゃないか?」と思えるようになるんじゃないかなと。

ボタンやフキはもちろん、他の人たちもそれぞれの人生を生きているので、そういう人の息遣いを感じていただきたいです。どのキャラクターを好きになってもらってもいいし、誰を嫌いになってもいい。リアルな人に感じるような印象や感情にこだわったつもりなので、観ていただけたら嬉しいです。

 
[インタビュー/永井和幸]

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